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第11話「初日」

「やっぱ緊張する……」

「しっかりしろってクレス! 大丈夫だって!」

 

 寝坊からの邂逅、俺はスミスと共に遂に学園へと到着した。

 警備員さんたちには事情を話し、生徒手帳も見せ無事に入場。


(まあ俺の顔を見て少しビックリしてたけど)


 あの入学試験の影響だろう、これは仕方ない。

 そして遅れながら入学式の会場をチラリと覗いたが、やはり中に人は居なかった。

 つまりは新入生は既に自分たちの教室に移動しているということ。

 おそらくだが教室での学校説明は既に始まっている。

 

(学校に通うのなんて初めてだからな……)


 本番はこれから。

 教師が壇上で生徒たちに説明する中を、俺は寝坊しましたと言って突入しなければいけない。

 学校という仕組みに慣れたスミスは余裕だが、俺は人生初、もはや殺しの任務より緊張する始末。

 これは力でどうこうなる話ではないのだ。


「じゃあどっちが先に行くか決めようぜ」

「え、スミス行ってくれよ」

「俺だって先に行くのは嫌なんだ。ここは1つ————」


 やはり誰しも正面切って教室に突入は嫌らしい。

 そこでスミスは懐から1枚のコインを取り出す。

 曰く裏表を賭け、ハズレた方が先頭をきるようだ。


「じゃあ俺は表、クレスは裏でいいな?」

「ああ」


 スミスが宙にコインを放る。

 今更ながら人気のない廊下でこんなことを、なかなか恥ずかしい。

 ただ今注目すべきはコインの勝負、表が出れば俺の負け。

 確率は2分の1、十分に勝て————


「よっしゃ表だ!」

「嘘だろ……」

「さあさあ、貴様が先に人柱となるのだ」

「く……」


 なぜ神は俺に険しい道ばかりを行かせるのか。

 ただ此処でウロウロしていても仕方なし、先に進むしかないのだ。

 前向きに考えよう、スミスにはさっき勇者の情報を貰ったじゃないか。

 内容は外見のことばかりだったけど、それでも借り1つなのは間違いない。

 

(やるしかないんだ)


 こんなことで悩むのはバカらしいだろうか?

 でも王立だけあって豪奢な造り、その端端から気品と秩序を感じられる。

 貴族も多いそうだし、決まりには十分うるさそうだ。

 初日からの悪行、目を付けられなければいいが。

 

「奥の教室がSクラスだぜ」

「後だからって余裕そうだな」

「だって後だもん」

「……」

「お前なら出来るさ!」

「はあ……」


 特に理由も無いが足音を立てずに進んでいく。

 決まった以上はやりきる、これは仕事と一緒だ。

 意識を研ぎ澄ませろ、メンタルを強く持て。

 俺の心臓は氷で出来ている。

 何者にも動じない、クールな面持ちで行こう。

 

「さ、着いたぜ」

「ああ」

 

 眼光鋭く、黒手袋をはめた両の手を少し握る。

 スミスには持病故と説明したが、甲には数字が、これを背負っている以上はと意気込む。

 制服良し、姿勢良し、台詞の準備良し、下じゃなくて前を向く。


「……行くぞ!」


 教室前、扉の取っ手に手に掛ける。

 汗も引っ込むくらい冷たい心持ちを心がける。

 背後にスミスが控える中、俺は遂にその扉を開けた















 


 私、春風 舞は今日からハーレンス魔法学園に通う。

 私たちは勇者として、また異能のことも鑑みてクラスはSに決まった。

 なんでも魔法使いとして最も優秀な生徒が選ばれるそう。


(私なんかで大丈夫かな……)


 周りは厳しい試験を経て此処に、私たちとは違う。

 それに構成する皆からは気品が漂う。

 女子も同性から見ても可愛い子ばかり、貴族が多そうだ。


 「ねえねえ! 元の世界ってどんな所だった!?」

 「異能を持ってるってのは本当なの!?」

 「ちょ、次私が質問する番!」

 「はあ? あんたこそ順番守りなさいよ!」


(というか、凄い囲まれてる……)


