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第23話「目覚」

 林間合宿3日目。

 午前中に座学を終え、午後は昨日と同様に森へと身を潜らせる。

 

「なんか全然魔獣(モンスター)いないな」

「うん。閑散(かんさん)としてる」

「時間的にまだ昼を過ぎたばかりだけど……」

「どう思うよクレス?」

「どうって言われてもなぁ……」


 前回の課題はゴブリン2体の討伐だった。

 ちなみに今回のお題はゴブリン3体の討伐、そしてナガツメグサという薬草の採取だ。

 薬草については既にクリア済み。

 ケイネルが博学だけあり、知識を駆使すれば発見は容易だった。

 しかし森に入って1時間と少し、ここまで魔獣(モンスター)の姿を1回も見ないという不可思議な状況に陥っていた。


(だけど魔獣を脅かすような強い気配も感じないし……)


 静寂の森、何故魔獣たちは居なくなったのか。

 血の臭いもしない、魔獣同士の抗争というわけでもなさそうだ。

 つまり何処かへと移動した、何か(・・)から逃げたと考えるのが妥当だろう。


(まさか魔族が来ているとか? いやでも俺の眼を掻い潜ってか?)


 他の数字(ナンバーズ)ほどではないが大体の存在の気配は感じ取れる。

 強力な魔獣や魔族であればなおさらだ。

 しかし俺の感知をすり抜けるほどの相手だとしたら。


(そのレベルとなると最上級魔族か、はたまた魔王か————)


 ここまではあくまで想像。

 しかしもし魔王でも出てくるようなら監視の任務は放棄せざるを得ない。

 流石に彼女(・・)の助けがなければ厳しいだろう。

 ただ異能を本気で使えばもう此処にはいられない。

 体面的にも、そして物理的にも。


「戦わなくて済むので、この状況は正直嬉しいです」

「いや、昨日クレスに色々教わるって話したじゃんか」

「そうだね。僕たちも早く実戦に慣れないと」


 少し弱音を吐くケイネルにスミスとウィリアムが声を掛ける。

 やはりと言うべきか、俺たちに比べケイネルの運動能力はかなり低い。

 魔法はある程度使えているが、スタミナが圧倒的に不足しているのだ。

 それでもスミスたちは苦言を言わず、前向きな言葉で押してあげている。

 案外彼らは良いチームになるかもしれない。


(そんな他人事言ってる場合じゃないけどな)


 この状況、午前中の実地訓練の奴等はどうしたんだ?

 教師たちは何も言っていなかった。

 つまり今だけこの森では異常(・・)が起きているということに————


「気配がする……」

「魔獣かい?」

「そんなに尖った気は放ってないかな」

「尖ったとか尖ってないとか、その感性全然分からんわ」

「近いぞ。数も多そうだ。一応構えておいた方がいい」

「「「了解」」」 


 返事は組織や隊での基本、昨日の内にちゃんと仕込んだ。

 それなりの構えをして接近する者を静かに待つ。

 茂みをかき分ける音、草木を踏みつける音、重なり合う呼吸の音。

 訪れるであろう者の首を何時でも落とせるよう細心の注意を払う。

 

(4人、5人、6人、7人、いやもっといるな)


 さっきも言ったが魔獣ではない。

 雑な走法、おそらくだがこれは俺たちと同じ————


「あれ? クレス君?」


(やっぱりな……)


 茂みから出てきたのは俺たちと同じ魔法学園の生徒。

 しかも同じクラス、かの勇者御一行である。

 スミスたちは安堵、構えを解いている。

 本来だったら変身を使う魔法使いの可能性もある、そう簡単に油断しちゃいけないんだが。

 しかしどうやら彼女たちは本物のよう。

 その列を抜け出してマイさんが第一声を上げてくれる。


「まさか鉢合わせするなんてね」

「あ、ああ」

「本当に偶然ですね」

「意外と動ける範囲が狭いですから。私たちは昨日も他の班と会いましたよ」


 取り合えず何も言葉を交わさないというわけにも。

 皆が言葉を飛ばす。

 しかしなんて護衛の数だよ。

 一見勇者4人だけに見えるが、何人もそこら中に潜んでいる。

 俺が気配を複数感じたのは彼らのせいだったようだ。


(ただ魔法騎士団長はいないのね)


