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第22話「自然」

「や、やっぱり緊張する」

「落ち着けってケイネル。今までの授業を思い出せよ」

「スミスの言う通りだ。それに万が一があっても僕たちにはクレスがいる」

「いや、俺も一応生徒なんだが……」


 林間合宿2日目。

 太陽が出て森の中に陽が射す頃、俺たちは課題に取り組んでいた。

 内容はゴブリンを2体仕留めるというもの。

 俺からしてみれば楽勝だが、実戦経験の無い多くの生徒は違う。

 皆からすればゴブリンだって侮れない。

 スミスとウィリアムはまだ落ち着いているが、ケイネルの心はそれなりに恐れを抱いているようだ。


(だからって万が一のお助け役と名指しされるとは、力の解放を抑えて行かないと……)


 入学試験や1回目の実技授業、ついスイッチが入って派手に魔法を使ってしまった。

 あれを見れば俺がそれなりの魔法使いだと大抵の奴は理解する。

 今は少し優秀くらいと思われている。ただ、今後の監視を考えれば慎むのは必須。

 これ以上は目立たないよう細心の注意を払う。


「でもお前は特別だよ。昨日なんてハルカゼさんと一緒に消えちまうし」

「勇者といえどクレスは無視出来ないらしいね」

「な、なんだかいい感じの空気も————」

「はいはいはい。訓練に集中しような」


 緩みそうな緊張感を一刀両断、そもそもその話題は振られたくない。

 別にやましいことはしていないとも。

 強いて言うなら手を繋いだぐらい、ただ皆と合流する手前で離したし。

 少し仲良くなっただけ。いわゆる友達という存在に?

 

(まあ帰り際を見られて、なんか怪しまれたけど……)


「でもハルカゼさんはお前のこと結構好きなんじゃね?」

「友達になっただけだって」

「ホントかー?」


 昨夜のテントでは尋問会なるものも開かれた。

 被告は俺、曰くラブラブしてたんじゃないかと。

 否定、別にそういうものは一切ない。

 俺は彼女に恋愛感情を抱いてないし、そもそも誰かに抱いたこともない。

 

(しかもマイさんが俺を好きになるってのも可笑(おか)しいしな)


 周りから大人気の彼女、魅力的な男は他に幾らでもいるだろう。

 ただ昨夜の彼女の態度。

 あの赤面や手を握った理由がもし、もし仮に自分へ好意を抱き始めている証だとしたら。

 その確率はゼロじゃない、絶対にないとは言いきれない。


(多少仲良くなる程度なら任務的にはプラス。ただ一線を越えた感情は足枷にしかなりえない)


 彼女は勇者だ。

 深すぎる関係を持つには適さない。

 昨日はつい話込んでしまったが、改めて距離感を測らなくてはいけないだろう。

 あくまでそこそこ仲の良い友人だけに留まる。

 それにもう大切な人は作りたくない、その人を失うのは————


「あ」

「どうしたクレス」

氷槍(ランス)

「へ?」


 それでも誰かと付き合わねばいけない、そこまで()いられる時があるのなら。

 つまりは好みの女性はと聞かれた時、俺は強い女性(・・・・)が良いと答えるだろう。 

 せめて俺と同等、それ以上の力を持っていて欲しい。

 そんな人なら安心して隣にいれる。


()った」

「やった?」

「少し奥の方に魔獣の気配がした。たぶんゴブリンだ」

「見ずに倒したのかい?」

「まじかよ……」

「もうぼくたち何もしないでクリアできそうですね……」


 生徒の数は全員で200人。

 その半分が俺たちみたいに森に潜り課題を、残り半分は拠点にて座学をしている。

 4人グループでの狩り、ただ見えない所で教師なり雇われた冒険者が潜んでいるようだ。

 現に俺たちにも1人の冒険者がコソコソ引っ付いてきてる。


(他の3人はその存在に気付いてないみたいだけど)


