第7話「実入」
『実技Cグループの方は会場中央にお集まりください』
拡声の魔法具を通し流れるアナウンス。
ゾロゾロ続く人波にライドオン、これが待ち構えた最後の門。
(しっかし、まさかあの人が四大公爵のランドデルク家だとは……)
そして異常なまでに絡まれた。
難癖付けられるのも面倒、悪い印象を付けないよう細心の注意を払ったつもり。
だから多少愛想よくした節はある。
そしたら結果はどうだ。
(大貴族があんなフレンドリーなんて可笑しいぞ)
立場的にも個人的にも、最も関わりたくない部類だ。
しかし篩に掛ければ名前で呼ぶまでに発展。
この会場にだってギリギリまで付いてくる始末、そりゃ初めに頼んだのは俺なんだけども。
(クラリス・ランドデルクさん、ね……)
まあ良い人ではあった。
ただ大貴族で生徒会長で、なにより超絶の美人。
関われば周りからのやっかみがきそう。
入学後はなるべく接触しないよう心がけようと思う。
『ではこちらに整列してくださーい』
事務的伝達が意識を現実に呼び戻す。
クラリスさんについては一旦保留。
まずは最後、実技の試験に集中する。
(やっぱり人は多いな)
幾つもある会場、Cに当てられた俺がきた此処、自分を合わせ200人ほどの受験者がいる。
他のブロックも合わせれば受験者は合計で2500人ほどだろうか。
(それで選ばれるのはたった200人、しかも俺は最上のSクラスを目指さないといけないし……)
手抜き、は勿論する。
本気でやればこの都市を丸ごと凍結させることも可能だ。
ただ今回の目的はあくまで監視。
観衆を殺しに来た暴虐者ではないのだ。
『では、実技試験の内容を改めて説明する』
みな緊張の面持ちで整列待機。
見つめる先は台に乗り説明を始めた者へと。
第一印象は屈強な男、どことなく冒険者臭がする。
(この人が今回のお題ってわけね)
壇上で説明はするものの、既に内容は周知。
ずばり団体戦である。
団体といっても、壇上にいる男に対し、俺たちが10人のチームを作って挑むというもの。
あくまで実力重視、ここで活躍出来た者が合格へ、もといレベルの高いクラスに行けるというわけだ。
『模擬戦闘は俺アイザックが、それからシトリー先生とヒューズ先生だ』
冒険者風な男、もといアイザック先生がメインで採点。
その両隣には男と女の教師が1人ずつ、この2人が外から俺たちの戦いぶりを採点する。
「おいおいアイザック先生が相手だなんて……」
「無理だろこんなの」
「私何にも出来ないよぉ」
「Cブロックは大ハズレと」
ヒソヒソと聞こえる周りの会話。
始まる前から随分とビビっている様子だ。
そんなに強い教師なのだろうか?
(ぱっと見じゃ大したこと無さそうだけど……)
ただ皆がそこまで慄く相手、それなりに活躍しないとSクラスは難しいか。
考えていたより本腰を入れるべきだろう。
『10人のグループは受験番号順で決まっている。まず最初の————』
助かる、チームは番号で決まるらしい。
もし勝手に作れなんて言われたら絶対孤立していた。
なにせ今でさえ周りから距離取られるし。
なんで俺を避けるんですかね、女の人なんて特に、チラチラとした視線が幾つも、正直うざいぞ。
『————408番、409番、410番、ここまでの10人が一番手だ』
俺の番号は408、見事に初っ端で当たった。
出来ることなら、アイザックとやらの実力を見てから戦いたかったんだけど。
選ばれたものは溜息を、逃れた者には安堵を浮かべている。
『では呼ばれた者はここで待機、他の者は観覧席へと移動しろ』
この会場には360度で観客用の席が設けられている。
そして俺を含めた10人だけが残留する。
残り190人は大体の移動を終え此方を見守るのみだ。
「もう拡声機は要らんだろう。ルールはさっき言った通り、全力で来い」
「「「「っはい!」」」」」
こんな時だけ元気よく。