 異世界人であることはであることは国中の人が知っている。

 貴族であろうとなかろうと、どんな人でも興味は持つのだ。

 宇宙人がクラスメイトになったら、そりゃ気になるよね。

 私と凛花は女子から、剣崎くんと菅沼くんは同様に男子から様々な質問を受けている。


「————いい加減になさい」


 ただ喧噪をピシャリと一喝する存在が。

 すると熱気は一気に静まる。

 私のすぐ近く、右の隣人からだ。


「いくら興味があるとはいえ、そう迫っては迷惑でしかないでしょう」

「ディ、ディアンヌス様……」

「少し落ち着きなさい」

「「「「「は、はい」」」」」

 

 観衆を鎮めた彼女とは既知、王城にて何度か顔を合わせている。

 名はマリー・ディアンヌス、流石に四大公爵家と位が高いだけあり、大抵の人が慄く。

 特徴は、うん、絵本とかで見たまんま、金髪のグルグル。

 菅沼くんなんかは金髪ドリルと呼んでキレられたみたいだけど。

 ともかく、剣崎くんたちに迫っていた勢いもだいぶ衰えたような。

 時間も時間で、皆席に少しずつ戻っていく。


「あ、ありがとうマリーさん」

「流石です」

「いえ、民を纏めるのも貴族の務め。それに皆さんの面倒を見るという任もありますし」

 

 いかせん召喚されたばかり、言語については自動的に翻訳されるが、この世界の知識は殆どない。

 日本とは違う、独自の常識や作法、それらはマリーさんにサポートしてもらう。

 

(といっても、あんまり日本の学校と変わらないかな)

 

 校舎の広さや勉強科目は置いておいて、クラス制度や行事、生徒会という役割は大して変わらない。

 貴族の人たちもいるけど、数少ない一般の人とも普通に喋っている。

 思いのほかカーストのピラミッドは平たい、まあマリーさんがトップなのは確かだけど。

 むしろ真面目な彼女が頂点だからこそ、こうして平和な空間になったのかも。


「————はい、そろそろ始めるぞー」

 

 扉がスライド、廊下から白衣を着た1人の男の人が壇上に登壇。

 いわずもがな、このSクラスの担任を務める教師だろう。

 年齢は30くらい? 白衣からして理系の人なのだろうか? そもそも理系とか文系という区分があるかも怪しいけれど。

 ともかく元の世界とほぼ同じ、今からは諸注意や学校についての説明だ。

 

「ええーっと、担任を務めるデニーロ・アルベントだ。よろしく」

「「「「「……」」」」」

「いや、これで自己紹介終わりだから」

 

 あまりに簡単な紹介、本人は気怠そうで、私たちの無言の視線にも応えないみたい。

 ただ責めたり冗談を言ったりする間柄でもない。

 ツッコムこともなくそのまま進んでいく。

 

「そんじゃあまず出席の確認だが……」

 

 クラス編成は25人、名前を呼ばれなくても見れば分かる人数。

 誰が居て、誰が居ないかはほぼ一発で、席順も決まっていたし。

 その上でポッカリと空いているのがなんと私の前、そして左斜め前だ。

 自分は最後列の席ながら、壇上に登れば先生でも把握できるだろう。


(だけど初日から遅刻なんて勇気あるなぁ)


 しかも2人も。

 ただSクラスに選ばれるには相応の実力が必要らしいし。

 もしかして私たちみたいにコネ入学ということだろうか?

 まさか寝坊なんてことは無いと思うけど。


「居ないのは、ってアイツか……」


 そういや入学式で騒ぎにならなかったもんな、先生は独り言のようにそう呟く。

 私の前の席の人は先生にマークされるほどヤバい人?

 左隣に座る凛花も疑問符を頭上に浮かべている。

 ただ小声ながらも、右に座るマリーさんが答えを教えてくれる。


「1人、とんでもない天才がいるのですわ」

「「天才?」」

「学園始まって以来の逸材。実技試験で唯一教師を倒した男、しかもたった1人で」

「すごいんですねその人」

「ええ、更に容姿も端麗らしく、私もお会いするのを楽しみにしていたんですけど……」

「初日から遅刻と。とんだ問題児ですね」


 マリーさんは何とも言えない表情を、凛花もその天才を問題児扱いだ。

 ただ才はある、だからデニーロ先生も困惑、どうしようもないと思っているのだろう。

 ただ教師まで諦めさせる、一体どんな————


「————失礼します」

 

