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第10話「寝坊」

 穏やかでゆっくりと流れる世界。

 そこに途端で響くのは苛烈な連続音だ。

 耳を突く刺激、眠気を狙撃、劇的な日常に夢から少しだけ帰還する。


「……朝、か」


 目覚ましの魔道具をなんとか止める。

 しかし凄まじい眠気、半分落ち気味の脳で思考する。

 おそらく緊張で眠れなかったことが起因。

 心地よい環境も相成って————
















「あ、あれ……?」


 何故か再び目を覚ます。

 一度軽く起きたことは記憶にある。

 ただすぐさま意識は急降下、掴んだはずのモノを手放してしまう。

 回りくどく言ったが、ようは二度寝してしまったのである。


「久し振りに寝過ごしたな……」


 穏やかな環境、1人の空間、ついついベットで二回目に突入してしまった。

 ただ残念な感情を表すよう、しまったなんて言葉は発しない。

 なにせ元々かなり余裕をもって目覚ましはセットしていた。

 ちょっと二度寝したくらいじゃ————


「今の時間は9時と、って9時!? しまったあああああああああ!」


 前言撤回、気を緩め過ぎた。

 9時からは入学式が始まる、新入生はとうに学校に集まっているだろう。

 言い訳だが、今までの任務だったらアウラさんが隣にいた。

 彼女はズボラ、もとい大雑把なので、自分がしっかりしなければと意気込んでいたわけで。

 現在は1人でフリーな状況、つい油断してしまった。


「ど、どう考えても入学式には間に合わないよな……」


 今更だが、これでもハーレンス魔法学園には無事合格することが出来た。

 もちろんSクラスである、頑張ったぞ俺。

 制服や鞄も届いているし、提出しなければいけない書類の準備も終わっている。

 ただここから最低限の身なりを整えたり、移動の時間、諸々のことを考えたらもう無理。

 配布されていた日程表を確認する。

 残念だが入学式の参加は諦め、10時過ぎから行われる自教室での説明に目標を定めよう。


(それに入学式に参加しなくたってバレないだろう、どうせ俺の顔が知られているわけもないし)


 強いて言うなら警備員さんたちぐらい。

 アイザック先生の件で包囲され、挙句連れていかれたから。

 悪いことはしてないし、誤解も解けたが、ある意味で彼らにはお世話になった。


「せっかくだし朝ご飯も食べるか……」


 どうせ遅刻ならと開き直る。

 焦ったところで仕方なし、式典中に途中参加する方が目立って迷惑になる。

 そもそも注目されるのは嫌だ、影のように学園生活を送るんだ。

 その点で言えば、こんな初日から遅刻なんてドジ踏み、大失態と言うほかならない。

 これは任務、もっと気を引き締めなければ。


「あ、遅刻の言い訳どうしよう————」



 











 

 正直に寝坊しました、そう弁解すると心に決めてから数十分。

 俺は学園へと続く大通りを歩いていた。

 髪はもともとクセが付きにくい毛質、櫛で軽く流せば大丈夫だ。

 制服のサイズもバッチリ、因みに採寸をした結果、身長は170ピッタリだった。

 

(もっと身長欲しいな……)


 そもそも身体の線が細い、いくら食べても全然太れないのだ。

 理想としては(ローラン)さん、あの人くらい巨体のマッチョになりたい。

 そうすれば女と間違われることもなくなるはず。

 ただ自分の戦闘スタイルからして筋肉のつけすぎは邪魔になる。

 やはりこの細い体躯がベストなのだ。


(だとしても身長は欲しい、アウラさんとやっと同じくらいだし)


 同世代ならまだしも、いかせん周りの女性陣のプロポーションが良すぎる。

 容姿にそれほど注目はしない方だが、やはり男として悔しいという気持ちもあるのだ。

 年齢差もあるが、何時までも可愛がられてばかりというのも————


「あれれー?」

「え」

 

 別に物思いにふけり過ぎていたというわけではない。

 突然声を掛けられる、それは向こうから言葉を発してきた。

 声の主は自分と同じ白制服に身を包んだ男、小路から出てきてばったりと。

 疑問形をぶつけられるが、知り合いでもなんでもない。


(……魔法学園の制服、だけどこの時間に生徒が学外にいるって珍しいな)


 周りを行きかうのは商人や冒険者ばかり。

 少年少女は学び舎でお勉強なり式典中だ。


「もしかしてお前も遅刻か?」

「あ、ああ」

「寝坊だったり?」

「まあ……」

「おお! 俺もだよ! 良かったぁ同士が居たぜ!」


 事情を知ってテンションを上げる男。

 どうやら俺と同じで、初日から遅刻をした不届き者らしい。

 名門中の名門、真面目な人ばかりが多いと思っていたが、こういう人もいる。

 お互いの事情を話つつ、自然の流れ、会話しながら共に学園へと向かうことに。


「あ、俺はスミスだ。スミス・ケルビン」

「クレス・アリシアだ」

「おっけークレスって呼ぶぜ」

「じゃ、じゃあ俺もスミスで」

 