無駄にガチガチに緊張してる。
とりあえず俺も軽く返事、脳裏にはルールをループさせる。
魔法なら何をしても良し、目的はアイザックを倒すだけ。
単純明快、正解は既に見えている。
(とりあえず周囲の様子見つつ、適当なタイミングで仕掛けよう)
戦いは遊びじゃない。
意識を研ぎ澄ます、全身の神経に集中、血管に血を行きわたらせる。
はめた黒手袋の下には『Ⅸ』の数字、これを背負ったのは伊達じゃない。
「では、5カウントで始める」
俺たちの配置は円を描くようにアイザック先生を囲う。
自然とそうなった配置、集団が個人を仕留めるための最も適切な姿。
緊張した面持ちの他9人も構えるくらいは出来ている。
(作戦は考えさせてくれない、曰くその場で考えて動けと、まあまあ実戦に近い形だ)
刻々と進んでいくカウントの数字。
近づくにつれ、みんな一層前傾姿勢に、ジリジリと距離を詰めているようにも。
超微妙なフライング、ただそれも仕方なし。
(素人が多すぎる。どうせ突っ込むことしか考えてないんだろな)
「3、2、1————」
ただそれでも良い。
協力は求めない、ソロで十分、個々が性分、方法は百通り。
勝負はしっかり決める、高まる魔力、準備は整った。
「始め!」
遂に開始の合図が、そして同時、まるで鎖解き放たれた獣のように突進する周囲。
構図だけみれば後手の俺を除き1対9、此方がかなり有利な盤面だ。
「風は空に届き————」
「穿つ炎が————」
「水の精霊に捧ぐこの————」
(やっぱり予想通りの展開に、って詠唱おっそ!)
近中距離用の魔法を使うと思っていた。
ただここで今日何度目かの予想外、突っ込んでいる間の詠唱が皆遅すぎるのだ。
というか別に低階級の魔法で十分な場面、もしくは無属性で強化だけ行えばいい。
速攻なら速攻で、そんな仰々しい魔法使う必要はない。
「まだまだ————!」
教師からしてみれば恰好の得物。
案の定、魔力を纏わせた拳だけで少年少女を叩き潰していく。
円滑な魔力供給、素早い動作と判断、確かにこの教師は出来る部類には入る。
受験者たちが面白いようにバッタバッタと倒れていく。
「これで————!」
一気に減らされる人数、秒で半数以下に。
その光景に観客席の連中も唖然としてる。
そしてアイザック先生は止まらず、強化魔法でスピードも相当、振りかぶった拳をまた生徒に向ける。
(ただこれ以上好き勝手やられるのもな————)
「造形、氷壁」
「っ!?」
とある女の人まで伸びた、寸前まで迫った拳、見極めるここが好機。
正気を失い勝機を見出せない、そんな為すべない彼女の前に氷壁を生む。
それは造形、仮初の協力プレー、殴打を美しく止める。
歪むアイザックの表情、強度はそこそこで作ったつもり。
積もり積もった敗北感を一掃、ここから一方的に暴力を実行。
「————とりあえず、進撃はそこまでで」
更に造形の魔法を使い右手に創り出す一本の氷剣。
塵氷が舞う中で四肢には無属性、強化の魔法を付与する。
これでアイザック先生の注意は完全に此方へと。
さあ活躍の場面がやってきた。
「面白いな少年、氷魔法の使い手か」
「まあ得意ですね」
「だが俺を倒すには……」
(戦闘中にゴチャゴチャとうるさいおっさんだな。そういう奴は大抵————)
「大したことないって相場が決まってる」
背後に展開する氷魔法の陣、星のよう、数多がここに。
例えるなら砲台、1つ1つが強大、それが壮大に展開、発射口は敵へと向く。
低下していく室温、薄く白い霧が足元に漂う。
氷の牙城が此処に完成。
相対者に冷酷な現実を叩きつける。
「————氷槍砲、全発射」
陣の中心がキラリと一閃。
青銀の魔法陣から発射するは氷の槍群だ。
硬度はオリハルコンに匹敵、長さも太さも変幻自在。
刮目しろ、これが本物の魔法だ。
「っ! 雷化!」
数千の投槍が一斉に、鋭利な先端が大気を切り裂いて降り注ぐ。
