第129話「間際」
学園祭は2日目へ。
今回はSクラスの愛されマスコットこと、スミスが案内をしよう。
「――どこが愛されマスコットだ」
銀色の瞳が釘を刺す。
女と見まがう容姿をもった少年は、静かに舌鋒を飛ばしてきた。
「なんだよクレス」
隣にいた彼に向かって、言葉を投げ返す。
「どこか違ったか?」
「逆に違わない部分があるのか?」
相も変わらず容赦のないやつである。
少しぐらい乗ってくれてもいいだろうに。
クレスはやれやれと首を振り、合わせてその銀髪も左右に揺れる。
「前々から言いたかったけれど、お前なんか髪につけてる?」
「どういう意味だ?」
「良い匂いがする」
「き、気持ち悪いことを言うなよ……」
クレスの身体が二歩三歩と後退する。
そんなあからさまにドン引きにしなくてもいいだろ。
まぁその突き放すような態度も一周回って……。
「ふふふふふふふふ」
「スミス、なんだかワドウさんに似てきたな……」
失敬な、あんな変態と一緒にするな。
「だがクレス、お前が大口を叩けるのもこれまでだ」
「なに?」
「なんたって今日、これから女の子になるんだからな」
「むっ……」
きっちりとその姿を収め、後で存分にからかう材料にしてやろう。
今年いっぱいはそれだけでいじれる。
「いやぁ楽しみだなー」
「…………」
「あれあれ、もしかしてイラってます?」
「い、いいや……」
「だよなー。あの冷静沈着なクレスが、女装してミスコンに出るごときで慌てたりしないよなー」
「く……!」
悔しがってる悔しがってる。
こいつをいじれる機会はないし、今はチャンスだ――!
「あーあ、お前は3日目の演劇でもお姫様やるわけだし、もう本当に女に――」
「ふん!」
「ぐはう゛ぇら!?」
腹部に激痛。
「暴力、はん、たい……」
「ほう、まだ喋れるのか」
「ま、待て待て! 待ってください! もう何も言いませんから!」
「わかればいい」
「し、しかし期待大だよな。なんたってあのクレスが――ぐへう゛ぁ!?」
どうやらやんわり期待を示すだけでもダメらしい。
「こ、これぐらい許してくれよ。どうせ後々みんなにも言われるんだろうしよ」
「まぁ……」
やられた俺も体勢を立て直し、普段通りの態度で会話を進める。
「それで、調子はどうなんだ?」
「調子?」
「もうすぐ午後だし、そろそろ着替えるんだろう? 衣装とか化粧とか、準備しないとだろ」
「そんなにやることはない。変装には慣れているし」
「変装?」
「あ、いや……その、クラリスさんに事前に着せ替え人形にされているから、今回も手伝ってくれるとかで、準備に心配はいらないってことだ」
「ふーん」
どうやら専属の衣装係がいるらしい。
クレスは平然としているが、それはそれで相当おかなしな状況だと思う……が、言わないでおこう。もう殴られたくないし。
「頼んでもないのに、やらせろやらせろってうるさいんだ」
「確か生徒会長もコンテストには出るはずだっただろう?」
「それでもやりたいんだってさ」
「すさまじい執念だな……」
「ああ、もう目が血走っているよ」
ぶるぶるとクレスが震える。
どうやら既に、相当お人形さんごっこを強いられていたらしい。
「――とにかく、そんなに期待するなよ」
クレスは肩を落として、
「所詮は物真似だ。衣装を着たって大して普段の俺と変わらない」
「そうかねー……」
「幻滅するのは勝手だが、後で期待外れと言われても何の補償もできないんでな」
友人としての助言だと彼は言った。
「そろそろ行くよ。皆にもよろしく」
「おう。死ぬほど楽しみにしてるぜ」
「だから期待しすぎだって……」
クレスは立ち去る間際。
柔らかな別れ言葉と共に、銀髪をなびかせながら微笑した。
その一瞬の笑顔の威力は言うまでもないだろう。
「――じゃあな、スミス」
……。
…………。
………………。
「あぶねぇ、惚れかけたぞ……」
前回ともども久しぶりの投稿になりました。
よろしくお願いします。