第102.5話「黄金」
ハーレンス王国領内。
王都に向け1台の馬車が平原を走っていた。
馬車と言うだけでは説明不足か。
それは現代で言うところの〝バス〟である。
最大8人座ることができる車両で、相乗りの数が多ければ多いほど支払う金額も少なくなる。
地方から地方、地方から都市を繋ぐ重要な交通機関である。
何十とある便の中、今日もこうして1台の馬車が客を乗せて王都に向かっている。
「――のどかな国だ」
ただ不運なことに、今この8人用馬車に乗車しているのは老人ただ1人。
いや老人と呼ぶには、若々しい雰囲気もあるし、白い髪も白い髭もよく整えられている。
纏った貴族調の服も、完全に着こなしている。
どこか偉い貴族の者と見られるのは道理とさえ。
ならば老人というかは――〝老紳士〟と呼ぶ方がシックリくる。
「しかしお客さんツイてないですねー」
馬を操る御者が、後部にいる老紳士に苦笑しながら。
「いつもは5~6人入るんですがね。お客さんが1人ってのは初めてです」
1人しかいない以上、代金を誰かと分割することはできない。
大きく言ってしまえば8人分をたった1人で支払わなくてはいけないのだ。
「――心配は無用ですよ。承知した上で乗車しているのですから」
対して老紳士はなにを気にするべくもなく、落ち着いた声音で余裕を持って応える。
「もしかしてお客さんどっかの貴族さんかい?」
「――いいえ」
「にしてはなんつーか、こう、気品ってやつを感じるぜ。お財布の余裕さも感じるかな」
「――ふふふ、そうですか」
老紳士は片眼鏡の奥を優しそうに細めた。
なるほど。確かに〝品性〟に溢れている。
田舎者でも分かるほどに、溢れ溢れている。
「王都にはなにをしに?」
「――孫、に会いに行くのです」
「ほーう、お孫さんが」
「――なんと言ったか、名前は忘れましたが学園に通っているのです」
「じゃあお孫さんはいま一人暮らしってことですかね?」
「――ええ」
もう久しく会っていませんと老紳士は言った。
そして楽しみだとも。
「――ちょっとしたサプライズですから」
「サプライズ?」
「――王都に行くとは伝えていないのでね」
愉快愉快と笑う。
――その時だった。
馬車がスピードを緩め、なぜかゆっくりと停車したのだ。
「……だとしたら本当に不運だなアンタ」
御者の声は先ほどと一転、冷ややかなものに変わる。
しかし老紳士は停車の意味も、その言葉の意味を尋ねることもしなかった。
それよりも先に、車両の扉が外から乱雑に開けられた。
「聞いてた通り、随分と身なりの良いじいさんだな」
開けたのは大柄な男だった。手には剣を持っている。
それは冒険者という身なりや言動でなく――
「まずはゆっくりと外に出な。変な動きを見せた時点で殺す」
老紳士は言われるままに外に出た。
そして盗賊4人と――グルであった御者を含めた5人に囲まれる。
「俺たちはこういう稼ぎ方をしているんだ。悪いと思わないでくれよ」
御者は『自分の不運を呪ってくれ』と告げた。
そこからは最初に外に出るように命じた男が、会話を引き継ぐ。
「いちいち説明しなくてもいいだろうが、身ぐるみ剥がさせてもらうぜ。持っているモノ全部だしな」
盗賊に完全に囲まれた状況、これまで被害に遭った者たちはみなすぐに従った。
泣きながら、命乞いをしながら、従った者もいる。
しかし老紳士は外には出たものの、そう命令されても微動だにしなかった。
その代わりに……
「――王都までの代金、倍を支払ってもダメかね?」
値段交渉をしたのだ。
もともと1人で8人分払うところを、倍の16人分払うと言ったのである。
「ほう。そんなに金があんのか。有り金せしめた後は人質として拘束するとしよう」
交渉は失敗、逆に退路を狭めた。
大柄な男は、老紳士をやはりどこかの貴族と考えたらしい。
だとしたら1人でこんな相乗りの馬車に乗るのは可笑しいと考えるところ。
ただ――金に目が眩んだ。
そんなことはどうでもいい。