流石にまずいと思ったか、血相を変えそれなりの魔法を発動した様子。
しかし雷魔法のバフ系、どうやら相性は俺に有利なよう。
まあ例え炎系の魔法使われたところで、アウラさん級でもない限り俺には関係ない。
身体に流す電流、一時的に一層身体能力を上げたらしい。
ただ氷槍をどこまで避けられるか、発射速度は雷速などとっくに置き去り、弾数も尽きることはない。
(でも流石、上手く避けるな)
やはり元冒険者か何か。
避けた槍は会場に突き刺さる、けたたましい音をたて崩壊していく建築物、観客席も砕いて氷混じりの瓦礫へと変える。
格の違う覚悟、十数年かけてここまでやってきた。
いわば現場の叩き上げ、染みついた血の歴史と殺気は群を抜く。
ただこれは試験、他の受験生たちには被害が出ないよう配慮はしている。
だからこそ計算しつくされた技で、テクニカルブロー、冷たき一迅の嵐が会場ごと吹き飛ばす。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
ただ手加減してるだけあり、なんとか近づいてくるアイザック先生。
しかし身体には幾つも傷痕が、それを耐えられるだけの根性はあるというわけ。
まあ遠距離系での強さはそれなりに見せた、今度は近接、剣技で語る番だ。
「無属性、発動」
四肢に重ねエンハンス、反するは魔法と物理。
強化は順応、教官倒すために相当の魔力を装備。
想像を具現化、蒼天を穿つ騒乱の狼煙、力が文字式となってこの身に羅列する。
「おらあぁぁぁぁぁぁぁ!」
「……雑だなあ」
力任せの拳、そんなの意味なし、俺はそこらの魔法使いとは違う。
体術、魔法、感覚、五感を研ぎ澄まさなければ先は見えない。
代わり映えしない攻撃、一気に迫るような殴打の乱打数、ただその全ては空振り。
避ける姿勢は下がりつつも、俺がいるのはもっと上の領域だ。
「はいっと」
「っぐ!」
間と間に放つクロスカウンター、瞬間で叩き込む。
振りかぶった剣が肉を大きく抉る。
飛び散る鮮血、返り血を前面に受ける。
ただ速度は落ちない、なかなかのガッツをお持ちの様だ。
傍から見れば刹那の戦い、電光石火、光の如く大地を縦横無尽に駆け巡っている。
「っ雷弾!」
アイザック先生も飛び回って殴るだけじゃない。
すかさず電撃が何発も飛び散る。
電流が残像を描き追撃を、
(大技を使うほどじゃないんだよな……)
普通の魔法で十分。
小賢しい豆鉄砲は剣で叩き落とす。
魔法だけじゃない、培ってきた剣技も直感もしっかり活きる。
そして追追撃とばかり、氷槍を放って確実にダメージを与える。
相対するアイザック先生の体力ゲージはレッドゾーン。
ベットするチップ、賭けも成り立たないくらいの一方展開を。
「408番! 貴様何者————!」
「田舎から来ました」
戦闘中に喋れるのが許されるのは圧倒的強者だけ。
あんたはそこまで到達していない。
全てが遅い、タイミングも隙だらけ、だから————
「反転」
(こんなトラップ魔法にも気づかないんだよ)
前傾姿勢のアイザック先生、その胴下には俺が張っておいた魔法陣が。
絶妙なタイミングで発動。
先生も気付いたようだが時すでに遅し。
「貫け」
地面から突如放たれる氷の長槍、それは見事にアイザック先生の身体を穿つ。
下から串刺し、その腹にどでかい穴をこじ開ける。
苦痛の叫び、地面に流れる真っ赤な血。
宙に浮いたまま痛みと逃げ腰がジタバタと身体を動かす、まるで何も出来ない生まれたばかりの赤子のように。
「っぐああああああああああああ!」
一層弾ける鮮血、一声にする苦痛、一斉に観客席からも悲鳴が。
そうして氷に赤が混ざる、されど冷徹に。
脳みその温度は氷点下、なにせ心臓は氷製、ポンプからは冷血が送られる。
先生の出血は激しいが急所は外している、このままではまだ攻撃をしてくる可能性が。
だから、逃がさない。
「氷円」