 同世代の男、やはり女の人と喋るよりは断然楽だ。

 1年以上前の話になるがこれでも冒険者をやっていた身。

 周りが荒くれ男ばかりで、同性とのコミュニケーションはそこそこ出来るはず。

 敬語も必要ないだろう、むしろ使っていた方が不自然だ。

 なにせ俺は今日から平凡な学生として潜入調査するのだから。

 

(まあスミスがフレンドリーっていうのもあるけど)


 会話の8割を向こうから振ってくれる。

 非常に助かる。

 スミスの身体的特徴は金の短髪に青い瞳、体躯は俺より10センチは大きく、意外とガッシリとした造りだ。

 性格は明るそうで、アウラさんに少し似ている。


「え! じゃあクレスもSクラスなのか!?」

「一応。むしろスミスがSだとは思わなかったよ」

「……どういう意味だよ?」 

「だって初日から遅刻してる問題児だし」

「そりゃお前も一緒だろうが!」


 少し調子に乗ってボケを振るが上手いこと返してくれる。

 俺はもしかしたら寝坊して良かったのかもしれない。

 だってスミスと出会うことが出来た。

 当初の問題としては友人作りが上がっていたわけで、流石に3年間友達ゼロじゃ周りに怪しまれるし、そもそも単純に悲しい。

 偶々(たまたま)ながらも付き合い易そうな人間と関係を持つことが、これは僥倖だ。


「にしても入学式、居ないのがバレなきゃ嬉しいんだけど……」

「そりゃ無理だぜクレス。なにせ最良たるSクラスは新入生の最前列に座る」

「じゃあそんな幸運は無いってこと、か……」

「どうせ死ぬわけじゃねえよ。まあ貴族たちに少し言われるかもしれないけどな」


 忘れてはいけない、ハーレンス王国は王族、そして貴族が統治している。

 学園には触れ合うことの無かった貴族がウジャウジャといるんだ。

 スミス曰く、自分は平民だそう。

 Sクラスに入れる平民はやはり少ないそうで、そういう意味でも俺は仲間だと言う。


「てかクレスは珍しい容姿してるよな」

「生まれがな、ヘルシン大陸なんだ。ホントに悪目立ちして仕方ない……」

「っな! 俺からしたら羨ましぞ!」

「羨ましい?」 

「だってそんだけ見た目よければ女の子にモテモテだろうが!」

「お、おう」

「他国民のお前は知らないだろう! 王立ハーレンス魔法学園にはこの国屈指の可愛い子たちが————」


 なんだかスミスは変なスイッチが入ったようで、ひたすらに可愛い女の子について語っている。

 そんなに俺の見た目は良いか? 青っぽい銀が珍しいだけじゃないか?

 中々見ない特徴だから誤しているだけ、そのうち慣れてどうってことないように思えるさ。


(だけど、友人に地元民がいるのはやっぱり便利だな)


 書類や文献だけでは分からない、此処に住まう者独自の感性と情報を仕入れられる。

 貴族については特に。

 今回俺に求められるのは戦いじゃない、上手く立ち回って少しでも多くの情報を手に入れることだ。

 

(それに俺のこともスミスは知らないっぽいし……)


 実技試験をそれなりに派手にやった、もしかしたら噂されてしまうかと不安にもなった。

 だが俺の名前も姿も初めて見た、初めましてで間違いないと。

 やはり俺以外にも試験官を倒した受験者はそこそこいるという事だろう。

 気にするな、誰も俺のことなんか注目しないはずだ。


「それでよ、特に可愛い女子が……」

「はいはい。もう女の子情報はいいから」

「枯れてんなあ。せっかくめちゃ可愛い勇者も————」

「勇者!?」

「あ、ああ」

「詳しく教えてくれ」

「なんだよクレス、やっぱ興味あるんじゃねえか。まあいいさ実はな————」


 無知な現状、とりあえず勇者の情報ならなんでも欲しい。

 だってそのために遥々此処まで来たんだから。

 スミスが教えてくれるのは容姿のことばかりだが、まあそれでも今はいい。

 

(本当に知りたいのは内面や能力についてだけど————)


 勇者には女もいるだろうが仕方なし。

 顔が良い悪いなんてそっちのけ、俺は誰よりもその内を探りにいくつもりだ。

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