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第14話「授業」

「よって魔法において重要なのは————」


 波乱の初日からネクスト、2日目は普通に授業が行われる。

 語学、歴史、戦術、魔法などなど。

 周りを見ても流石は優秀なクラス、殆どが教師の言葉と板書に全神経を集中している様子。

 

(退屈な授業だな……)


 ただ俺はというと、目の前で行われることに退屈の念を抱いていた。

 停滞する価値観、鎮火する興味関心好奇心、学園とはこんなものかと。

 現在は魔法学の座学、教師が言うことは正しいことばかり、面白さの欠片もないお堅いもの。

 言われること全て経験としてこの身に宿っている。

 これでも現場のたたき上げ、応用の応用の応用、もしくは奇想天外な考え方でも披露しない限り、この時間を生徒として過ごすことはない。


(勇者たちも、まあ真面目に受けてるか)


 真後ろ兎も角、斜め線上にいるケンザキやスガヌマの態度くらいは把握できる。

 言語の壁は召喚の恩恵で翻訳されているのだろう。

 何事もないようにスラスラと板書を写している。


(これでも代表候補筆頭だもんな……)

 

 勇者たちには幾つも重荷が科せられている。

 魔王討伐を最終目標とし、それまでには多くの行事や任務が。

 目先で一番大きいものとしては国際親善試合の『代表』を決める学内予選だろうか。

 此処ユグレー大陸には4つの国が均衡を保っている。

 1つは勿論ハーレンス王国、他はビンサルク帝国、アリミナ商国、センテール教国といった情勢。

 この4国で友好を深めるため、ひいてはお互いの内を探るために試合をするのだ。


(そこで代表になれなきゃ勇者の名が廃るだろうし)

 

 枠は5つ、完全なる個人戦かつ実力主義で、勇者といえ入試みたいにパスは出来ない。

 試合はともかく、予選でその辺の生徒に負ければ王国の顔を汚したも同然。

 優遇されているようですぐ後ろは崖、なんとも可哀そうな立場である。


(まあ俺は絶対に代表にはならないけど)


 だって選ばれたら目立つ、任務に支障が出るどころか身分がバレるということもあり得る。

 絶対に、なんとしてもタダの生徒を演じきって見せる。

 

「最近じゃ前に率先して出る指揮官も多い。特に帝国の戦姫、あとは教国の剣聖なんか————」


 思考はしていても教師の言葉は耳へと流れてくる。

 戦姫、帝国の姫ではあるものの卓越した戦術組み立て、練度の高すぎる魔法、とある異能も所持している超人だそう。

 数字の間でも彼女はなかなか評価されている。

 それは剣聖も同様、今回で20代目、確か俺と同い年ぐらいだったはずだ。


(戦姫も剣聖も同世代じゃ相当やれる、今の勇者たちじゃ足元にも及ばないぞ……)


 監視者たる自分、実力差はちゃんと見抜いている。

 再生のハルカゼ、魔力を日に日に増やしていくワドウはまだしも、残る2人の男。

 こいつらじゃ瞬殺されるのがオチ、召喚した貴族たちはちゃんと実力の差を理解しているのだろうか。


(まあ策士のケンザキ、今頃俺じゃ思いつかないぐらいの秘策を考えてるだろう)


 実戦の実力は未だ不明だが、ユウト・ケンザキが一級の策士であることは確信している。

 その旨も既にレポートにまとめ、ボスに伝達もした。

 俺も裏を掛かれないよう、ケンザキの動きには細心の注意を払わねば。

 相変わらず涼し気な表情を浮かべているが、内心は真っ黒に染まっているはず。

 マイ・ハルカゼにもよく付きまとっているし、秘密裏に何かを伝えているのかも。


(マイ・ハルカゼの異能の重要性、ケンザキだけは気付いているってわけだ)


 いやはや凄まじい手腕、勇者じゃなくて戦術家になった方がいいんじゃないか。

 もはや戦士より商人や政治家に向いている。

 ここまではあくまで俺の予想、想像の話だったが自信は持っている。

 ユウト・ケンザキ、ある意味では最も危険な人物であると思われる。


「それじゃあ、っとそろそろ時間か。今日の魔法学はここまでとしよう」


 時計を確認、少し早いがここで授業は終了だそう。

 周りもようやく緊張から解放、教師も退出し緩い空気が訪れる。

 

