第15話「劣等」
(なんでアイツばかり注目されるんだ————)
俺、剣崎 優斗は勇者としてこの世界に存在する。
勇者っていうのは誰からも敬意を払われ、尊敬される存在だ。
それに俺は顔が良い、女子に告白された数は軽く三桁は超えているはず。
そしてこの異世界でも前世界と同様、学校がある。
立場やルックスも相成って俺がクラスで人気になるのは当たり前、になるはずだった————
「じゃあアリシアくんこれはどうするの?」
「ん、それは————」
「おおー! なるほどね! ありがと!」
「じゃあじゃあこの問題は……」
「あんま一斉に来られると————」
何故かクレス・アリシアの方がモテている。
というか俺には全然人が寄ってこない。
前世界じゃありえない状況だ。
一番ムカつくのは春風さんも奴に引っ付いているということ。
(ちょっと顔が良くて、少し勉強が出来るからって調子乗りやがって……)
確かに顔は良いんだろう。
そもそも銀髪銀眼の時点で卑怯だろ。
そんなパーツ持ってればそりゃ人気は出るわな。
そういう理由で女子から人気は高い、そして男子共が奴に集まるのは勉強と魔法のせい。
正確にはあの実技授業のせいである。
(会場ごと凍らせる規模の魔法、あんなの反則だ)
1日前、担任が全員の力量を見たいとのことで、ゴーレムとやらを相手に試合を。
俺はここが見せ場だと思い、異能『光の加護』を最大限使った。
出し惜しみ無し、『本気』で力を振るった。
全身に光が纏わりパワーとスピードが上昇、確かな実力を皆に披露したはずだった。
(なのに最終的に評価されたのはアリシア、あいつは魔法の操作に失敗したはずなのに……!)
そもそもパートナーであったスミス・ケルビンを巻き込んでる時点でド三流。
俺がこのあと魔法を習得していけばアリシアなんか余裕で倒せる。
むしろ国善試合の選抜決めで戦いたいぐらい。
氷なんて喰らうまでもなくワンパンで決められる。
(公的にボコボコにできるからな。春風さんも眼が覚めるだろう)
今だって少し授業したくらいでアタフタしてる。
あんなのでテンパる相手に後れをこれ以上取れない。
姫様からは特に期待されてる、でもまあコッチには異能があるから余裕だろうけど。
「なにニヤニヤしてんだ優斗?」
「いや、俺たちは特別だなと」
「?」
「幸樹はアリシアに勝てると思うか?」
「んー、分からん」
幸樹だって超加速という強力な異能を授かった。
コイツのスピードにアリシアはついてこれるか。
否、無理である。
何か策を考えるまでもなく、全ては時間と才能が埋めてくれるだろうさ。
「だけどアイツの授業は分かりやすかったぞ」
「そうか? 俺は全然聞いてなかったよ」
「もったいねえなあ」
「氷しか取柄の無い同い年、真剣に聞くだけ無駄さ」
1年生だから周りが囃し立てるだけ。
焦る必要は無い、もう少し時間が経てば底が見えるだろう。
「にしてもデニーロ先生来ないな」
「ああ。早く帰りたいぜ」
今は全ての授業を終え、残すところはホームルームのみ。
早く帰宅して騎士団長たちに剣の稽古をつけて欲しい。
誰も俺に寄ってこないこんな所で長居するのもバカバカしいのだ。
それにアリシアの席に人が集まっている様子を見るのも腹が立つし。
「————失礼します」
そろそろ勘弁して、そう思ったときに扉は開かれる。
ただ担任の何時も発するような気怠い声じゃない。
清く正しく美しく、そんな言葉を体現するような人が教室に。
黄金の長髪に煌めく碧眼、大人な空気を纏った美女が。
クラスの注目もアリシアから一気に切り替わる。
「クラリス様!」
「マリーさん、お久しぶりです」
「ど、どうされたんですか?」
俺も召喚を祝した式典で一度顔を合わせている。
彼女の名はクラリス・ランドデルク。
マリーさんの同じ四大公爵家の令嬢、そしてこの学園の生徒会長。
完璧な容姿、明るい性格、春風さんの異世界バージョンといってもいい。
ぶっちゃけ好み、出来るものなら————
「こんにちはランドデルクさん」
「あら勇者様、えっと……」
「ユウトです。ユウト・ケンザキ」
「あ、はい。心得てますよ」
マリーさんに続くよう急いで彼女へと近づく。
春風さんを除き、クラスの女子どもはこの際どうでもいい。
俺はもっと高嶺の花と仲良くなれれば。
ただ俺の名前を忘れていた? いやきっとど忘れしてたんだ。
とりあえずは何か話題を振らないと。
「ランドデルクさんは何か用があって来たんですよね?」
「え、ええ」
理由を尋ねると急に歯切れ悪く、というか緊張した面持ちを浮かべる。
もしかして勇者である俺に会いに来たとか?