 どんな人、そう思ったと同時だった。

 扉がそこそこ強く開け放たれる。

 廊下より歩んできたのは1人の男? 少女といっても差し支えない中性的な顔造り、ただ制服はスカートでなくズボンなので男で間違いない、と思う。

 面持ちは威風堂々、煌めく銀に薄く青が掛かった髪と瞳、両手には何故か黒手袋しているが覗えるその肌色は雪のよう。

 同じ人間とは思えないくらい、完璧といっても過言ではない人物がそこに居た。


「やっと来たなアリシア」

「……すいません、遅刻しました」

 

 元の世界、そしてこの世界で出会った誰よりも完成されている。

 カッコいいとか美しいの次元を超えている。

 芸術的なまでの容姿様相。

 備えた眼光も鋭く、とてつもなくクールな性格をしてそうだ。


「————い、舞ってば!」

「あ、うん、なに?」

「やばいわよアレ! あんな生物がこの世にいていいの!?」

「そ、それは私に言われても……」


 ここまで来ると黄色い歓声も上がらない。

 私たちはただ呼吸するだけの物体になったみたいな。

 ただただ彼を見つめるだけ。

 実は何処かの王子と言われても信じるレベル。

 いやもう、ホント凄いとしか言えないよ。

 

(でも気軽に話せそうな雰囲気じゃない、か)


 抜き身の日本刀、そういうイメージ。

 美しさもありながら、触れた瞬間に斬られてしまいそうな鋭利さ。

 友人として付き合い易そうかと言われると、いやはや、私には難しい。


「それでクレス・アリシアよ、遅刻理由は?」

「……す」

「ん?」

「寝坊、です」

 

(((((か、可愛い!)))))


 おそらくこのクラスの全女子が思ったことだろう。

 凛花にさんざん聞かされた、いわゆるギャップ萌えというもの。

 私はそれを初めて体験した。

 彼、クレス・アリシア君はクールな人と思いきや、その実はじき出された言葉は戸惑いながらの弁解。

 しかも天才なんて呼ばれながら、遅刻の理由はまさかの寝坊。

 嘘なんかついているように思えないし。


「ま、舞」

「どうしたの、って凛花! 鼻血出てるよ!」

 

 自称腐りかけの女の凛花、どうやらこのシチュエーションに耐えられなかったらしい。

 ただこの世界も中々発展しているようで、ちゃんとティッシュらしきものは確立。

 ポケットサイズのものを取り出し凛花に渡す。


「……寝坊って、ホントか?」

「ほ、本当です」

「んー、まあいいや。とりあえず席につけ」

「はい」

「席はマイ・ハルカゼの前、良かったな勇者の近くだぞ」

「っえ」


(な、なんだか複雑な表情を浮かべられた……!?) 


 もしかて私の近くは嫌ってことなのだろうか。

 いやそうと決まったわけじゃないけど。

 ただやはり彼は重そうな足取りで私の前まで。

 

「ど、どうも」

「あ、よろしくね」

 

 そして何故か私にだけ一瞥。

 空席の左は兎も角、右にも前にも他の子がいますよ。

 そんなそっけない挨拶ながらも、なんとか私も返す。

 引き締まったり、飽和したりする教室の謎の空気感がここに。 

 

「そんじゃあアリシアも来たことだし、本題に戻るぞ」


 前に座った彼の背は真っすぐ、綺麗な姿勢だ。

 流れる銀髪からは良い匂いもするような。


(————って私は何を考えてるのよ!)


 あくまで私は内面主義、ただここまでの容姿となると流石にくるものはある。

 なんだか私に言い寄ってくる男の人たちの気持ちが分かった気が。

 いや、彼ほど整っているとは勿論言わないけれど。


(そ、そういえば居ないもう1人は……?)


 アリシアくんの隣の席、まだ席はぽっかりと空いている。

 彼の登場が劇的すぎてすっかり忘れていた。

 ただ周りも先生も気にしてないようだし、きっと遅刻ではなく病欠か何かなんだろう。

 もし仮に寝坊だとしても、この登場の後には気が引けて私だったら入ってこれない。 

 

(と、とりあえず目の前のことに集中しないと!)


 まだ顔を知っただけという関係。

 喋れる機会はこれからあるはず。

 それに自分は勇者で異世界人、今は先生の話に耳を傾けるべき。

 私の新たな学園生活、その始まりのページには銀の風が強く吹いたように思えた。

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