第106話「忍影」
あとがきに【告知】があります。
前回で、演劇には様々な『役割』が必要だと解説した。
具体的な役職名というのか、裏方がこれだけいるんだよ――と。
当日まで残り1ヶ月もない。
前の週がまるまる全休になるとはいえ、作業は放課後すべてを使って行うことに決まった。
むろん用事やら他活動がある場合、各自ほどよく抜けるという流れに。
主役……もとい、何故かヒロインに決まった自分であるが、すぐに演技の練習に入ることはなかった。
理由は至極単純で、『台本』がないからである。
ワドウさんは『ロミジュリ』とやらを比較的丁寧に、分かりやすく説明してくれたが、あくまでそれは〝口頭で〟である。
彼女曰く序章から随時執筆、1週間以内には形になるそうだ。
――で、冒頭の語りが長くなったが。
ようは現状、俺を含めた役者に稽古、やることはないわけだ。
ただ練習できないならできないで、帰るわけにもいかない。
よって俺と――同じく役者であるマイさんは、作業に使う道具を街に買いに来ていた。
「…………」「…………」
まぁ、つまるところ買い出しというわけ。
無論、俺たち以外にも、それぞれ注文をつけられ数人組で買い出しに出向いている。
(……しかし会話がない)
いつもだったら、友達よろしくどちらか(割合的にはマイさんからの方が多い)が話を振ってくれる。
ただこの場には静寂――といっても街なので雑多音はあるけども。
話しかけるタイミングを失ったみたいな、なんとなく気まずい空気があった。
こうなった原因として、1つ心当たりはある。
それは教室でワドウさんが買い出しをお願いし、人を割り振っていた時のこと――
『――次はテープかな。購買にあるようなのじゃなくて作業用のやつ。本数も相当欲しいんだよね』
『あ、凜花、じゃあそれわたし行こうか?』
『ありがと舞。ただ数もいるし付き添いがひつ――』
『はい!』
『お、おぉう。珍しいねアリシア君。しかも挙手とんでもなくはや――』
『はい!!』
『いや一度言えば十分だから。テープを買いたい熱意はすごく伝わったから。あ、もしかして、熱意の方向はテープじゃなくて実は舞と――』
『はい! はい! はい!』
『あーはい、分かった分かった。なにも言いません。行ってきてください』
――というやり取りがあった。
はい!はい!とやる気を持って挙手していたのが俺だ。
珍しい? まるで普段はやる気がないみたいじゃないか。
「(……あの時、あまりに熱心だったから、マイさんはもしかしたら気後れしてしまっているのかも?)」
『んなわけないでしょ。ドン引きしてるだけでしょ』
「(……エル。ドン引きはないだろ)」
『まぁドン引きまではなくても、勇者からしたら、なんでわたしが行くと決まった途端急にヤル気になったのか?ぐらいは思ってるんじゃないかしら」
結局のところ気後れというより、気がかりなわけだな。
「……あのクレス君、どうしてさっきあんな必死に」
エルの懸念は当たっていたらしい。
無言の旅路で、ついにマイさんが口を開く。
といっても内容は質問であったが。
「言葉で言い表すのは難しいんだけど、そうだな、そうしなければならない理由があった――からかな?」
「買い出し行くだけなのに随分と壮大な理由だね……」
「この買い出しが危険を伴っている可能性があるとは否定できないだろう? 気を抜いて隙を見せれば、もしかしたら通り魔に殺されるかも」
「殺される!? わたしたちはテープを買いに行くだけだよね!?」
「…………」
「無言が一番怖いよ!」
マイさんは、コミカルに、お手本のような返しをしてくれる。
――が、実際に俺が口にしたことは、ありえる話なんだ。
偶然とかでなく、人為的に、故意に、通り魔が送られてくる可能性――
(それがなきゃ、俺だってわざわざあんな露骨に挙手しない。そもそもキャラじゃないだろ)
仕事の一環なのだ。
前々回?いや前々々回だったか、帰路につくマイさんたちを屋根上から見守っていた回があったろう?