多額の身代金も要求して、更に懐を肥やすことで頭が一杯だった。
「――ふっふっふ。たいていの人間は金には勝てないからネ」
しかし老紳士は笑った。
纏った品性の塊という雰囲気が――変わる。
その笑いは、邪悪を孕んだものに。
「あぁん?」
「――偽善者や金を持つ者は、この世は金が全てでないと言う。けれど、この世のほとんどは金でどうにでもなると思わないかい?」
「だからなにを……」
「――君たちは、金……いや、黄金が好きかな?」
問う。問うて問う。
「そりゃ好きだぜ。黄金が嫌いなんて野郎はいない」
「――そうだろうそうだろう。では君たちに使い切れぬほどの黄金を差し上げると言ったら?」
「ほう! 金で自分の命を守ろうってか、賢明だぜじいさん!」
「――ふっふっふ、喜んで貰えて僕も嬉しいよ。じゃあ受け取ってくれたまえ」
「は? 此処にはねぇんだろ?」
「――いいや、そこにあるよ」
カチン――と音がした。
それは金属がぶつかるような。
シャキン――と音がした。
それは金属が擦れるような。
「な、なん……俺の身体……が……」
「――黄金はそこにあるんだよ。君の身体さ」
男の内蔵が金色の金属体となって、皮膚を突き破って外に飛び出す。
時間にして1秒も経過していない。
しかしこの間に、大柄の男は、純度100%の黄金へと変貌していた。
いいや――この老紳士によって、作り替えられたと言うべきか。
肉も、骨も、髪も、全ての物質を『黄金』へ変られてしまったのだ。
「お、お前なにをした!?」
「――なにを? お望み通り黄金を与えたのさ。嬉しいだろう?」
「ふ、ふざけ……あ……」
「――君たちにもプレゼントだ」
御者以外の4人は全員『黄金』となった。
というよりか周囲一帯が、金色に染まっている。
草木も大地も、まるで金色の雨が降られたように。
「――あぁ、なんて美しいんだ」
黄金の世界――変わり果てた周囲を見て、老紳士は光悦にひたる。
「あ、アンタ……」
「――騙されていたとはいえ、ここまで連れてきてくれたことには感謝しているよ」
「ま、待て! 待ってくれ!」
「――分かっているとも。君も早く黄金が欲しいのだろう? 焦らなくてもあげるサ」
「違が……」
「――君たちは〝幸運〟だったね」
「ようこそ黄金の世界へ」
もう、そこに老紳士以外の人間はいなかった。
あらゆる生命が等しく黄金へと成り果てたのである。
「――成り果てた? 成り上がったと言いたまえ」
この惨状を見て、誰もが抱く感想を否定する。
老紳士は善行をし終えた後のように、清々しい表情をしていた。
「――しかしまずは」
いかに黄金が美しく素晴らしいモノとはいえ、今回の事情を考えるに目立つのは避けたいと考える。
まずは新たに作ったこの黄金を収集しなくては――
「――収集」
老紳士がマントをひるがえす。
すると辺りにあった黄金は全て、彼の身体へ吸い込まれていく。
まるでブラックホールだ。
金色へ変色した地面さえ飲み込まれ、えぐられた後が深々と残った。
「――純金は1ミリからだって価値があるからね。塵ひとつ残さんよ」
老紳士は唯一生かしていた、馬の方へ向かっていく。
ここからは自分で御者を務めなくてはいけない。
自律人形を創って操作させるという手もあるが――流石に黄金色では目立つだろう。
「――現地の者のように、のんびりと行きたかったのだがねぇ」
車両は黄金に変え、身体に仕舞う。
そして馬の綱を握る。
足りない乗馬道具は黄金で作り出した。
「――まぁ、可愛い孫のことを思えば苦労の1つや2つは甘んじて受けるとしよう」
「ふっふっふ。会うのが楽しみだ」
どうも、東雲です。
今日で11月も折り返しですね。
そろそろ本格的に厚着をしなくては……
それと、来週末と再来週末には〝告知〟やら〝報告〟をする予定です。
皆さんに楽しんでもらえたり、喜んでもらえたらなと願うばかり。
次回は11/17(土)の更新です。
イラストもお楽しみに!





