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第7話 天国と地獄

 二人が結ばれた日から、一年という歳月が流れた。

 ウェルスとディーナは相変わらず仲が良く、ヴィダルも少し痩せたとはいえ、元気だ。

 贅沢な暮らしとは縁遠いが、それなりの生活水準は保っていると言えるだろう。

 元奴隷やエルフということで、偏見の目で見られることも相変わらずあったが、それでも本人たちは今の生活に満足し、幸せに過ごしていた。


「まだ、本決まりではないんだが」


 夕食後、ウェルスはそう切り出した。何事かとディーナとヴィダルはウェルスを見つめる。ウェルスの顔は至って真面目であったが、少し誇らしそうで、少し嬉しそうで、少し照れ臭そうだ。


「アーダルベルト様の推挙で、騎士団への入団が決まりそうだ」

「え!?」

「ほほう!!」


 ディーナは思わず立ち上がった。

 ウェルスが騎士団に入団する。つまり、騎士になれる。ウェルスの夢が、叶う。


「スゴイ!! すごいよ、ウェルス!! やったじゃないか!!」

「ありがとうディーナ。ロレンツォという男が同じように兵士から騎士になっているし、おそらく大丈夫だと思う」

「そっか、そっかぁ!! ウェルスも騎士様かあ!!」


 ディーナがそう言うと、ウェルスは本当に嬉しそうに微笑んだ。ディーナも嬉しくて嬉しくて、ヴィダルがいても構わずキスをしてしまう。


「ディーナ……ヴィダルさんの前では」

「だって、嬉しいんだっ! もっかい! っちゅ!」

「わしは空気、わしは空気、わしは空気……」


 ディーナのキスは一度では収まらず、その嵐を何度も受けてウェルスは押し倒されるように寝転がった。

 その上に、足をバタつかせながらさらに迫るディーナ。


「あーん、嬉し過ぎてどうしていいかわかんないよー!  っちゅ!」

「ディーナ、もしかしたら騎士になる際、市民権をもらえるかもしれない」

「え!? そっか、騎士にはファレンテイン人しかなれないもんな! よかったね、ウェルス! ちゅっちゅっちゅ!」

「そしたらディーナ、私と……」

「ちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅ! え、何?」

「……いや、その時に言おう」


 ウェルスはディーナをギュッと抱きしめると、その位置を逆転させて、彼女に覆いかぶさるように深いキスをした。


「あん、ウェルス……」

「ディーナ……」

「……わし、ちょっと出てくる……」


 ヴィダルがいなくなった後で、二人は存分に愛し合ったのだった。





 しかし、一ヶ月経っても二ヶ月経っても、ウェルスが入団する気配はなかった。不思議に思ったディーナはウェルスに問いかける。


「ねえ、まだ入団できないのか? もう、決まりかけてたんだろ?」

「私にもよくわからないが、審査が通らず、アーダルベルト様と中央官庁の間で揉めているようだ。おそらく、私がエルフだからだろう」

「まったく……頭の固い連中だね! 大丈夫だよ、ウェルス! アーダルベルト様なら何とかしてくれるよ!」


 ウェルスは首肯していたが、その顔に元気はない。エルフだから何だって言うんだと中央官庁に殴り込みに行きたかったが、そうも行かないだろう。逆効果だ。

 できることがあるなら何だってするのに、歯痒かった。


 そんな折である。

 一人の女性がヴィダル弓具専門店にやって来たのは。


「いらっしゃい!」


 入ってきた美しい女性は、まっすぐにディーナを見つめた。その姿格好から、騎士団の一員だということがわかる。


「ごめんなさい、客ではないの。私はリゼット・クルーゼ。貴女がディーナ?」

「え? ああ、そうだけど……」


 肯定すると、リゼットは前置きなく話し始めた。


「ここに住んでいるウェルスという者が、騎士団に入るという話は聞いているかしら」

「あ、ああ。でもまだ許可が出ないとか何とか……」


 リゼットは首肯する。


「ええ。それでアーダルベルト様は頭を痛めていらっしゃるわ。ウェルスという人物は騎士団にとって大きな力となる。是非、部下にしたいとお考えなのだけれど」

「じゃあ早く騎士にしてやってくれよ!」

「そういうわけにもいかないのよ。ウェルスはファレンテイン人じゃない。兵士団に入ったのも特例だったのよ。けれど騎士団に入るとなると、そうはいかないわ」

「じゃあ、アーダルベルト団長の力でファレンテイン人にしてやってくれれば……」

「今、アーダルベルト様は尽力されています。だけどエルフ排他主義者が中央官庁にいて、厳しい状況です。それに、貴女の存在を中央官庁はどこからか調べ上げてきたのよ……」

「あたし? あたしが何か……」


 言いかけて言葉を止めた。まさか、と自身の腕を見る。


「ウェルスと恋仲で、奴隷らしいわね」

「………………」


 リゼットの顔が、見られない。


「ウェルスはファレンテイン人になれば、貴女と結婚すると契約したのよね?」

「え……? 別にそんな約束は……」

「中央官庁が手に入れた情報よ。貴女にその気はなくとも、ウェルスにはあるんでしょう。中央官庁は奴隷をファレンテイン人にはできないと息巻いていて、今ウェルスは極めて厳しい状況下にあるわ」


