第86話「炎炎2」
「――っ、随分と飛ばされましたね」
帝都より投げ飛ばされ郊外――森に舞う。
時間にして3分の空中浮遊。
正体不明の女はようやく着地できたのだった。
「早く都へ戻らなくてはいけないのですが――」
帝都には勇者を奪うため共に来た仲間が1人、都合上彼の手伝いをしなくてはいけない。
だが――
(これは……)
視線を空の彼方へと向けた。
光の眩さに目を細める。
そこには輝く太陽――そして、
「燃 や し つ く せ――――ッ!」
迫る。
これは炎と呼ぶよりも流星群、はたまた隕石か。
女の頭上には固形化した紅蓮の雨が降り注ぐ。
「妖術でも忍術でもない。太陽を降らすとは、まこと奇っ怪な力をお使いになる……」
大気を焦がす降雨の中には銀髪の髪を揺らす戦士もいる。
「逃げるわけにはまいりませんね」
長刀――長干し竿を構え直す。
刃の反対、峰の部分を右肩に乗せる形。
「燕来る 時になりぬと 雁がねは 国偲ひつつ 雲隠り鳴り響く」
風に乗せ流れるように歌う。
万葉集十九巻、大伴家持の一句。
ソレは術となって女を包む。
魔術ではない、極東古来より受け継がれる退魔の技――いわゆる〝陰陽術〟である。
「全ての災いを払う――!」
退魔を宿した絶剣は〝炎の災厄〟と衝突した。
◆◇◆
「ふっふっふ、面白い技を使うなお前」
「其方こそ。大地をこうも破壊して――」
正体不明は降り注ぐ炎の雨を切り裂いた……と言っても必要最低限、自分の安全位置だけ確保した。
捌かれなかった残りは地面へと着弾、残火立ちこめるクレーターを無数に作った。
森だったはずの場所は数秒で荒野へと変わり果てたのである。
「全身に炎を纏う姿……まるで荒ぶる火之迦具土神のようですね」
「ひ、ひの? 誰だそれ?」
「わたくしの故郷にて祀られる神の一柱です」
「ほー。つまり私は褒められてるってことだな!?」
「まぁ…………敵ということを考えると業腹ではありますが」
高らかに笑うアウラ、相手は構えたままソレを静かに見つめる。
「そうかそうか。正体不明な女、お前も案外悪い奴じゃ――」
一閃。
ないのかも、その言葉が続くよりも速く――
(――燕返し!)
突然の不意打ち。
長い刀身が凄まじいスピードで振り抜かれた。
振る動作は彼女が幾年もの時間を掛け磨き上げたモノ。
ある1つの極地まで達したそれは音すら置き去りにして、アウラの首元に伸びる。
「おっと!」
が、アウラはその一閃を上半身だけ逸らして躱す。
初動作や軌道が見えていたわけではない。
それは第六感、シックスセンス――世に言う〝野生の勘〟である。
卓越した危機察知能力が、彼女の知覚や意思関係なく回避行動を取らせた。
「しからば二閃!」
振り切った刀をコンマ数秒で切り返す。
今度の狙いは急所ではない。
刃の行方は――
「んなっ!?」
不意打ちを避けたものの不安定な体勢。
そこに〝左腕〟を狙った斬撃が迫る。
アウラの勘は心臓が狙いだと告げていた、これは見事に裏切られた形で――
「あえてここは腕を頂く!」
「ッツ!」
計算された2発目の不意打ち。
アウラは――喰らう。
左腕……肩を切断され、その下から指先までを地に落とす。
「申し訳ありません。貴女とは長期戦になりそうだったもので」
振るった刀の動きを止め手元へと。
目の前には片腕となったアウラ。
「銀髪の、貴女はお強い。ひたすらにお強い。先の炎に加えその卓越した才と身体はもはや反則でしょう。きっとこれまでも常勝不敗だったとお見受けする」
だから――
「だからこそ〝傲り〟がある。自分の力、そして戦いへの狂気が油断を生む。わたくしも狂気はありますがまだ出していないのが幸いした。そしてわたくしと同等の速さと巡り会っていないことも。とりあえず、これで戦況は――」
「っくっくっくっくっくっくっく」
「?」
下を向き、黙りを決めていたアウラが笑い出す。
その声音はいつもの明るく快活なモノとは違う。
歓喜。圧倒的歓喜による不敵かつ大胆な――
「狙いは良かった」
「どういう……」
「だけど、狙う場所が悪い――」
グニャリ。
地面に転がっていたアウラの左腕がひとりでに燃え出す。
すると溶岩のように融解、ドロドロに溶けてしまった。
「これは……」
「私さ、かーなり前に太陽神に挑んだんだ。バカ強い奴で、そん時に色々なもんを失った」
「例えば――左腕とかな」
グニャリ。
今度はアウラの切り落とされた左肩、そこから溶岩が流れ出す。
真っ赤な液体はすぐに腕を形成、白い煙を上げながら凝固――斬られる前とまったく同じ、硝煙を多少上げているものの健在な左腕が〝再生〟していた。
「もともと隻腕なんだわ。悪いな」
「なんと……」
「だけど不自由はない。失ってから頑張って在る時と同じことをできるようにしたから。というかむしろ――」
「……!?