実は本当にそんな理由、当人が目の前にきて焦っちゃってるのかな。
そりゃ仕方ない、俺は選ばれし者、顔だけとっても並みの女じゃ緊張————
「く、クレス君に会いに来ました」
「え?」
「すいません前失礼します」
何事もなかったように俺の前を通り過ぎていく。
扉前には俺だけが取り残される。
彼女が向かう先はアリシアの方、アタフタと小走りで。
皆も自然と道を開け、奴の目の前はガラガラ。
ランドデルクさんだけを真正面で対面させる形に。
「あの! クレス君!」
「そんな大きい声で言わなくても聞こえてますよ」
「そ、そうですね」
「改めて、久しぶりです」
「は、はい! お久しぶりです!」
「それで一体どうしたんですか、クラリスさん」
もしかして面識が既にある?
俺だって苗字で呼んでるのに、アリシアは普通に名前で呼んでる。
ただランドデルクさんも別に何も言わない。
これは絶対に無いだろうが、まるで好きな人でも目の前にいるような反応だ。
(お、俺を差し置いてそんなこと————)
教室の空気も重くなる。
一字一句逃さないように耳と視線を傾ける。
一体なんの用があって此処に来たのか。
「こ、ここでは、その……」
「話し辛いですか?」
「……はい」
「じゃあ場所を移しましょうか」
「そうして頂けると有難いです」
「なら今から————」
「いえいえそんな! ホームルームが終わってからで構いません!」
って言わないのかよ、それが正直な感想。
まさかこんな美女がアリシアみたいな平民に好意を寄せるはずもない。
どうせ大した用じゃないんだろう。
周囲に疑問が残る中、去っていこうとするランドデルクさん、ただ忘れていたとばかりに唐突に振り返る。
そして一言。
「あ、場所は、あそこにしましょう」
「あそこ?」
「も、もう! 分かってるくせに……」
「え? いやえっと————」
「は、初めて会った場所です!」
最後に赤面を決め一目散に張り去っていく。
その一連のやり取りは少女漫画のようにも。
読んだことの無い俺でもそう思ってしまった。
お淑やかさは何処に行ったのか、扉も来た時と違い強めに閉めていった。
そして訪れる、反応の時。
「なんでじゃああああああああああああああああああああああああ」
「ど、どうしたスミス?」
「なんで天下のランドデルク嬢がお前に寄ってくるんだよ!」
「いやクラリスさんは……」
「しかも名前呼び! これは只ならぬ関係なんじゃない!?」
「うんうん! 教えてよアリシアくん!」
「これは、いや、あんま誰かに言うことじゃないし……」
「とりあえず悔しいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
スミス・ケルビン含め男子たちは悔しいと叫びつつ涙を流す。
女子も女子で一層盛り上がっている様子。
俺だけが取り残された、輪から外されている気分。
なんでこんな惨めな思いをしなくていけないのか。
「クレス・アリシア……!」
誰にも聞こえないくらい小さな声で。
そして俺はこれでもかと強く拳を握った。