 少しやれると思っていたあの男はいないらしい。

 目視しなくたって分かるとも。

 頑張って気や魔力を抑えているようだがまだまだ。

 偶々(たまたま)なのかどうなのか、今回は殆ど普通の騎士クラスのようである。


「じゃあやっぱりそっちも魔獣とは遭遇してないんだな」

「そもそも午前中から数は少なかったらしいよ」

「前半組の時点で過疎気味だったと……」

「まあいない方が安全であるし、先生たちは何も言わなかったっぽい」


 流石勇者たち、気になっていたことを教えてくれる。

 この閑散とした現状、どうやら朝の時点で始まっていたようだ。

 しかも俺だってその原因は分からない、こう言ってはなんだが教師陣が解き明かせることは殆ど無いだろう。

 

(こんな時に(ローラン)さんか(ストレガ)さんがいたなら、原因も分かったかもしれないのに)


 なんだかんだ1時間近く獲物を探していた。

 それでもゴブリン発見には至らず。

 こうして勇者組と合流した今、果たしてこの先どうするか。

 一緒に回るのもアリかと案が出始めた、その時だ。


「こんにちはー」


 突如として現る存在が。

 木々の間から何時のまにかそこに居た。

 あらゆる感知感覚を無視しての登場。

 それでいて普通に挨拶、まるで友人に声をかけるかのように。

 ただ、その洋装(・・)がまず問題。


(————ローランさんが相対した奴と同じ特徴!)


 深くフードを被っているだけ。

 それでいて口元だけしか何故か見えないとか。

 根拠はないが奴の頭部に違和感を感じる。

 顔がバレないよう奇怪な技を使っているようだ。


(身長は170半ば、体格は若干細身、武器の携帯は無しと……)


「すいませんね。ちょっと迷子になってしまいまして」

「迷子、ですか?」

「ええ」


 代表してケンザキが言葉を返す。

 既に潜んだ騎士たちは攻撃態勢に移行。

 何時でも断頭を執行出来るように。


「こ、こんな森の中で?」

「そうです。出来れば必要な所まで(・・・・・・)手を貸して欲しいんですが」

「それは道案内ということでしょうか?」

「まあ、うん、そんなかんじかな」


 疑問を幾つもぶつけるが返ってくるのは曖昧な答えばかり。

 まずい、非常にまずいぞ。

 奴はほぼほぼ正体不明(アンノウン)で間違いない。

 どうせ道に迷っているなんて嘘、身体からは殺気とは違う嫌なオーラが出てる気がする。

 そもそも怪しすぎるだろう。

 誰もコイツの話は信用していない。騎士たちもそろそろ動きそうだ。


「スミス、ウィリアム、ケイネル」

「どした?」

「俺の近くにいてくれ。出来れば固まって」


 直感が脳に危険を伝達。先の先まで冴え渡る神経の感度。

 例えこの短い間だけでも組んだ仲間の命を奪われるわけにはいかない。

 小声でコンパクトにスミスたちに指示、俺の傍に集合してもらう。

 ただ騎士たちは仕事としてやってるんだ、自分の身はそっちでなんとかしてもらう。

 むしろ自分の身の安全の前に護衛対象という存在がいる。

 彼らが気張らなくては勇者も危ういぞ。


「ただこんなに沢山人がいるんじゃね。手伝ってもらうのは5人で十分です」

「5人?」

「今回の勇者たちと、そこの銀髪の魔法使いだね」

「一体何を言って……」

「まずは部外者には眠ってもらおうか。精霊たちよ————」


 半透明な光が即座に展開。

 俺たちを全てを囲い込む。

 この魔法式の詳しい仕組みは分からない、ただ意識を断つということを目的とした技。


(精神干渉系の魔法!?)


