第16話「即興」
「す、すいません、お待たせしました」
「いや僕もまだ来たばっかりなんで」
「そうでしたか、なら良かったです」
波乱と化した教室から解放され約束の地へと。
そこで落ち合うのは勿論クラリスさん。
スミスたちには一体どういう理由でと詮索されたが、俺だって呼び出されるような覚えは一切ない。
むしろ入試の時に会ったきりだったし。
こうして2人で話すのは数週間ぶりである。
(まさか教室に突撃されるとは思ってなかったけどな……)
あの時に確かに親密度は多少なりとも上がったんだと思う。
それでも呼び出されるとは相当。
自分としてはこの人とあまり関わりたくないというのが正直なところ、だが無視すると余計厄介なことに。
だから二つ返事、素直に要件を伺いに来たわけ。
「早速本題なんですが、その、少しクレス君にお願いがありまして……」
「お願いですか?」
まさか魔王を倒してくれなんて言うはずもない。
常識的に考えれば四大公爵という格の高い人間、大抵の願いは叶うはず。
その上で俺を指名しての依頼、クラリスさんの頬も赤く染まっているし、まさか常人じゃ恥ずかしすぎて出来ない仕事をしろってことだろうか?
それを想像しての赤面、一体どんなお願いなのか、災厄の数字の俺も流石に少し緊張する。
「じ、実は————」
私の名はクラリス、ランドデルク家の長女だ。
今は家族と夕食を、目の前には両親、隣には弟のシルクが座っている。
「入学試験の手伝い、無事に終わったそうだな」
「はい。問題なく進めることが出来ました」
「クラリスは本当に優秀ね。当時のこの人とは似ても————」
「っごほん! 俺の昔話は別にいいだろう」
「あらあら、恥ずかしがっちゃって」
お父様とお母様は相変わらず仲が良い。
私とシルクの前でも平気でイチャイチャしている。
弟ももう少しで12歳、魔法学園の中等部にも入るわけだし、そろそろ人目を憚って欲しい。
「シルクも2週間後には12歳なるしな……」
「はい父様! 僕だってもう中等部に入学です!」
「子供の成長は早いものだ」
「ええ。それとシルク、食べながら話すのはマナー違反です」
「お口空っぽにしてから!」
「その通りです」
私とは4歳差、自分からみてもシルクは本当に可愛い。
顔立ちも女の子のよう、ただ本人はもっと男らしくなりたいとか。
私的にはこのまま成長、ひいてはクレス君のようになって欲しい。
(クレス君、元気にしてるでしょうか……)
彼とは数十分喋っただけの関係、それでも忘れられないほど深い時間を過ごした。
しかし予想外に彼の名は瞬く間に学園に駆け巡る。
曰く試験官を1人で倒した、しかも会場ごと凍らせる大技を決めてだ。
生徒会長たる自分の耳に届くのは必然であった。
今では夜通しで職員会議中、勇者もいるがクレス君のことで話は大盛り上がりだという。
「改めてだが、シルクの誕生日祝いで舞踏会が開かれる。準備は各自で進めておいてくれ」
「はい」
「はーい!」
「それとクラリス」
「なんでしょう?」
「お前のパートナーの件についてなんだが———」
(そのお話ですか……)
私も今年で17歳、そろそろ将来の相手を決めなければいけない年齢だ。
両親の配慮で許嫁は居なかったが、期限は着々と迫っている。
体面的にも貴族の催しに行くにはパートナー、旦那となる人がいないとマズイそう。
既に沢山の家から話は来ている。
それを全部断り続けて数年、もう限界が近い。
「他の公爵家、エイデンスト家の長男なんかどうだ?」
「嫌です……」
「お前はそればかりだなあ」
「クラリス、あなたも貴族です。そろそろ決断をなさい」
お父様やお母さま私に政略結婚をさせる気はないそう。
自分が信じられる、好きになった人物であれば誰でも良いと言うのだ。
それは長男で跡継ぎであるシルクがいるからこそ。
しかしだからといって何時までも相手を見つけられない、となれば見合いしかない。
親としても早く嫁ぎ先を見つけ安心感を得たいのだろう。
「周りからの圧力もあるんだ。舞踏会に連れそう人がいないなら————」
それ以上は聞きたくない。
きっといないのなら貴族の誰かと婚約しろと言うのだろう。
私だって好きな人がようやく出来た、出来たばかりなのだ。
時とは非情、もっと彼と早く出会っていれば。
なにせクレス君とは邂逅したばかり、そんなお付き合いする状態にまで進展していない。
でもここで誰か相手を言わなければ、それこそ————
「あれ? 姉様ってお付き合いしてる人がいるんじゃないの?」
「「「っえ!?」」」
「だって部屋でニヤニヤしながら『私たちは永遠』とか『運命の出会い』とか『あなたを愛してる』とか、1人で色々—————」
「ストップ! ストップですシルク!」
「隣の部屋に居てもブツブツ聞こえるんだ。確か相手の名前は……」
「はいはい! もう大丈夫です! 大丈夫ですから!」
(わ、私の妄想がシルクまで聞こえてたなんて……!)
