第24話「賢者」
「私たち以外に召喚された人が……」
「しかも日本人……」
「き、聞いてないぞ!」
「そもそも1000年も人が生きれるわけがねえ」
勇者たちの反応は似たり寄ったり。
驚愕、その一言につきる表情だ。
彼らのリアクションに大賢者と名乗った男はニヤニヤと笑うだけ。
まるで品定め、もしくは大道芸でも見てるような印象を受ける。
「魔獣がいないのもアンタが原因か?」
「銀髪ちゃんは見た目通り冷静だ。原因は僕というよりかは精霊たちのせいかな」
「精霊……」
「この時代の人は使役できないらしいね」
「ああ。人間が精霊を従えているのは初めて見た」
精霊がどう作用して魔獣が居なくなったかまでは不明。
ただそれでも主であるコイツが渦中にいるのは確か。
普段のスタンスではいけない、相応の手段で対処すべき。
油断は一切できないぞ。
「それじゃあ行こうか」
「も、目的はなんなんだ!」
「だから僕の願いを叶える手伝いだって。詳しいことは後で話すよ」
「そんなんで付いて行くわけないだろ!」
こんな怪しい誘いにホイホイ乗るわけがない。
先頭をきってケンザキが拒否を示す。
改めてだが、こういうところには評価点が入る。
勇者に求められるのは強い力と自己犠牲の精神。
自己犠牲とまでは言わずとも、ケンザキからは後ろにいる仲間を守ろうという意思を感じられる。
「抵抗しないほうがいいよ? 僕強いし」
「そ、それでも……!」
「へえ、根性はそれなりにあると」
力で強引で連れていこうかと遠まわしに脅すのに対し、ケンザキは光の加護を発動。
相変わらず微妙な出力、ただ前よりも若干パワーは上がったか?
大賢者、もといサトシ・アクツだったか。戦いということで向こうも殺気を出してくる。
ケンザキたちの今のレベルじゃ敵う相手じゃない。
素人でも分かる威圧、それは抗う本人が一番理解しているだろう。
(ケンザキの異能は微妙と言ったけど、努力のしようで案外化ける日がくるかもな……)
ただ微妙なものは微妙だけど。
俺に対する態度も変化ないし。
しかしその光を纏わせた剣を相手に。
感化されてスガヌマたちも相応の構えを取る。
「俺から行くぞ!」
「はあ、仕方ないね」
先手必勝と言わんばかり。
その光輝く身体で大地を蹴る。
傍からみれば颯爽と敵へと挑むその姿はまさしく勇者そのもの。
溢れんばかりの活力でケンザキが仕掛けにいく。
勢いだけなら魔王が相手でも倒せそう。
「まずは風の精霊で様子見し————」
「ッグハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「え?」
迫るケンザキに大賢者は風を一吹き。
しかし意気込んだケンザキは避けることもなく、防ぐことも無く、真向からぶつかってしまう。
そして突風に吹かれた木の葉のように吹っ飛ぶ。
最終的には近くの木に叩きつけられることに。
「ゆうとおおおおおおおおお!」
「剣崎君!」
「だ、大丈夫ですか?」
「み、みんな……、すまない……」
あれだけ格好良く出陣しておいて一発ノックアウト。
それに駆け寄る仲間たち。まるで物語の最期の感動シーンのよう。
ただ実際のモノを見ていた俺からすれば大衆劇並み。
ギャグにしても寒すぎる。あまりに早い幕引きに賢者も疑問符を浮かべざるを得ない。
「あの、適当に攻撃しただけなんだけど……」
確かに手抜きの精霊魔法だった。
ただケンザキはモロに喰らって今は気絶、仰向けでピクピクと痙攣している。
その周りには精霊と思われる球体が浮遊、クルクル動きまるで笑っているようだ。
「ええーっと……」
あれだけ意気込んで挑んだのにこのオチ。
慌てるどころかむしろ落ち着いてしまう。
転移してきたばかり、技術や経験がないのは致しかたないということか。
(はあ、やっぱりケンザキはケンザキか)
大賢者と同じように溜息をついてしまう。
こんな気合と勢いだけの勇者で大丈夫だろうか?