今の俺は、場所やタイミングを問わず、できるだけマイさんに張り付いていろと命じられているのである。
「……とほほ、クレス君の思考は本当に読めないね」
「とほほと嘆かれるほど、俺は変わった人間じゃないと思うけど」
「もはや、とほほどころか途方に暮れる自己認識の甘さだね。わたしじゃクレス君の目を覚ましてあげることはできないみたい」
「そんなに俺は重傷なの!?」
立場逆転、だがようやく普段みたいな会話ができてきた。
これが通常運転というものだが、第三者からしてみれば〝変〟なのかもしれない。
「重傷と言えば、もうすぐ剣崎君が退院するって聞いたよ」
「ケンザキねぇ……」
「まぁ、クレス君と剣崎君はそこまで仲が良くないか。水と油ならぬ、氷と炎かな」
「アイツの場合は炎ではなくて光と言うべきでは?」
「あーそっちの方がシックリくるかも」
他愛ない。内容にも剣崎にも愛がない会話である。
「――ゴホン。その、少し話が変わるんだけどさ」
マイさんは咳払いをした後、会話を一転させる。
表情を見るに、世間話の類いではないと思われる。
「文化祭さ……もう誰と回るとか、決めた?」
なるほど。
確かに、以前ストー……間違えた、追跡をしている最中。
ワドウさんと、誘う云々の話をしていたな。
(俺だって今回は、マイさんに自分から誘ってみようかな――と考えていたけれど)
仕事としてな。彼女には張り付いていなければいけない。
……ただ、気配を消して後をつけるのが一番有効な気もするんだよな。
一緒に回るということは常に彼女の隣、敵に四六時中、姿を晒すことになるわけだし。
そんなこんなで、一旦保留と決めていたのだが、マイさんに先手を打たれてしまった。
「まだ誰も。俺もマイさんと回れるなら嬉しんだけ――」
「マジですか!?」
「……な、なんかキャラが違っているような」
立ち止まって、食い入るように前傾姿勢を決める。
近い近い。
「いや、お誘いにも全然乗るし、楽しくなりそうで良いんだけどさ……」
「?」
「ちょっと今回の文化祭は、気がかりな事が多くて」
「気がかり……?」
なにか事情があると察したらしい。
「もしかして――」
だが俺が何か言う前に、マイさんはポツリと口を開く。
まさか彼女自身、既にもう違和感を感じる事件でもあったのかと勘ぐったが――
「三者面談のこと?」
「え」
「クレス君、成績は優秀だし、優しいし、ようは凄く良くて良い人だけど、結構問題起こすから、これまでの事を保護者に報告されると恐れて――」
「そんなわけあるか! っとゴメン。マイさんが俺という人物に大きな勘違いをしていたので、声を荒げてしまった」
心外だ。
自分で言うのもあれだが、少しできすぎな、真面目な優等生で通っているはずだ。
はずだ。
「……じゃなくてだ、まずは……ほら、ミスコンがあるでしょ? あれに出なくちゃいけない」
「あ。準備もだけど、当日もスケジュールが変則的になるってことか」
「そうだね。それから――」
これは当初、言うべきか悩んでいた。
しかし悩み抜いた末、どうせ隠し通すことは不可能だと思い――
「姉、が来るかもしれない」
正確には〝姉的な人物が〟である。
もちろん、このニュアンスを含めてざっくりと話した。
「血は繋がってないけど、お姉さん的なお姉さんが来るわけかー」
「……そんな感じかな」
「そっか、ご家族の方が……。滅多に会えないもんね、だとしたらお姉さんたちと文化祭は一緒にいた方が――」
「いやいやいや! 少なくとも文化祭において、1秒だってあの人たちと一緒にいたくはない!」
「えぇ……」
唖然とするマイさん。
だが当然の話なのだ。
災厄の女性陣はおっかなおっかない、学園内で会うのは色々マズイだろう。
(――ただどうせあの2人は、俺を探そうとするだろうし。後で皆にゴチャゴチャ突っ込まれるよりも、先に言い訳しておいた方が楽だ)
それに来る〝かも〟と言った。
かもだかも。
可能性の話にとどめているので、なにか問題が起こればそれに合うように話を改ざんすることができる。
「だが厄介な人たちで。文化祭で追いかけまわされ、最悪殺されるかもしれない」
「……そ、それ本当にお姉さんなの?」
「本当にお姉さん――いや、恩人だよ」
マイさんに誘われて、すぐにでも了承をしたい。
しかし当日の俺が一体どんな目に遭い、どんなことをしているのか。
当事者ではあるが、まったく予想が付いていないのである。
「……というわけで、今すぐに返答はできない。ただなるべくスケジュールは空けられるようにしておくから」
「分かった。でもあんまり無理はしなくていいよ?」
少なくともマイさん以外、他者の誘いを受けるつもりはないと断っておいた。
彼女は笑って了承をしてくれる。
「じゃあお姉さんたちの到着日によっては、まぁ当日でもいいのかな、三者面談はできそうだね」
「え」
「だって血は繋がってないとはいえ、親ではないとはいえ、本当の家族ではないとはいえ――クレス君の保護者なんでしょう?」
次回更新は11/24(土)14時。
同刻より、小説家になろうにて、
東雲立風【新作】――開始。