これでも童話の類はよく読む、そこにクレス君と自分を重ねてあたかもラブロマンスを。
他人が聞けば私たち2人は付き合っており、家に帰っても忘れないほど愛してる、そう思われてしまうほどの内容だった。
しかしそこまで口走っていたとは、恥ずかしさを越えて情けなくとも。
少し話しただけの相手、それをここまで自分勝手な妄想に加えてしまう。
クレス君、妄想の中で色々なことをして申し訳ありません。
「クラリス……」
「は、はい!」
「付き合っている人が、いるのか?」
「えっと、その……」
(ど、どうする私!?)
シルクが正直者であることは誰でも知っている。
故に私の虚言は事実として認識される。
お父様もお母さまも真剣な眼差し、ここで答えられなければ婚約者は貴族の誰か、好きでもない人を相手にさせられる。
(お父様、お母様、そしてクレス君、ごめんなさい————)
私はこの空気をそのままに。
息を整え、胸を張り、あたかも本当のことにそう言った。
「————私には、お付き合いしている方がいます」
クラリス先輩の回想は終わり現実へ。
色々可笑しな点はあるが大体のことは理解した。
つまりまだ結婚はしたくなく、その隠れ蓑として俺を立てたと。
(ただなんで俺なんだろう?)
客観的な視点で回想は進んだ。
クラリス先輩は大まかな流れを教えてくれただけで、自分の心情は一切語っていない。
この話に順序を付けるなら、弟の誕生日会があります、そろそろパートナーが必要です、いないならランダムに相手を選定します、それだけは嫌だから俺を指名しました。
「クラリスさんなら知り合い沢山いるでしょうに、なんで僕なんです?」
「そ、そそ、それは、そう! ふと急に思い付いたんです!」
「急にですか? まあ平民の俺に好意を向ける訳もないか……」
「そ、そんなことはありません!」
「え?」
「あ、いや、なんでもないです……」
もはや軽く情緒不安定だぞクラリスさん。
あれか、よっぽど婚約者が欲しくなくてストレスが溜まってるのか。
まあ独りが好きって人も結構いるし、この人はつまるところ独身貴族になりたいのだろう。
これだけ顔が良ければ色んな男が寄ってくるだろうに。
男たる俺には分からない感性だ。
「でも僕はこの大陸に来たばかりですよ? 理論上だと付き合ってる期間かなり短くないですか?」
「そこは既に手を打ってあります。まあ言い訳程度のものですけど」
「ほほう」
「ズバリ、一目惚れです!」
「はい?」
「私たちはお互いに一目惚れ、付き合い始めたばかりの熱々カップルという風に説明しました」
「……」
どうやら期間が短いのは一目惚れ、この人しかいないという運命を感じたという理由でゴリ押しだそう。
そんなので説明になるかと思ったが、クラリスさんはそれで両親を納得させたらしい。
本人曰く熱力で押し切ったと。
「でもこっち平民ですよ? 身分違いが……」
「クレス君は魔法の才が飛びぬけて凄いので、そこは些細な点です」
「いやでも……」
「貴族の女の子はこういう身分違いの恋が大好きなんです! 絶対いけますから!」
「ち、近い、です」
「あ、すいません、つい熱が入って————」
俺に対してだってこの調子。
親相手にはどんだけ熱く語ったのやら、俺には到底推し量れない。
幾つか疑問点は出たが、そういうのはクラリスさんが上手く対処したとか。
やはり貴族には貴族、世渡りは彼女に任せておこう。
「じゃあ結局のところ俺はその設定に付き合えば良いってことですよね?」
「せ、設定じゃなくて本気……」
「え? どうしました?」
「な、なんでもないです!」
「は、はあ……」
もう訳が分からない。
取り合えず貴族の戯言に巻き込まれたのは確か。
この話を拒否したらクラリスさんの未来が変わる、となればどんな手を使ってでも俺からイエスの言葉を吐かせようとするだろう。
仕方ないがここは大人しく付き合うしかない。
「それじゃあ十数日後、よろしくお願いしますね」
「十数日?」
「はい。舞踏会です」
「へ……」
(マジかあああああああああああああああああああ)
そりゃそうだ、話がぶっ飛びすぎて抜けてたわ。
元々舞踏会のパートナー不在から始まった話、俺が彼女の相方を務めなければいけないは当たり前。
ダンスは事前に仕込まれている、服装を整えるだけの金もある。
だが貴族集まる場所で俺が準主役級かつ美女の隣に立たなければいけない。
これほどの難題は—————
「私の両親も会いたいと言ってましたから」
「そ、そうですか……」
「はい! 楽しみですね!」
「ですねー……」
何故かクラリスさんは満面の笑み。
やはり貴族の業は深い、虚偽の行動でもここまで本当のように振舞えるのだから。
俺も潜入調査員として見習っていくべき姿勢なのだろう。
話題は飛ぶがその日の勇者の監視をどうするかも決めなくてはいけない。
そう思うとやはり俺は溜息をつかずにはいられなかった。





