第109話「前哨」
高く澄みきった空に、心も晴れ晴れとするこの頃。
文化祭で『演劇』をすることが決まり、ヒロイン役を演じることが決まり、それからミスコンに出ることが決まり。
慌ただしく動いている内にあっという間に日は過ぎていった。
文化祭の準備のため、学園が1週間前から休校になることは覚えているだろうか?
いわゆる『文化祭準備期間』である。
現在は、学生にとっては黄金の7日間とも言えるその期間開始の〝前日〟であった。
つまり文化祭前最後の授業日程を全て終え、その放課後というわけである――
「クレス、お前面談にジイさんが来るんだろ?」
「……そうだけど、それが?」
放課後となり、いよいよ明日からの1週間となるわけで、もちろん教室にはクラスメイト全員が揃っている。
いや全員ではないか。
指揮官ともいえるワドウさんが、手続き?とやらでいないので、俺たちは駄弁って待機をしている。
「いや、単純にどんな人かなーって気になって」
「あ。スミスは男色だったもんな」
「そうそう――って、ンなわけあるか!」
「そういう時期もあっただろ?」
「き、記憶にないね……」
義祖父さんとの再会は、すぐにクラス中に伝わった。
むろんマイさんには、寸前まで黙っていることを約束してもらったので、彼女が伝達したわけではない。
これはとてもシンプルな話で、俺たちと同様に買い出しに出ていた班のメンバーがいた。
彼らが『孫よ! 孫よ!』と大きく声を上げている場面――エルメスさんと俺のやり取りを見てしまったから。
(どうせ三者面談で先生には伝えなくちゃあいけなかったし――)
開き直って、保護者であると簡単にはスミスたちに伝えた。
謎というと、人間は逆に興味を引かれるものだ。
必要以上に詮索をされるのならば、最初から自分で範囲を限定した上で事情を話してしまうのが得策と言えるのではないだろうか?
「第一スミスが興味あるのって、美人が美少女だけだろ?」
「そのいかにも女好きと確定しているような言い方……オレはもっと節操あるぞ」
「どの口が言うのやら……」
「この口が言うのさ。でもクレスの保護者だ、そりゃあ気になるってもんでぜ」
勝手にウンウンと唸るスミス。
加えて斜め後ろに席があるマイさんに問いかける。
「そのクレスの保護者、どんな人だったんですが?」
「クレス君の保護者? あぁ、あのおじいさんね」
もう知れ渡っていること、マイさんに科した箝口令も既に取り下げられている。
「すごく気品があるというか、余裕のある人だったかな。それでいて愛嬌もあって」
「ほうほう」
「あと会ったばかりのわたしでも分かるくらい、クレス君が大好きって感じが伝わってきたね」
まぁ、マイさんの言っていることでだいたい正解している。
個人的には、エルメスさんにはもう少し俺に向ける熱意を抑えて欲しいけど。
アウラさんとは違った熱さがあって……。
端的に言うと結構面倒くさいんです。
それを言うとまた『反抗期かネ……』って落ち込むし。
「気品で余裕で愛嬌で孫大好き、これはクレスお小遣いもらいたい放題だな!」
「話を聞いた感想がそれなのか……」
お小遣いなんてせびったことがない。
せびったらきっと、部屋の全てが黄金で埋め尽くされてしまうことだろう。
黄金はあるのに、それのせいで暮らせないとは笑えない話だ。
「――皆お待たせー」
と、ここでワドウさんが登場だ。
一件を無事に終えたらしい。
文化祭委員というのも大変な仕事だと思う。
トップの帰還に、みな雑談をやめ、壇上にいる彼女に視線を向ける。
「さてと、明日から本格的な準備になるわけど――」
ワドウさんは改めて細々な説明をした。
1週間のスケジュール。
集合時間、解散時間。
持ち物やら分担やら。
わざわざ文に起こすのもあれな、本当に細々とした説明である。
ただそういうところを念密に設定するのも、ワドウさんの真面目さの一端なのだろう。
「――と、いう流れで行くつもりです。なにか質問あるひとー」
特には無い。
ワドウさんも、疑問があれば随時聞いてくれと付け足した。
「舞台やら小道具の準備は順調も順調。演技練習もみんな上手いもんだし」
台本ができあがってからボチボチ演技の練習は始まっていた。
無論もともと意識の高いクラスでもあるので、演者としてのクオリティーも着々と上がっていると言えるだろう。
「裏方もそうだけれど、役を持った人たちは特に怪我とか病気に気をつけてね。特に主役の――アリシア君は」
言われずとも。
いくら皆がやる気があるとはいえ、今更ヒロインを交代するのは無理があるだろう。
マイさんならば器用さも相まって可能かも知れないが、彼女はあいにく他の役が割り当てられている。
「おいおい。同じく主役である、このスミス・アルビンの心配はしなくていいのかい?」
「アルビン君の換えなら沢山いるし、気にしなくていいけど」
「――――」
「冗談冗談。怪我や病気に気をつけてね」
ふざけたスミスに、ワドウさんのヘヴィーブロー。
効果抜群だ。
そんなこんな、諸々の確認等を終えて今日はお開きということになる。
「それじゃあ明日から頑張りましょう!」
と、ワドウさんが締めの言葉を言って解散――になるはずだった。
明日からの連日徹夜が予想される、準備期間に向け早めの帰宅となるはずだったんだ。
彼が来るまでは――
「「「「「――――!」」」」」
ガラリと音を立て、前の扉が開けられる。
そこにはマイさんたちと同様に黒髪を持った1人の勇者がいた。
纏った制服にはシワの1つもなく、肌にも傷の痕は見受けられない。
いつもの、いつも通りの、不敵な男がそこにいた――
「なんだそんなにジロジロ見て」
「け、剣崎君……」
「久しぶりだ和道。ようやく帰って来れた」
「あ、うん」
ユウト・ケンザキ、突然の復活である。
しかし同胞が帰ってきたというのに、ワドウさんの態度はどこかたどたどしい。
さっきまでの燦々とした表情が、困惑というか、やってしまった!みたな顔になっている。
彼女らしからぬ、なにかのミスに気づいたのだろうか?
「ところで――もうすぐ文化祭だとか」
どうやらケンザキも行事のことは知っていたらしい。
準備期間に入る前に丁度よく復活したのも、やはり意図をしてなのだろう。
俺には未だまったく目を合わせないが、相変わらず自信満々といった様子だ。
「クラスとしては演劇をやると聞いた」
「そ、そうだね、うん、その通りなんだけど……」
「それで?」
「ん、うん?」
ケンザキの主語も述語もない短い質問に、ワドウさんもぎこちなく首を傾げる。
まるで言いたいことは分かるが、あえて気づかないふりをしている……みたいな。
ワドウさんらしくないな……。
クラスのみんなも、不審がっている。
一体彼女はなにを恐れているというのか。
だが彼女のこの様子の理由は、後に続いたケンザキの言葉ですぐに理解することになる。
「――それでだ、俺の役はなんなんだ?」
ケンザキはまるで自分が主役と信じて疑わないような。
やはり自信満々の笑みを浮かべてそう尋ねたのだった――
どうも、東雲です。
9番目3巻の特典SSについて。
今回は2種類ですね。
ゲーマーズ:『マキナの布教活動日誌』
電子書籍:『3巻ショート後日談』
活動報告にもまとめておきました。
よろしくお願いします。





