第88話「防衛2」
「…………まったく」
やれやれとため息をつくクレス。
億劫な表情を浮かべながら、腰を折り右手の指先を大地に着ける。
「――氷結世界」
すぅっとその爪先に集まる銀色の魔力。
それは中心点として氷の波紋を生み出し、大地の侵食を始める。
カチカチと凍り付く辺り一帯、夏のお陰か大きく成長を遂げた草花もまた氷華と化す。
「ein ein ein ein」
「四度の呪い一身の楔、転輪を許さぬ冷たき鎖」
「――Einfrieren」
指先を大地から離すことなく、視線を大地から移すことなく、三度の呪文を唱える。
「……ふぅ、とりあえずの仕事はこれで終わりかな」
よいしょと立ち上がるクレス。
疲れた疲れたと肩を回し、一応とグルリその視界を回す。
そこには――
「よく凍ってる」
大地、草花、そしてコチラに迫ってきていた魔獣。
それらが全て――いや、この空間一体が凍り付いていた。
漂う冷気は夏風を一掃、照りつける太陽が氷に反射し眩しさを増す。
「風は冷たくても反射がキツいな……」
天気が良すぎるのも考え物である。
眩しさに瞼を閉じ、薄く開いた瞳で仕事完了を確認した。
「これでセンの時間稼ぎはできただろ」
帝都に迫る巨大スライムを打倒すべく赴いた2人。
『剣聖』たるセンがそのスライムを倒す役目。
残るクレスは彼女が必殺技? 大技? 秘技? を発動するまでの雑魚処理を役目としていた。
ただし戦闘をするどころか問答無用で凍結を開始――逃れられたモノはないだろう。
(こんなところをセンに見られたら『じゃあクレスが代わりにあのでっかいの倒して』とか言ってきそうだ)
しかし肝心のセンはクレスと別れ――高台へ。
この辺一体で最も高い地形の場所へと赴いた。
まぁそうはいってもここは平野。
なので山というわけではなく、あくまで丘の延長にあるような場所だ。
ただ――
「だいぶ光が強くなってきた……」
なにも眩しかったのは太陽のせいだけではない。
光の原因――それはセンにもあった。
「魔獣を引きつけつつだったから結構距離を取ったつもりだったけど、あんな光の柱?みたいなの出されたら一発で居場所が分かっちゃうな」
対人戦じゃ使えなさそうだ――というのが正直な感想。
ただし、この離れた位置からでも力の放出を目視で確認できるあたり、放たれる一撃の威力は相当なものだろう。
『……天使』
「ん、どうしたエル?」
今回の仕事、長く興味を示していなかった氷女神がボソリと呟く。
もちろんその声はクレスにしか聞こえない。
『あのちびっ子、なかなか面白いことしようとしてる』
「センが? ただドッカーンで魔力を放つ力技だろ?」
『そう私も思っていたのだけれど、どうやらそう素直な仕組みじゃなさそう。……面白いことをしようとしているってさっき言ったけど、どうやら面白いことになってしまっているみたいだし』
「?」
『クレスは気にしなくてもいいことよ。アレはこちら側の代物だから』
口では面白いと言いつつも、エルの表情は至極真面目なのものだった。
どうやら思うところがあるらしい。
ただ彼女がそれだけ言って明かさないということは、クレスに聞くなと言っているようなものだった。
彼としても、別段気になっていることでもない。
『…………黄昏の時は、近いのかもね』
またボソリと呟くエル。
そしてやはりクレスは無言のままだった。
◆◇◆
天使――それは一般的には『神の使い』と解釈・認知されている。
格好としては、頭上に天輪と呼ばれる輪っか、数枚の白い翼、ガウンのようなゆったりとした衣を纏っているとされる。
手にはラッパといった楽器を始め、剣や盾、杯を持つとか。
男か女か、その性別はハッキリしていなく、両生体ではないかという説もあるほど――今なお、なかなかに不可思議で神秘的な存在であることは間違いない。
天使にも階級、カーストのようなものがあり、役割がそれぞれ違う。
ただし全員が『神の使い』であることは確かである。
まぁ堕天すればまた話が違ってくるのだが、一旦そのことは置いておくとしよう。
天使は神に命じられれば、時に再生と破壊をも代行する。
彼ら彼女らは人でなく、持ち得し力は格別。
やろうと思えば人間などたやすく滅ぼせる。
しかし様々な宗教はあれど、人間は神を崇拝する。
自分の力しか信じぬ魔族とはここが圧倒的に違うのだ。
崇拝は神を仰ぎ、そして恵みを請う。
恵みとは――天候、食料、病気、繁栄に作用するナニカである。
その中にはもちろん、敵を滅ぼすための『力』も含まれる。
ただ人は崇拝を『儀式』という図式に当てはめることを思いつく。
それに魔法と聖遺物を組み合わせれば、簡略的かつお粗末だはあるが『恵み』を疑似再現することも可能だという結論が出た。
1、2、3、4、5――
信徒たちは発展のため何度も魔法儀式を繰り返す。
6、7、8、9、10――
何度も何度も失敗を重ね、神の怒りを買うのではないかと密かに怯えながら。
それでもなにも罰は来ないものだから、止めることもなく、何度も何度も――
そしてついに儀式を1000回行った時だった。
信徒たちは〝座〟に手を掛けた。
擬似的な恵みの体現、人ならざるモノ、圧倒的〝力〟を秘めた偽りの神使いを人工的に生み出す。
そんな偽りの天使は――
「幾星霜の礎を経て今ここに。開帳――疑似天使降誕」
生み出せし大衆に応えんがため、魔を討つ聖剣を振るうのだった。
己が身体に再現される光輪と光翼。
そんな正義の天使を象った彼女の名は、セン。
正式名称、人体魔法儀式――製造個体No.1000
もう8月も終わり、段々と涼しく……なってないですね。
本当に秋は来るのかと疑ってます(笑
最近は特に学ぶことがある同時に、自分が未熟なんだなと思う場面も多々あります。というか多すぎます。
それは文章力や構築もそうですけど、一番はラノベに対する姿勢ですね。もっと深めたい。
生み出すのも続けるのも愛と根気がないと難しいです。
この帝国編はささっと終わらせて、これからはもう少しコンパクトかつ濃いめの話をするつもりです。
そろそろガワだけじゃなく本筋を進めないといけません。
当分は週1投稿が続きますが、よろしくお願いします。