 体術でいう寝技のようなもの。

 しかしこのレベルはそうそうお目に掛からない。

 きっと顔にもこれと似たような式で疑似仮面(エフェクト)を創り出しているんだろう。

 そしてまず物理的な防御ではこれを防ぐことは出来ない。

 この類の対処法は心得ている、ただその方法ではスミスたちを精神干渉から守ることは不可能だ。

 

(精神干渉は催眠術と同じようなもんだってな————!)


 自分の脳みそには無属性で色々強化をしつつ。

 スミスたちはあえて俺の手で気絶させる。

 どんな凄まじい干渉術でも、()まる前に気絶してしまえば関係ない。

 そうして3人の首元に走らせる俺の手刀。

 申し訳ないが眠っていてもらおう。


「クレ、ス……」

「悪い。これが最善手だ」

「まじ、か、よ……」


 事情は後で説明すればいいだろう。

 グッタリと地に伏す3人、久し振りだが手際よく実行できた。

 だが残念、既に騎士たちはその役目を放棄せざるを得ないようだ。

 潜んでいた全員がスミスたちと同様地に伏せってしまっている。

 逃れられたのは勇者と俺だけだ。


「ありゃりゃ銀髪ちゃん。眠らせるだけだから別に気絶させる必要なかったのに」

「信用できない。術中に()まって操られる可能性も十分にある」

「用意周到だ。やはり君はずば抜けた戦いのセンスを持っているよ」

「やはりって、まさか昨日の……」

「そうだよ。あの視線は僕さ」


 どうやら実地課題に取り組んでる最中に感じた嫌な視線。

 その正体はコイツだそう。

 しかし口振りからして俺が災厄の数字(ナンバーズ)だということは把握していない様子。

 魔法だけで倒しきれるか。それとも異能の使用が必要か。

 ただ勇者もいることだし、一気に力技で片づけることは躊躇われる。


「というか勇者たちは何も防御しなかったね。精神の強化法は教わってないのかい?」

「精神の強化法……?」

「なんてこった。僕の時は凄い厳しかったんだけど」

「い、一体アンタは何をしたいんだよ!」


 たまらずとケンザキが大きく声を上げる。

 彼らは生かされるべくして生かされる。

 それには相応の理由があってだろう。

 

「僕は、自分の願いを叶えるために仲間を探している」

「願い?」

「まずは自己紹介からしようか。どうせ姿を晒しても君たちは僕の仲間になるんだし」


 凄い自信だ。なにがなんでも仲間、いや手下になるのは確定と言わんばかり。

 だから俺たち以外の視線が無ければ不可視の仮面は外すと。

 いやはや、これはツイてるのかツイていないのか。

 複数確認された正体不明(アンノウン)のうち1人の正体を見ることが出来る。

 此処で上手いことやりすごしボスたちに報告が出来れば————


(精霊がやけに懐いているしエルフって可能性が一番高いか)


 やけに自信溢れている男がそのフードを脱ぎ捨てる。

 露わになるその容姿容貌。

 その造りに俺たちは絶句するしかなかった。

 男は黒を宿していた。髪も黒い、瞳も黒い。

 正体不明(アンノウン)は勇者たちとまったく同じパーツを持っていたのだ。

 それはこの世界にはない特徴である。

 異世界人しか持ち得ない特徴である。


「日本から来ました。1000年前なんかは大賢者と呼ばれてたかな」


 学園に潜入する前、ある程度勇者という存在について調べた。

 今回以外で記録に残っている勇者召喚は1度だけ。

 時代は約1000年前。その人数は定かでないが、転移の恩恵で授かったとされる異能を用いて勇者たちは世界に平和を導いたとかなんとか。

 俺はおとぎ話だと思っていた。

 そんな中、男の身にはこれでもかと精霊たちが顕れる。そして纏う。

 人間でありながら精霊を使役する、それは今の時代に生きる人間では出来ないこと。


(っくそ(ローラン)さんめ。なんで倒しておいてくれないんだよ)


 おそらく魔獣たちがいないのもコイツの存在が起因するんだろう。

 これでも俺は自分の魔法や技術に自信がある。

 ただ人の使う精霊魔法とは対峙したことがない。

 厄介な相手であることは間違いなし。


「名前は阿久津(あくつ) (さとし)。よろしくどうぞ————」

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