「はあ、初っ端からハードすぎんよ……」

「そうか?」

「そうかって、クレスは全部分かんの?」

「一応」

「まじで……?」


 誰に教わるでもなく、実戦で多くを学んできた。

 ちなみにスミスが溜息を上げたのは魔法陣の構築という分野について。

 こんなのは直感で良い、教師も教師で無駄な式とか線引きをするから皆分からなくなるんだ。


「あの、クレスくん」

「っ、なに?」

 

 突如後ろから名を呼ぶ声が。

 つい不自然な反応をしてしまう。

 相手は誰かと疑うまでもなく件の勇者、マイ・ハルカゼである。

 一体なんの用だ?


「さっきの授業、ちょっと分からないところがあって」

「なんだてっきりバレたのかと……」

「バレた?」

「いやいや! なんでもない!」


 俺ってもしかして案外バカか? 

 またしてもドジを踏む、いかんせんコミュニケーション能力は高くない。

 今までは何かを倒したり破壊する任務ばかり、いや、言い訳は止めよう。

 まずはこの場を適切に対処する。


「それで教科書のこの部分なんだけど……」

「魔法における第一工程の改編、か」

「うん。一回構築して、それからの変形が出来なくて」

「なるほど……」


 おおかた俺とスミスの会話を聞いていた。

 それで俺がそこそこ魔法が出来ると知り、こっちに助けを求めてきたと。

 なんだ、やはり大したことはなかった。

 バレるはずもなく心配するだけ損。


(というか、めちゃくちゃ近い……)


 後ろに俺が半分姿勢を向けているという態勢。

 向こうは気を使ってなんだろうが、教科書と共にその身体、顔も俺の方へ近づけてくる。

 艶やかな黒髪からは女特有の甘い匂い、そして何度も言うが顔が近い、近すぎるって。

 ほらケンザキの表情見ろ、とんでもく不機嫌そうだ。

 きっとクラスメイトであろうと誰が敵かも分からない、怪しげな奴とは安全上なるべく接近するな、そういう意味なんだろうな。


(俺だってもっと離れて欲しいわ……!)


 周りもチラチラと視線を向けてくるし。

 とてつもなく居心地が悪い空気感。

 言われた内容も大したものでないし、とっとと終わらせよう。


「まずマイ、さん」

「呼び捨てでいいのに……」

「な、なに?」

「なんでもないよ!」

「そう、じゃあまずは工程の役割として————」


 相手が勇者だからといって、早く離れたいからといって中途半端な教えはしない。

 これでも実力現場主義、下手な知識を教えて犬死されても困るんだ。

 やるならしっかり、教師が言ってたことを簡潔かつ、より深い理論で伝えていく。


「じゃあこの式は要らないってこと?」

「ああ。必要ない」

「でも先生は……」

「あの授業はハッキリ言ってレベルが低い。これが実戦的かつ完璧な構築だ」

 

 俺は周囲から氷魔法だけと思われていそう。

 だがこれでも殆どの属性をある程度は使える。

 数年前までは水属性とか雷属性も多用したスタイルだった、まあ今じゃ氷一本だけど。

 その話は一旦置いておいて、取り合えず学生が学ぶべき範囲は既に修得済みだ。

 

「————だからコレとコレをくっ付ける」

「————うんうん」

「————それで出来た陣にさっきの式を加えると」

「————ホントだ! ちゃんと答えと一緒になってる!」

「————まあこれぐらいは普通だよ」


 0から1、1から100近くまで。

 もったいぶらずに頑張って教える。

 ただ口振り素振りは冷静に言っちゃいるが、頭の中はグルグル倍速で回転。

 下手な指導をしない、下手な発言をしないよう細心の注意をしている。


「ならクレスさん、ここから第二工程に昇華するには弊害が多いのじゃなくて?」 

「マリー、さん……」

「興味深いので(わたくし)も混ぜてください。それでどう発展させるのです?」

「えっと、ここからだと————」


 やはり四大公爵家の令嬢だけあって周りよりだいぶ先にいるよう。

 基礎は常識といわんばかり、聞き耳を立てていたのだろう、マイ・ハルカゼに教授した理論に疑問を呈してくる。

 流石に理解が早い、工程昇華に不可思議な点を見出すとは。

 よく勉強している証拠が勉強してない俺にもクッキリ見えた気がする。


「なになに、面白そうじゃない」

「あ、凛花! 今クレスくんが魔法陣について教えてくれてるんだよ」

「へえ、アリシアくんの魔法学かー」

「ねえねえ! 私たちも聞いていい!?」

「っ女子ばっかり出しゃばるな! 実は俺たち男子も聞きたいんだ!」

「うんうんやっぱ男の友情は大切! 出来ればアリシアくんの身体についても————」


(なんか大変なことになってるぞ……)