 そりゃ護衛の存在があると知れば訓練に対する緊張感も低くなる。

 だから俺たちに黙って彼らを配備した。

 学校からしたらもしもの事があってはいけないということだろう。


「うわグロ」

「ぼくキツイです……」

「腹を串刺しとは……」

「凍らせるよりは殺した方が早いからな」

「それを平然と出来るのがすげーよ」

「っえ?」

「な、なんだよ?」

「いやなんでもない……」


 俺は離れたところから気配をすぐ察知、魔獣の胴に槍状の氷を叩き込んだ。

 しかしこの行動は平穏な国で育った学生のものではない。

 スミスたちの反応を見ればわかる。 

 俺が声をあげてしまったのもそれを理解したから、だが身体に染み込んだ技は自然と出てくるのだ。


「じ、実は俺、冒険者をやってたんだ」


 このまま終わってはいけない。

 何か言って場を(にご)すんだ。

 そう考え思いついたのがこの台詞(せりふ)だった。


「冒険者ですか?」

「ああ。うちは貧乏だったから、ゴブリンなんかとはよく戦って金を稼いだよ」

「なるほど。道理で手慣れているわけだ」

「でも15歳以下で冒険者って相当早くないか?」

「お、俺の元いたヘルシン大陸では普通だったけど」

「へえ、やっぱあそこはシビアなんだな」

「でもクレス君が強い理由がなんだか分かった気がします」


 苦し紛れの言い訳を即興で。

 流石にフォロー無しではドン引きされたままになる。関係に壁を生むことに為りかねない。

 ただ冒険者時代があったのは事実。

 それでも相手はゴブリンなんかじゃなくてドラゴンとか上位魔獣ばかりだったけど。

 ゴブリンの素材なんて100ビルスにもならない。

 

(でも皆納得してくれたみたいだし、取り合えず言い訳は成功と)


 というか学園でもこれでいけばいいんじゃないか?

 『冒険者やってました』

 この言葉だけで戦闘能力が高い理由をある程度は納得させられる。

 そんなに派手に動くつもりはないが、今後やりすぎた時の言い訳に活躍するのは間違いなしだ。


「それじゃあ証明の部位を取って……」


 俺はゴブリンの死骸から片耳を切り取る。

 装備を強制された剣を使わずとも、手には氷のナイフを。

 血のりがついた剣なんて持ち歩きたくないからな。


「あと1体か」

「これならクレスだけでいけんじゃん」

「自分でやらなきゃ意味ないぞ」

「それなんだ。僕たちの剣も飾りじゃない」

「で、でも戦うなら魔法だね。剣は無理————」


 気付く、魔獣の気配を複数感じ取る。

 ただ大したものではないが此方に近づいてきている。

 ゴブリンの部位を切り取るために入った茂み、拓けていた先ほどよりかは森は深い。

 彼らにとっては此処が最適なのだろう。

 でなければそんな大胆な行動は出来ないだろうし。


「囲まれたか……」

「「「え?」」」

「全員固まっておいた方が良い」

 

 ついに目視できるまで敵は接近。

 東西南北それぞれから1体ずつゴブリンが、醜い顔をした4体がヌルリと姿を現す。

 その表情はニヤついているようにも。

 此処は弱肉強食の世界、俺たちが普段戦いに身を置いていない素人集団と思ったのだろう。

 食い物となる弱い動物が目の前にいればそりゃ笑うわな。


(隠れていた冒険者もだいぶ前に出てきたな)


 気配からして既に構えているっぽい?

 だが手を出すにはまだ値せずと。

 ここは俺たち全員で戦うしかないんだが————


「……俺がやるから3人はそこで固まってて」

「いやクレス1人に任せるわけには————」

「そんな震えっぱなしの脚じゃ動けないだろ。魔法だって精密さを失ってるはずだ」

「で、でも……」

「なら俺の動きを見といて。少しは勉強になる」


 そもそもこの訓練では待ち伏せ作戦なるものが主流だそう。

 内容的には木の上で待機、通りかかったゴブリンに魔法の集中砲火を浴びせるといもの。


(でもそれじゃあ腰の剣、鍛えてきた魔法や技術はどうなるって話だ)


 凡人にとって、魔法と戦闘術は基本組み合わせて意味を為す。

 俺はそう思って地上を先行、皆を引っ張ってきた。

 ただいくら訓練をしてきたとはいえ、戦わずして育った少年たち。

 俺の見込みが甘かったようだ。


造形(クリエイト)氷剣(ソード)


