第2話「転換」
「何度言ったら分かるんですかアウラさん!」
「悪かったって」
「クレス君がいなかったら大変でしたよ!」
「あーはいはい、申し訳ないね」
ハエっぽい巨大モンスターの討伐を終え拠点へと帰還。
討伐というか、あそこ一帯は砂漠と化したが。
やってきたことは自然破壊と呼んだ方が正しいだろう。
「全然反省してないですね」
「してるって」
「はあ、また評判が悪くなります……」
アウラさんを説教しているのは『Ⅱ』のセローナさん。
災厄の数字においては、ボスの補佐についている。
「そこらへんにしといてやれ」
「おお! やっぱボスは話が分かる!」
「アウラは謹慎1ヵ月だ」
「ええええええええ!」
「少しは加減を覚えてくれ」
ここで助け船、ではなく宣告の船が。
正体はここのボス、『Ⅰ』を冠するエリザさん。
見た目は、ザ・仕事の出来る女というかんじ。
着込んだ黒い衣装、セミロングの黒髪、咥えた煙草がまた良い味を出している。
そして組織らしくない組織のここでのリーダーというか、まあボスになる。
なぜ彼女なのかというのは、そりゃ一番強いから。
シンプルで当たり前の原理だ。
「ご苦労だったなクレス」
「ホント大変でしたよ」
「はっはっは、お前は毎回そう言うな」
「事実ですもん、アウラ先輩とペアって……」
「はあ!? 私と組んだせいってか!?」
「はいはい、貴方はもう退出ね」
「ちょ、引っ張るなってセローナ!」
絡まれそうになったが、セローナさんが何処かへ連れ出していく。
優しい口調ながら、そのかけた眼鏡の奥からは重い圧力が。
なんだかんだと、アウラさんも従って部屋から出ていく。
そして残された俺、ここでボスと2人きりになる。
「さてクレス、お前が数字を冠するようになって約1年、だいぶここには馴れてきただろう」
「まあ多少は、変な人ばかりですけど」
「そうだな。その通りだ」
とある大陸、とある町、その地下にある災厄の数字の拠点。
ただ皆仕事、もしくは好き勝手に動くために会うことは少ない。
つまり、そんなに面識があるわけではないのだ。
しかし彼らの殆どがコミュニケーション能力が高く、すぐに打ち解けられた、というか絡まれた。
面子的にはオカマとかロリババアとか戦闘狂とか、変人ばかりだったが。
(仕事にもだいぶ馴れてきた。まあアウラさんと組まされてばっかりだけど……)
仕事の回数、単純に計算すれば、2人で半年以上は一緒に旅をしていたことに。
超がつく美人が相手、しかも4つ歳上のお姉さま、普通だったら羨ましがられそう、だが残念。
相手は5番目の狂人、戦いしか脳にないバトルジャンキーでした。
まあ俺が男女の付き合いを軽視していることも起因するだろうが。
「それと帰還早々で悪いんだが、とある依頼が来ていてな」
「……もうですか?」
他の人たちも仕事、それか名目だけ立てて世界を飛び回っている。
ただそれにしてもペースが早い気も。
いつも通りだったら仕事の後は、1カ月の自由な時間があるわけなんだが。
「結構急がないといけなくてな。もうすぐ春がくる」
「春……」
「ハーレンス王国がな、勇者召喚をするらしい」
「勇者ですか?」
ハーレンス王国はビンサルク帝国と並ぶ大国家。
大陸として最も豊かなユグレー大陸に。
貴族制が残るものの、なかなか良い国と聞く。
(それにしても勇者召喚か……)
これも話だけは知っている。
話だけというのも、実際に召喚が行われたのが1000年ほど前とされるから。
俺はおとぎ話だと思っていたけど。
魔王を倒すためとかどうとか、ただその力は絶対的なものだとされ、あらゆる悪を貫いたと。
つまるとこメチャクチャ強かったらしい。
「最近は魔王たちが活発に動くだろう?」
「そうみたいですね」
「それに恐れをなしてな、結果召喚に至ったらしい」
複数いる魔王連中、ハーレンス王国も何時狙われるかは分からない。
数か月前には魔獣から襲撃も受けたみたいだし、警戒するのが当然。
それにしても勇者召喚までするつもりとは。
いやはやビビりすぎじゃないだろうか。
「でも勇者召喚は超難しいって聞きますけど」
「ああ。だがハーレンス王国の姫がちょっと特殊でな」
「特殊?」
「神からの啓示を受けている、召喚に特化した異能持ちだ」
「まじですか……」
魔力保有量や適性属性に左右されるものの、魔法というものはこの世界にいる誰もが使える。
属性としては、炎、水、風、土、無、氷、雷、光、闇など様々だ。
ただこれらの力とは別で『異能』というものも存在する。
それは限られた人しか使えない力、割合的には100万人に1人いるとかいないとか。
内容もそれぞれで、オンリーワンの強力なものばかり。
「召喚はほぼ成功すると言っても過言じゃない」
「なるほど」
「そこでだ、本題に移ろう」
そう言うボスは満面の笑みを浮かべている。
やばい、嫌な予感がビンビンする。
召喚に携わる姫の暗殺か、それとも勇者自体の暗殺か。
固唾を一飲み、一波くる、人並みの仕事はくれそうにない。
「やって欲しいのは、監視だ」
「か、監視?」
「勇者たちは召喚された後、王国の魔法学園に通うらしい」
「ま、まさか……」
「クレス、ハーレンス魔法学園に入学して勇者を監視しろ」
「ええ!? 本気で言ってるんですか!?」
まさかのまさか、逆さまになる予想。
暗殺でもなんでもない、求められたているのは間近での静観だ。