 特に最後、しっかり聞き取れなかったが何故か鳥肌が立つ。

 マイ・ハルカゼに教えるだけのはずが、マリーにスミスに、となればほぼクラスの全員が集合。

 俺の独学独自理論の魔法学を聞きにくる。

 自分にとっては普通で、そんなに大したものじゃないんだけども。


「もう黒板でやってもらおうぜ!」

「うん! それがいいね!」

「じゃあアリシアくんよろしく頼むよ!」

「「「「「お願い!」」」」」


(マジか……)


 休み時間はあと十数分しかない。

 それでもマトモに話が聞けないということで前に立って教鞭を振るえと。

 俺はただの生徒であって、そんなことをする義務はない。

 ただケンザキやスガヌマを除き、この場にいる殆どの奴がお願いのポーズをしてくる。

 

「クレスくん」

「な、なに?」

「お願いします」

「……」

「マイのお願いでもダメなら仕方ないわね。(わたくし)も公爵家でありますけど頭を下げ————」

「待て待て! それはマズイ!」

「なら教えてくださる?」

「……はあ、分かったよ」


 流石に四大公爵家が平民に頭を下げる。

 この構図は俺にとって最悪なのことに、きっと悪名高き生徒として学園中に広まってしまうことに繋がる。

 そんなことになるくらいなら面倒でも今教えておくべき。

 世界から恐れられる災厄の数字(ナンバーズ)の魔法使いが教鞭をとる。

 しかも相手は同い年、なんて冗談だよ。


(パパっと終わらせる。パパっと迅速にだ)

 

 元々休み時間も短い、次の講師が来るまでの辛抱だ。

 それぐらいまでの短時間だったら教えてやるとも。

 正直授業のレベルが低くて若干イライラしていた節が、いっそこの瞬間だけも最高峰の魔法学を伝授。

 本場本物の魔法というもの披露してやるか。


「クレスが授業するんだから皆早く席に着けや!」

「扉も閉めましょう。雑音が聞こえてくるわ」

「やばいやばい! 早くノート出さねえと!」

「あのアイザック先生を倒したアリシアの授業、ワクワクが止まらないぜ」


 俺が壇上に立つ頃には皆は静かに着席。

 その手にペンを、真っすぐな眼差しを向けてくる。

 そんなに見ないでくれ、緊張するだろうが。

 刹那の時ではあるが、戦いとしてではなく教える者として人々と相対する。

 味わったことの無い、初めての緊張感を体感。


(ただケンザキはやっぱり不機嫌そう、いやまさか————)


 ケンザキは優秀な策士だ。

 つまりは自分の前に立った以上クソみたいな授業をやるな、奴はそう言いたいんだ。

 俺が周囲の注目を一点に集めての嫉妬、勇者がそんな陳腐な感情を抱くはずがない。

 故に苦い表情の原因は前者であると推測する。

 

(いいだろう、ここでしっかり見せてやる)

 

 監視だから物理的に手出しできない、ならば知識と理論のセンスで語りに。

 仕方なしと此処に立ったが、俄然やる気が出た。

 これでも売られた喧嘩、挑戦や期待にはしっかり応える。


「————それじゃ本物の魔法学を始めようか」

 

 教科書は要らない、俺が吐く言葉だけで全てを語れる。

 最高最凶の魔法使い『絶氷(エターナル)』として、この鞭を振るう。

 自分でも熱の入った授業を、勿論次の授業があっという間に来てしまうくらい濃厚なものを届ける。

 ただ次の歴史講師もまさかの受講としたいとぶっちゃける。つまり俺の魔法学を聞きたいと言うのだ。

 そうして次の時間も俺の講義へと早変わり。

 こうしてまるまる1時間以上を掛け、俺は魔法とは何かを皆に叩き込むことになってしまうこととなった。

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