 右手に再び編み出す氷の長剣、これから繰り出すのは魔法じゃなくて技術や立ち回り。

 見せられる限度は入試のアイザック先生の時まで。

 あの時で知られている技量までは大丈夫だ。

 この相手(ゴブリン)たちにはそれで十分、そもそもボーンさんが言っていた程魔獣たちは興奮していないし。


「————来い」


 言葉は通じない、だけどゴブリンたちはその緑の肢体を一斉に動かす。

 四方八方から迫りくる本物の敵。

 見ているだけで良いと言ったけどスミスたちも剣を構えてくれる。

 ガクガク震える身体のせいで剣先が揺れている、なんて情けないんだ。

 でもその挑もうとする心意気は買う。

 まあ自己防衛による本能で動いているんだろうけど。


「ギッシャアアアアア!」


 ほぼ同時攻撃だが、まずは前から対応。

 石を削って作ったその粗剣を向けてくる相手に。

 氷剣抜刀、敵影は既に制空圏内に、振り抜く一刀は(はやて)の如く。

 大気を真横に切り裂き引き裂くその肉体、声を上げさせるまでも無く早抜きで仕留める。


「う、うしろからも!」

「分かってる————」


 踏み込んだ右足をまた一歩、今度は後ろを振り向きつつ。

 1体目撃破に1秒掛からず、(まばた)きをする間も無い瞬間殺法。

 振り切った刃を身体ごと転ずる、半身を回してそのまま上から落とす。

 手に感じる相手の骨の固さ、しかしこの闘気の鋭さ、止めるには至らず。


「次」


 動かす肢体は流水にまで昇華。

 自分の細身を活かしたスピードの戦い、躍動する剣がビートを奏でる。魔獣の悲鳴がリズムを刻む。

 踏み込んだ初歩から止まることはない、常識に囚われない四次元にまで及ぶ動きだ。

 起点から動転、反転、回転、重力という概念を置き去りに。

 固まった皆を中心とし回る一周、一瞬でその4つの生命に終止符を打つ。


「2、3秒ってとこか……」


 事象は後から、鮮血と氷の残像が遅れて軌跡を描く。

 瞬く間にゴブリンの断頭なり粉砕が完了した。

 これが今見せれる限界、これ以上はアイザック先生と戦った時よりも上の領域だ。

 

「す、すげぇ……」

「一瞬で終わりました……」

「全部1人で……」


 凄いと思うだろう、ただこれは神様や女神様がくれるような代物(チート)ではない。

 これは経験、流してきた汗と血の結晶だ。

 全ては技術(・・)、死にもの狂いでやれば誰でもこの域までは。

 数秒でゴブリンを複数撃破出来るくらいにはなるだろう。


(他の数字(ナンバーズ)はもっと凄いけどな)


 ゴブリンが相手、アウラさんだったら俺が剣を抜いた時には既に()り終えているだろう。

 そもそも彼女の場合は炎を纏っているので、大抵の魔獣は近づく前に燃えて灰となる。

 ゴブリンなんて剣の制空圏にも入れない。

 アウラさんはそこに立っているだけで勝手に雑魚は消えていくのだ。

 もはや技術云々ではなし、まあ技術面でも勝てないんだけど。


「さてと、勉強になった?」


 肝心なのは経験になったかどうか。

 皆ボンヤリしていて目が若干虚ろだ。

 ただこれでもスピードは抑えた方、ギリギリを攻めた。

 

「く、クレス! 俺を弟子にしてくれ!」

「はい?」

「ぼ、僕も……!

「是非とも僕もお願いしたい」

「いやいやいや!」


 そりゃ見た目は良かったかもしれないけど。

 俺は別に道場を開きたいんじゃない。


「これは現場で学んだことだから」

「なら冒険者になれば……」

「でも真剣にだ。絶対に何が何でも勝つって心で戦う」

「騎士が教えてくれるものとは違うな……」

「これでも叩き上げだから。だから俺の師匠は魔獣ともいえるけど」


 家族を失っても悲しみ明け暮れている暇はなかった。

 生きるために魔獣蔓延る場所へと身を投じ、時には暮らすこともあった。

 戦う内に魔獣の動きを覚え自分の中で生きた。

 そして自分が使うに適した殺法へと形を変えていった。


「なら今度俺たちも冒険(クエスト)に連れてってくれよ!」

冒険(クエスト)って、うーん……」

「流石にさっきのは情けなかったしね。教えてくれると有難い」

「まあ考えてはおくけど……」

「「「おお!」」」


 特に冗談で言ってるわけでもないようだし前向きな返答を。

 ただ結局のところここまで1人で活躍。

 拠点に帰りつつ、今度は適切な距離をとって皆にも動いてもらおう。

 そうして3人にあまり浮かれるなと軽く釘をさしつつ帰路につく。


(しっかしボーンさんの忠告がな……)


 正直あの人が言うほど魔獣たちに変化は見られない。

 普通の魔獣、それが俺の印象だった。

 ただデタラメなことを言うわけも。

 既に興奮状態は収まているのか、それとも俺が感じない程微かなものなのか。

 はたまた進入禁止とされた森の奥の方だけ歪なのか。


(————見られてる!?)


 思考中断、突如何者かの視線を感じ取る。

 ただ魔獣たちのように本能丸出しものもではない。

 人間か、それとも魔族か。

 辺りを見回す、ただ逆探知しようにもその感覚はすぐに薄れていってしまった。

 その隠遁は相当なレベルだ。


(これは……)


 敵意は感じなかった。ただ覗き見をされたような。 

 一体今の視線はなんだったのか。


「そろそろ行こうぜクレス」

「あ、ああ」


 最後の最後にシコリが残る。

 周りは当然の如く気付いていない。

 スミスに促されこの場から去るがどうにも後味が悪い。

 何事も起きなければと心の底から願う。

 なにせ此方は実力隠しを強要されている身、力の解放は身バレとなり任務を放棄(リタイア)せざるをえないだろう。


(でもこういう嫌な予感、俺は大体当たるんだよな————)

 

 立ち去るこの場。

 ただその日にどんなに神経を尖らせても、やはり異変や謎の視線を感じることは出来なかった。

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