「得たもんの方が大きい!」
「……っ阿呆な」
魔力爆発。
アウラの身体は炎を纏っている――正体不明はそう表現した。
だが解放をした彼女の様相はそんな生ぬるいものではない。
豪炎の化身。太陽の権化。炎神の現し身。
アウラは神を屠り、そして〝権能〟を手に入れた。
森羅万象全てを焼き尽くす……
「――――神殺しの黒焔」
噴出するは黒い炎。
アウラの四肢が漆黒のベールに包まれる。
「なんと禍々しい姿……これが同じ人間だと言うのですか……」
いつもの愚直に生きる女はいない。
本性を開帳した、相手を殺しに行くだけとなった――本気の姿。
漆黒の炎を纏った彼女は、まるで悪魔のようだった。
「次は私のターンだ。覚悟はいいよな?」
「……ええ、ですがその前に」
「?」
疑問符を浮かべるアウラ、対し彼女はこう言う。
「わたくしは安土の時代、豊前に生まれた侍なり」
「……」
「名を、佐々木小次郎と申します」
「コジロー……」
「貴女のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「……」
アウラにも相手のいわんとする事が分かった。
しかし――
(クレスの奴に万が一迷惑が……っと)
佐々木は視線を逸らすことなく此方の目を見つめる。
その瞳孔にはメラメラと燃える静かな、されど熱き炎が宿っていた。
(これに応えないのはダメだな。ごめんなクレ……って、そうだ。名乗ったところで殺しゃ関係ない。というか殺す気しかねぇのにな私! なに陳腐なこと考えてるんだよ。そうだなよな! そうだったわ! あっはっはっは!)
トレードマークとも言える赤髪は銀髪のまま。
こればかりはⅦの特別製、どうたらアウラの炎にもギリギリ耐えているようだ。
そして拳を構えながらアウラも告げる。
「災厄の数字が5番目――私の名はアウラ、アウラ・サンスクリット! 超ヒートで超熱い超最強の女だ!」
威風堂々。
胸を張ってそう口にしたのだ。
「災厄ですか」
「ん、今笑ったな」
「ええ。これほどお似合いな呼び方はないなと」
「かっかっか。そりゃどうも」
「では……」
「ああ……」
「岩流免許皆伝、佐々木小次郎! 推して参ります――!」
「おうよ! かかってこいやぁぁぁぁぁ――!」
8月1日はいよいよ第2巻の発売日ですね。早い所は今日から並んでる?(何度も告知スイマセン
前書きに銀髪美少女のイラストを載せました。
この小説を読んでいるのは紳士・淑女ばかりだと思うので、彼女の正体が誰かはきっと分からないことでしょう()。
ただ、ボクとしては遂に形に出来た!という感じです。
夏休みに一応突入はしたので、なろうでの更新もそれなりにできるかなと。
次の更新は週末になると思います。
書籍と併せ楽しんで頂けたら幸いです。