 ウェルスに結婚する気がある。嬉しい反面、心は沈んだ。自分が奴隷だったせいで、彼の足を引っ張ってしまっている。


「これは私の独断の行動よ。アーダルベルト様の意思とは関係ないことを先に伝えておくわ。貴女には、ウェルスと別れてもらいたいのよ」


 頭が真っ白になった。ウェルスと別れるなど、今までに一度だって想像したことがない。


「このままではウェルスは騎士団に入れず、兵士団で燻ることになる。それはアーダルベルト様にとってはもちろん、ウェルスにとっても本意ではないはず」

「………………」


 反論したくともできなかった。ウェルスの夢は騎士になることなのだ。それはディーナが誰よりも理解している。


「勝手を言って申し訳ないと思ってるわ。けれど、ウェルスは騎士団に必要な人材であると……」

「ウェルスの住む家は……」

「え?」

「住む家は、確保してくれるんだろうね!?」

「約束します」

「私と別れたら、絶対ウェルスを騎士にしてくれよ!」

「わかりました。最大限の努力はするつもりでいます」

「…………っ」


 ディーナは言葉を詰まらせた。ウェルスのために、ウェルスが不利にならないように何かを伝えたかったが、混乱した頭では何も出て来はしなかった。

 それを見たリゼットは承諾と取り、ディーナに深く頭を下げて出ていこうとする。


「ま、待って!」


 呼び止めると、リゼットは首だけで振り返った。そんな彼女に向かって、ディーナは声を絞り出す。


「あの、さ……店として、客として付き合うくらいなら構わないだろ!?」


 彼女はコクリと頷き、店を出ていった。それと入れ違いに入ってきたのは、集金から帰ってきたヴィダルである。ヴィダルは美人を肩越しに見ながらディーナに話しかける。


「おい、ディーナ、今のは騎士のお方じゃ……何かあったんかいな」

「……うん、ウェルスを騎士にしてくれるって……」

「おお! ようやくか!! よかったのう、ディーナ! これでお前もファレンテイン人じゃ!」


 ディーナは訝しみの目を向けた。ウェルスが騎士になるイコール、何故ディーナがファレンテイン人ということになるのか。


「じーちゃん……? なんだよ、それ……ファレンテイン人って、何で……」

「以前、ウェルスが約束してくれたんじゃよ。ファレンテイン人になれた時には、ディーナをもらってくれるそうじゃ!」

「……なんっだよ、それ!!」


 ディーナが喜ぶと思ってした発言なのに、彼女は怒髪天を衝く勢いでヴィダルを責め始め、ヴィダルは狼狽する。


「何で勝手にそんな約束してんだよ!! ウェルスが……ウェルスに迷惑かけちゃったじゃないか!! あたしのせいで、ウェルスが騎士になれないところだったんだぞ!!」

「……どういうことじゃ」

「奴隷を嫁にするような奴は、ファレンテイン人になれないって……! じーちゃん、何でそんな約束させたんだよ! ウェルスは優しいから……優しいからっ! 絶対、自分から別れを切り出すなんてできないじゃないか!! あたしから、別れてやらなきゃ……っ」

「ディーナ……別れるつもりか」


 ヴィダルの一言で、ディーナの涙は一気に溢れ出した。


「他にどうしろって言うんだよ……ウェルスはせっかくファレンテイン人に……騎士になれるっていうのにっ騎士になるのはウェルスの夢なのに! 諦めてくれって頼むのかよ!?」

「落ち着くんじゃ、ディーナ! まずはウェルスに相談じゃ! どちらを選ぶかは、ウェルスに権利がある! 違うか!?」


 ヴィダルにそう言われ、ディーナはグシっと涙を袖で拭いた。


「それは違うよ、じーちゃん……ウェルスは、ファレンテイン人になったらあたしと結婚するって約束してくれたんだろ? ファレンテイン人になるにはあたしと別れなきゃならない。あたしを選んだらファレンテイン人にはなれない。そしたら結婚なんてしてくれないよ。ウェルスは、約束を違えたりしないから……」

「そう……じゃな」


 ヴィダルもウェルスという男の誠実さはわかっている。誠実で真面目過ぎる故に、融通が効かないことも。それにヴィダルも、ウェルスの夢を奪いたいわけではないのだ。真面目に堅実にやって来たウェルスを間近で見てきている。

 騎士になるという夢は、いつしかウェルスだけではなく、ディーナとヴィダルを含めた三人の夢になっていたのだ。


「じーちゃん、このこと、ウェルスには言わないでくれよ……ウェルス、絶対苦しむから。あたしから別れられれば、それで済むんだから……」


 悲痛な面持ちのディーナに、ヴィダルはわかったと答えるしか術がなかった。

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ファレンテイン貴族共和国シリーズ《異世界恋愛》

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