召喚したという姫様に現場を見せてやりたい。
そしてもっとスパルタな教育をするべきと悟らせたい。
「スガヌマ」
「な、なんだよアリシア?」
勇者たちのお守りは魔法騎士たちがすべきなんだけどな。
皆ヘバってるようだし。
何より手負いの人間が多い現状、今を打開できるのは俺しかいない。
「————ここは、俺に任せてくれ」
仕方ないだろう。
どうせこのままいけば奴の手は俺にまで伸びる。
仲間や奴隷になるつもりは一切ない。
だが話を聞くような存在でないのは確か、ならば実力行使一択。
「創造、氷人形」
造形の上位魔法、創造を発動する。
地面に数多描かれる幾何学文様、そこからは自立を可能とした氷たちが現る。
外も中も氷造り、その全長は3タールほど。俺たちからしたら十分に巨体だ。
このゴーレムならば1体で大人4人ぐらいなら楽に運べる。
「な、なんだこいつら……」
「動く人形だ。気絶してる奴等を全員運んでもらう」
「運ぶって……」
「ここに居られると戦いの邪魔になる」
これは事実、そして口実とも。
勇者や騎士、スミスたちがこの場から消えたのなら俺はある程度の力を出して戦える。
目線で伝える。ようは逃げろってこと。
別に正義のヒーローを気取っているわけじゃない。
俺は一番最善な手を選んでいるだけだ。
「自動で自衛や移動をする魔法人形か、その歳でもうそこまで至っているのかい」
「普通だ」
「だけどそんなことを見逃す僕じゃ————」
分かっている。正体を知った勇者たちの退却を易々と許すわけがない。
だから魔力を密かに練っていた。じっくり、ゆっくり、されど確実に。
そして今が好機だと直感する。
「魔力解放」
練り上げた魔力を一気に解放、強化魔法を四肢へと奔らせる。
フルスロットルに回転する筋繊維、爆発する筋力、伴って上昇する戦意。
それは体感的に時間という概念に風穴すら開けるスピードを生み出すことに。
「————とりあえず1発だ」
強化された俺の両脚が開ける光速の世界の扉。
そして大賢者の目の前まで瞬発移動、奴の驚いた眼よ。まるで瞬間移動でも目の当たりにしたようだ。
ペチャクチャ喋りに興じてるお前が悪い。
左を軸足にして支える体重と加速スピードのグラビティ。
そうして繰り出す、自称賢者の懐に叩き込む右脚の前蹴りを。
音は遅れて、瞬間と瞬間を穿つ刹那の右足、その身で体感させる。
「ッ!」
「ぶっ飛べ」
軸足から左の膝、股関節、腰、股関節、右の膝、そして右脚の先端へ。
上半身も同時に動かしての回転エネルギー、完全なる武術で賢者の身体を一筋の閃光弾に変える。
蹴ってそのまま突き飛ばす。
肉製の弾が苦痛の肉声を謳いつつ星となる。
転がるその身が木々をバッタバッタと折って森の最奥へと。
賢者というぐらいだ、物理攻撃は確実に刺さるだろう。
案の定でクリティカルヒット、見事に初撃を与えられた。
「す、すげぇ……」
「さあ今のうちだ」
「あれじゃ倒せただろ! お前も一緒に逃げよう!」
「まだだ、ギリギリで防御魔法を張られたと思う」
刺さりはした、だが寸前で精霊の光を垣間見た。
油断の隙を穿てたが仕留めるまでには至らない。
今だってどうせ回復系の技使ってるだろうし。
「マジか、あれで倒せないのかよ……」
「氷人形たちにはキャンプ場を目的地にセットしてある。向こうについたら先生たちに事情を説明してくれ」
「でも……」
「任せてくれって。連絡頼んだぞ」
賢者が吹っ飛んだ勢いで沢山の木々が折れに折れた。
音もだいぶ響いたことだし教師陣も何かを察し、いやそれも怪しいか。
なにせ見上げればフワフワと謎の光が漂っているのだ。
おそらく結界の類、外からの干渉を遮るものだろう。
人避けか、それとも音の遮断か、それとも両方か。まず誰かが気付いて助けに来ることは無さそう。
しかし奴が念のために張っておいたコレ、裏目に出たぞ。
「俺からしてみれば好都合でしかないからな」
グイッと背伸び、小指から親指までの動作を確認。
異常なし、それに鈍ってもいない。
俺は最高のパフォーマンスを発揮することが出来るコンディションだ。
「————や、やるねえ」
やはり無事だったか。
今さっきのは不意打ち、ここからが本番だ。
別に手汗も額汗も出ない、脚も震えない、冷静すぎるほど冷静。
これが俺、これが俺のスタイル。
氷の心臓は今なお健全である。
「随分苦しそうだな」
「そ、そうでもないよ」
「無理しないうちに帰った方が身のためだぞ」
「っおいおい、調子にのるなよ……!」
「ほら化けの皮が剥がれて本性出てきてるし」
「ッ!」
大賢者とやらの年齢はおそらく20前後。
土で汚れ小枝が刺さったフード、若干息も上がっている。
年下にここまで言われればカチンともくるだろう。丁寧口調がボロボロに。
まあそんなこんなで、氷人形たちによる負傷者移送に対してはだいぶ注意がおろそかに。
その代わり俺との戦いにだいぶ本気になってきた様子だけど。
「クレス君……」
「ん?」
「……」
「ああ、頑張るよ」
「……うん!」
マイさんが何を言いたいかはさておきと取り合えず返事を。さっさと逃げてくれっての。
ただ大賢者からすれば結局は自分の名前まで知られた勇者連中も逃してしまうのだ。
これでサトシ・アクツという存在が明るみになるな。
邪魔はさせない、気を張ってあらゆる隙を潰していく。
(正体不明見破ったり、と)
しかも例え道中で精霊による攻撃を仕掛けようとも、氷人形は数字をモチーフにして作った特別製。
個体にもよるが戦闘能力はかなりある。
強度もオリハルコン級、キャンプ地までの十数分なら余裕だろう。
特にアウラさんをモチーフにした人形なんて————
(さてと、この後はどうするかな……)
俺以外の人間の退避はほぼほぼ完了している。
相手の結界のせいで後から誰か来るということも直ぐにはない。
自分がどの程度の力を解放して相手を仕留めるか。
出来れば途中で戦いを放棄して撤退してくれると有難い。
「そういえば、君の名前を聞いてなかったね」
「そういえばって、勇者たちが普通に俺のこと名前で呼ん———」
「いいから! 君の名前はっ!?」
なんだかヒステリーな感じになってきたぞ。
これがヒストリーに刻まれた原初の勇者の1人とは。
スガヌマやマイさんが俺のこと名前で呼んだの聞こえただろうに、そんなに形式が好きかね。
なんだか悲しい気もするが肝心の技量までは推し量れていない。
評価するのはその実力を見てから。
俺より強いという可能性も捨てきれない。
ただまずは彼の大賢者の問いかけに応え————
「素直に答える奴が何処にいるんだよ。バーカ」
宣戦布告、復活した英雄の力を垣間見るとしようか。
唱えるとしたら心の中で。
世界から畏怖される災厄の数字が9人目。
絶氷、いざ参る。