第26.5話「近況」
今から約1000年前。
とある大陸、とある国にて大規模な勇者召喚が行われた。
召喚された勇者は30人前後。
全員が十代半ばの少年少女であった。
彼らはそれぞれ強力な力や武器を持ったとされ、またそれに見合うだけの成果をもたらした。
すなわち敵対関係にあった魔王たちの殲滅である。
剣豪、大賢者、聖女帝、拳王、様々な異名が今なお伝説として受け継がれている。
しかし彼らが活躍したのは遥か昔の話。
今ではおとぎ話のように思っている人も少なくない。
だが数日前のこと、『大賢者』を名乗る存在が突如として現れた。
曰く数百年の眠りから覚め現世に蘇ったのだと。
通常の感性であれば信じることはまずない。
長寿のエルフでもない人間がそこまで命を延命させられるはずがないのである。
ただ大賢者を名乗る男は『精霊魔法』を用いた。
現世では精霊と人間の契約はあの事件から途切れたまま。
人の身でありながら精霊を使うことが出来るのは、契約が打ち切られる数百年前に生まれた人間だけだ。
またその容貌も黒髪黒眼と、異世界人特有の特徴をしていたという。
王国に情報を提供したクレス・アリシア、及び勇者たちが嘘をついているようには思えなかった。
聴取にあたった騎士団はそう報告している。
この事を確かな事実として把握しているのは現状でハーレンス王国の王族、及び四大公爵家の人間だけだ。
未だ正式発表はされていない。大賢者ではなく唯の襲撃者として、公爵家未満の貴族には伝えられたそう。
ただ貴族というのは如何してか直ぐに話が伝播してしまう。
王の口から明確な言葉はないものの、大賢者復活は貴族たちの間で大きな噂となっていた。
他国に伝わるのも時間の問題だろう。
話題に上げる中で大賢者が本物だと言う者もいる。
実は名を騙るだけの偽物、もしくは魔王や災厄の数字が変装をしているだけではと疑う者もまた存在する。
なんにせよ数百年の時を経て、古代の勇者の名が再び光を放ち始めたのは間違いない。
そういえば話は変わるが少々興味深い話がある。
風の噂、獣人やエルフが多く住まうモノール大陸にて、異世界人のような風貌をした男が目撃されたというもの。
腰には見たこともない火筒を携え、虹を描く魔弾を放つらしい。
偶々見かけたという獣人によれば、異世界人風の男は『オレツエー』や『ナリアガリー』と良く分からない言葉を連呼していたようである。
噂を聞きつけ既に何国かが調査員を送り込んだようだが、未だその消息は掴めていない。
魔王たちについても最近では活発な動きが確認される。
ある魔王の配下には稀に見る優秀な補佐役と戦闘員がいるようで、それが起因するのかもしれない。
補佐役は人間並みの狡猾な策略を立て、一介の戦闘員だった魔族は既に四天王に連なるとか。
これから大きな動きがあるのではないかと多くの種族は警戒を強めている。
ここまで各地の近況をざっと説明したが、災厄の数字については何も情報がない。
果たして世界から畏怖される9人は何処で何をしているのか。
ただ群を抜いた強者は渦中に投げ込まれるのが世の常。
もしくは自ら波乱の渦を起こすか。
どちらにしても、災厄の数字はそう遠くない内にまた何かを起こしそうだ。