最初の壁と同じ材質、それをアイザック先生を中心に円状展開する。
手負いの者にほど油断は出来ない。
敵対者は牢獄に、氷の壁で阻んで現実と隔離させる。
真ん中だけ空洞、アイザックを孕んだ円柱の完成だ。
「これで終わり」
パチンと音をたて合わせる両の掌。
一瞬巨大な魔法陣を牢の下に、最後は円柱ごと凍らせる。
高まった魔力は炸裂、冷えた温度が肌を刺す。
これは芸術にまで昇華、凍結を謳歌、こんな魔法はどうか。
「————氷円牢獄」
ここに1つの彫像が完成する。
美しく透き通った氷、光を反射し強く煌めく。
その中には屈強な男が眠れる。
串刺し青天井、瞳孔は見開き、その表情はなんとも言い難い。
痛みやら恐怖やら、色々なものが伝わってくる。
(ここまで魔法の汎用性、それから武器戦闘も見せた、そして最後は————)
大丈夫、もちろん殺していない。
串刺しで氷漬け、ただ実際には呼吸が出来るように空間を空けてある。
それに密かに回復魔法も掛けている、傷も殆ど治してやったというわけ。
これで支援という形でも俺の有能さを証明できたはず。
(魔法、戦闘、回復、もう十分だろ)
時間を考えても相当早くケリはついた。
流石にSクラスに選ばれるはず。
ただこれまでは俺の独壇場、周りの活躍を奪ってしまった。
気配りや支援行動という面はダメかもしれない。
(それになんか、周囲からの視線が……)
既に担当だったアイザック先生は戦闘不能、絶賛氷漬けの状態。
傍からみれば死んでいるようにも、いや生きてるんだけどさ。
そしてどういうことか、試験終了の合図を待つが一向に掛からない。
というか一緒に組んでいたはずの受験生たちは逃げ出している。
すぐ近くにいる男も腰を抜かし、ガクガクと震えている。
(何をそんなに怯えているんだ?)
何とも言えない空気の悪さ。
もしかして俺が原因か?
確かに後半の方は少し真剣になった節もある。
会場も半壊してるし。
ただ先生の命に別状は、会場だって観客がいる方に被害は出ていない。
倒れていた受験者も既に回復魔法を掛けてある。
完璧だ、つけ入る隙はそう無いはず。
『————————————』
途端に鳴り響く、それはサイレン。
ただ試験終了にしては、やけにけたたましいというか。
『校内にて異常な魔力値を観測しました! 生徒、受験者は、教師の指示に従いグラウンドへと避難してください! 繰り返します校内にて————』
どうやら避難警告、魔族でも現れたかのよう。
おそらく魔族、それとも似たような化物が出たんだろう。
じゃなきゃこんな大袈裟な放送はしない。
気付けば観客席にいた何十という受験者は血相を変えて出口へと向かっている。
そんなに急ぐと転ぶぞ。
(俺も一応移動した方がいいのか? だけどアイザック先生をまず溶かさないと————)
このまま置いて行ったら人間性という点で減点されそう。
他人の命より自分の命が当たり前の世の中。
ただこういうバカな行動が此処じゃ誉められそうだし。
とりあえずその辺の魔族に遅れをとるつもりは一切ない。
それこそ魔王が出てこなければ話にもならないだろう。
「————そこを動くな!」
誰もいなくなりつつあったズタボロの会場。
そこに響くは野太い男の声だった。
「アイザックから離れて、ゆっくり両手を上げろ!」
振り返ればゲートに何十人もの、魔法使い?
胸には学園のエンブレム、つまりは此処の警備隊かなにかだろう。
しかし何故俺に剣なり槍を向ける?
表情もだいぶ強張っているようだし。
「えーっと……」
なんとなくで理解。
どうやら俺の勘違い、そしてこの人たちも勘違い。
サイレンの原因は魔族ではなく俺だと。
そして俺を魔族か何かだと思っているらしい。
(なんでこうなった……)
苦難の筆記を終え、まさかの貴族と出会い、そして最後の最後。
俺の受験は大きな嫌疑を掛けられたことによって幕を降ろした。





