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第9話 新聞

 ディーナは後ろ手で店の扉を閉めた。中ではヴィダルが店番をしている。


「じーちゃん、『ウェルスオリジナル』、また注文来たよ」

「そうか、在庫が足らんのう。栗の木を買い付けに行ってくるか。ついでに風の魔術師のところで裁断を頼んでくるわい」

「どうせなら多めに買い付けてきてよ。すぐハケるからさ」

「わかっとるわい」


 ヴィダルが立ち上がると同時に、ディーナは座った。店番役の交代だ。


「あ、じーちゃん、行く前にこれ読んでよ! ウェルスのことが載ってるって言ってたから、買ってきたんだ!」


 ディーナの手には新聞紙が携えられていた。ヴィダルはそれを手に取り、それらしい記事を走り読んだ。


「『ミハエル騎士団、敵襲を返り討ち』……ウェルスについて特筆してはおらんよ。名前も出とらんし、騎士でまとめられとる。また騙されたな、ディーナ」

「う、また……?」

「新聞はわしが目を通して買ってくるから、ディーナは買わんでええと言っとるじゃろうが」

「だって、早く見たくってさー。ねー、うちも新聞取ろうよ!」

「そうじゃの、そのうちの」

「ちぇっ」


 ヴィダルは新聞を置いて出ていってしまった。

 ディーナは新聞の切り抜きをしてあるファイルを取り出して開く。


「エルフのウェルス、ラーゼの名を賜る」


 ディーナは何年か前の新聞記事を読んだ。いや、まともに読めはしない。何度も何度もヴィダルに読んでもらい、すでに暗記してしまっているのだ。


「先の戦闘で大きな軍功を上げたエルフのウェルスが、中央官庁の評価を得てラーゼの名が供与される運びとなった。

 一介の弓使いであった彼が、傭兵団、兵士団を経てここまで来た喜びを本人に伺った。すると彼は言葉少なに『有難い話。今後もファレンテインに住む者のために尽くしたい』と語った。

 ウェルスはラーゼの名を享受することで、貴族に準ずる地位を手に入れたことになる。しかし彼はこの名誉に甘んじることなく、日々の鍛錬を欠かしていない。今後のウェルス・ラーゼの活躍が期待される」


 これは二年前の新聞だ。ウェルスは騎士団に入ってわずか半年でラーゼの名を手に入れ、それと同時に隊長に昇格している。

 そして次は、その三ヶ月後の新聞。


「名誉の勲章

 イオス・リントス、スティーグ・クラインベック、アクセル・ユーバシャール、リゼット・クルーゼの四名しか与えられていなかった勲章が、新たに二人も同時に授与された。その二人とはロレンツォ・カルミナーティとウェルス・ラーゼである。団長アーダルベルトは、『抗争が激化する中、このような優秀な人材が隊を統率するのは喜ばしいこと。これからも惑うことなく皆を率いていってほしい』と二人に叱咤激励をした。勲章を授与された隊長は、今後人々に敬われることになりそうだ」


 ディーナは、この新聞が一番好きだ。普段は似顔絵やその状況の挿絵が入っているだけだが、これだけは『しゃしん』と言うものが使われていて、ウェルスとロレンツォの顔が大きく写っている。会うことはできないが、これを見るだけで少し幸せな気分になれた。

 そしてまた、次の切り抜きを見る。先ほどの新聞に比べると、とても小さな記事。


「ウェルスオリジナル。

 ウェルスの扱う矢は、ファレンテインでは珍しい木製だ。鏃は鉄だが、これでは強度不足ではないかと心配になる。本人に直撃してみたところ、鉄を使うよりも揺らぎが少なく、シャフトも太いため安定感があり、強度も確保されているのだとか。

 木製は歪みから扱いづらいのではと指摘すると、ヴィダル弓具専門店ではそんな矢は販売しないとのこと。その店ではこの矢をウェルスオリジナルと名付けているそうだ。

 普段は無口であまり取材に応じてくれないウェルスであるが、この時ばかりは雄弁に語ってくれた。彼の弓矢に対する思いは熱い」


 ふふ、とディーナは笑った。

 この新聞が出た後から、少しずつ客が増えてきた。最初は『ウェルスオリジナル』を買い求める客が多かったが、今は他の商品もちょこちょこと売れている。

 しかし、ウェルス本人がウェルスオリジナルを買い求めにここへ来ることはなかった。いつも騎士団本署への配達を頼まれるだけだ。

 ファレンテイン人ではないディーナには制限があり、騎士団本署に入ることはできない。いつも門番に渡して帰ってくるだけなので、ウェルスに会えることはなかった。


 新聞の切り抜きを眺めていると、ぎいっと音がして、扉が開いた。


「いらっしゃい!」


 客が何人か雪崩れ込むように入ってくる。皆、仕事終わりのこの時間に寄ってくれるのだ。


「ウェルス様が使っているのと同じ矢を見せてほしいんだが」

「ああ、ウェルスオリジナルね。これだよ」


 その客はシャフトの歪みや矢羽根の着き方を確認し、左手の親指に乗せて狙いを見ている。プロだな、と一目で分かる仕草だ。


「あ、あれがウェルス様の使ってる矢だって! すみません、私たちにも見せて下さーい!」


 きゃっきゃと騒ぐ女の子二人組がそう言うので、ディーナは彼女らにも一本ずつ渡してあげた。


「きゃあ、ながーい!」

「ウェルス様って背が高いもんね!」

「私、これ一本買っちゃおうっ」

「あ、私もー!」


 こういう女性客も、増えた。矢を一本だけ買っても、何の役にも立たないのだが、ウェルスと同じ物を所有しているという気分を味わうのがいいのだろう。


「一本、四百八十ジェイアね」

「わ、やすーい!」

「はい、お金!」

「毎度ありー」


 きゃあきゃあと騒ぎながら出て行くのを見送ると、ウェルスオリジナルを見ていた客は息を吐いた。


「何がやすーい、だ。矢としてはめちゃくちゃ高いじゃねぇか。一本四百八十ジェイア、ワンセット五千八百六十ジェイア、戦闘では最低でも七セットはいるから、四万二千二十ジェイアはいるってことだろ。たっけー!」