「クレスはいま15歳、1年生として丁度入学できる歳。我々の中では最も適任だ」
「いやでも……」
「顔が割れていないという面も大きい」
言わんとすることは分かる。
だが今更学園になど面倒だし、意味も見出せない、そもそも面倒だ。
あの日俺が異能を手にした時から、日常はこの身から去っていった。
それに災厄の数字は組織というほど組織でない。
元々ならず者の集まり、受けたくないものは受けたくないで通す。
「報酬も高い。それ以前に学園に通えるのはきっと良い経験になるはず」
「……」
「これは『Ⅰ』としてではなく、私という個人が薦める。お前は強いが、大人になるにはまだまだだ」
ボスは人間性を学んで来いと言う。
ただ、俺たちに人間性など要るのだろうか。
いや、その疑問を抱いている時点で俺は未熟なのだろう。
否定しきれない自分が確かにいる。
「それに当分はアウラと仕事をしなくて済むぞ」
「なんですかそれ」
「なかなか魅力的だろう?」
冗談にもなってない冗談を、とりあえずと詳しい話を聞く。
勇者は強力である。
もしかしたら俺たちにすら匹敵しうる存在。
ぞんざいに扱うことは出来ない。
ただ依頼主は勇者を倒すのではなく、上手く利用したいらしい。
そういうわけで監視ということに、実力や人間性を見破ってこいと言うわけだ。
「つまり殺しはしないと?」
「殺しどころか無理に関わらなくてもいい。重要なのは能力や性格を把握することだ」
「なるほど……」
「私としても気になるところではある。果たして我々に届く存在なのかどうか」
俺たちは強い、なんなら9人集まれば魔王たちを全て殲滅も出来るだろう。
ただ全員の気が合うことは殆ど無いが。
というか一度も無い気がする。
その後もボスからの説明と説得が続く。
これまた長いこと、それには流石の俺も————
「はあ、分かりました。分かりましたよ」
「おお! ありがとう!」
「ただ目立ちませんし、ヒッソリと、最低限のことしかしないですから」
「それでもいいさ」
(学園生活ともかく、同世代の異能持ちには興味があるからな)
報酬も良いし、ましてやアウラさんと一緒の仕事しなくて良いし。
更には監視の名目で久しぶりの1人の生活を送れるし。
(それにボスには借りがある、ここらで一発大きいの返しとくべきだろう)
なんだかんだ言いつつ、ここでの生活は楽しい。
変人が多いが最年少の俺を嫌というほど構ってくれる。
それが友好的、歓迎故だということは分かってるんだ。
孤独だったあの時とは違う。
それはボスが俺を誘ってくれたからこそ、本当に感謝している。
「ただ、身バレにだけは気を付けてくれ」
「今回は隠密みたいなもんですもんね」
「手甲の数字刻印然り、魔法も……」
「目立たない、いわゆる一般レベルで」
「そういうことだ」
周りとの差はそこそこあるだろう。
ただ行くところは魔法に重きを置くハーレンス王国、同年代の実力が楽しみだ。
とりあえず目立たないよう最善の行動をすること。
「なら話も決まったことだし、これを渡しておこう」
そう言って渡されたのは分厚い本、しかも何十冊も。
手渡され持つが結構な重さだ。
中を軽く見ても文字がビッシリと羅列している。
「それは教科書だ」
「きょ、教科書……?」
「ハーレンス魔法学園は名門中の名門、それを覚えなければ入学は厳しい」
「え、試験受けるんですか!?」
「当たり前だろう。新入生としていくんだぞ」
「そこはコネとか……」
「勉強するのも経験の1つだ」
「ええ……」
どうやらこれらを覚えるのが最低条件に。
確かに文字は読める、だが勉強なんて殆どしたことない。
軽く見てみたが内容はさっぱり、しっかり分かるのはまず無い。
そもそも魔法なんて感覚だ、理論を語る必要はない。
実際、俺は勉強無し、異能抜きにしても殆どの属性を使える。
「————勉強は私が教えますよ」
窮地に来るは頼れる『Ⅱ』、この組織で一番まともなセローナさんが再登場。
理知的感を増す動作、眼鏡をクイッと上げる。
「入学試験まであと2ヵ月、1ヵ月は移動に使っても、まだ間に合います」
「じゃあ1ヵ月でこれを?」
「はい」
「……やっぱりこの仕事やめようかな、なんて?」
この言葉にもボスとセローナさんはニコニコと笑顔を浮かべるのみ。
どうやらこの1ヵ月は勉強地獄となるようだ。
「善は急げと言いますし、さっそく始めましょうか」
「もうですか!?」
「ええ。覚えることは多いですよ」
そう言って俺の腕を掴む、まるで逃がさないと言わんばかり。
しかも何処からこの力が、細い見た目とは裏腹に凄まじい握力だ。
これならアウラさんが連れてかれたのも納得だ。
そしてそのままグイグイと持ってかれる。
「じゃあⅨ、いやクレス、頑張ってくれ」
「そ、そんなー!」
「ほらほら行きますよ」
「……っこうなったら! アウラさん助けてくださーい!」
「アウラは死にましたよ」
「ええ!?」
仕方なしとアウラさんに助けを求める。
しかしセローナさんが叩きつける無慈悲な情報。
冗談なんだろうが、眼が怖い。
せめて勉強のことを先に言ってくれれば、この仕事を受けなったのに。
ボスは謀ったのだ。
「ボス! これも1つ貸しにす————」
自分で言うのもなんだが。
俺の無念の断末魔の叫びだけが辺りに響く。
ボスもロレーナさんも、やはり終始笑うのみ。
災厄の数字、世界どころか身内にも恐ろしい組織である。