「お客さん、計算早いね」

「何言ってんだよ、商売やってたら、これくらいお手のもんだろ?」

「できないよ。いつも料金表見ながらやってる」


 ディーナは店に張り出してある料金表を指差した。それは何を何セット買った場合、いくらになるかを細かく記してある。

 表向きはお客がわかりやすいようにだが、本当はヴィダルがディーナのために書いた物だ。

 仕入れによって値段が変動するので、その時々でヴィダルが書き直してくれる。


「ふーん……まぁいいや。このウェルスオリジナル、長過ぎっからもっと短いのはねぇか?」

「あるよ。お客さんの身長だと、これくらいかな……うん、丁度だね」

「試しにワンセット買ってみるか。五千八百六十ジェイアだったな。ほい、六千ジェイア」

「えーと、待っておくれよ。ろくせん引くごせんはっぴゃく……」

「百四十ジェイアだ」

「そっか、すまないね。お客に計算させちゃって」


 ディーナはお釣りを男に渡して微笑んだ。釣り銭と矢を手に取った男は、帰ろうとはせずにディーナを覗き込む。


「なんだい?」

「嬢ちゃん、名前は何てんだ?」

「ディーナだよ」


 ディーナ、と男は呟き、笑顔を見せてくる。


「俺はライズってんだ。また寄らせてもらうよ」

「ああ、ありがとう!」


 そのライズが出て行くと同時に、別の女性客が入ってきた。ウェルス様ウェルス様と言っているところを見ると、先ほその女性客と同じ目的だろう。

 ディーナは気付かれぬよう、そっと溜め息を吐いた。

 数年前まで彼女らは、ウェルスに心無い言葉を浴びせてなかっただろうか。それがウェルスが隊長になり、準貴族になった途端、手の平を返したようにウェルス様ときたもんだ。どうにも納得がいかなかった。


 店仕舞いをしていると、ヴィダルが帰ってきた。木が細かく裁断されているところを見ると、帰りがけに風の魔術師のところに寄ってきたのだろう。


「おかえり、じーちゃん! へぇ、綺麗に裁断してくれるもんだね」

「そうじゃな。初めて風の魔術師を利用したが、あっと言う間に仕上げてくれた。その分値は張ったが、作業効率はグンと上がりそうじゃから、値引きできるかもしれんのう。今度からは風の魔術師に裁断を頼むか」

「うん! 売れ行きも上がってるから、自分たちで裁断してたら間に合わないしね!」


 二人は店の奥に座り込み、細長い四角柱に裁断された栗の木を、円柱状に削り上げて行く。


「うん、いい木だ。ウェルス、きっと喜んでくれるねっ」

「そうじゃな。……一本当たり、三分か。計算するでの。やっててくれ」

「うん、分かった」


 ヴィダルは机に移動して、丸太の仕入れ値に裁断分の値を足し、裁断した数で割って一本当たりの仕入れ価格を算出する。それに削る分の手間賃を考慮し、鏃や矢筈をプラス。今回のグリフォン狩りに要した時間とその採れた数を計算して付加させた。


「うーむ、原価は四百十ジェイアじゃの。売り上げに一割乗せて、四百五十一ジェイア……今回の矢は、一本当たり四百五十ジェイアでいくか」

「わかった、料金表、書き換えといてくれよ!」

「わしゃもう疲れたで寝る。それくらい、自分でやらんかい」

「えー! やだよ、じーちゃんやってくれよ!」

「何度も教えたじゃろう」

「……だって、掛け算ってよくわかんないんだよ」


 ヴィダルは「慣れじゃよ」と言って立ち上がった。本当に眠る気らしい。いつもの就寝時間より、三時間は早い。


「じーちゃん、どうしたんだよ。具合悪い?」

「……眠いだけじゃ」


 そう言ってヴィダルは家の中に入ってしまった。

 最近、ヴィダルは目に見えて痩せてきた。年が年なので、当然のことなのかもしれない。

 ディーナは仕方なく、机の上の料金表と格闘した。


「えーと、一本当たり四百五十ジェイアだとワンセットは掛ける十二だから、四百五十を十二回足せばいいんだよな……」


 足し算と引き算は何とかできるが、掛け算、割り算はまったくと言っていいほどわからない。何度教えられても理解できないのだ。やる気が無いと言えばそれまでかもしれないが、元々の頭の作りがよくないのだろうとディーナは思っている。


「四百五十足す四百五十足す四百五十足す四百五十足す………ああーー、桁が変わると難しいよーーっ。じーちゃんならすぐ終わるんだから、やってくれてもいいのにさ……」


 ぶつぶつと言いながら、ディーナは計算を続けた。

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