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第5話 恋

(いつからだったろうな)


 そう思いながら、ディーナは目の前のエルフを見つめた。エルフはディーナに気づいて、優しい笑みを見せてくれる。

 無表情だったウェルスは、いつの頃からかディーナに微笑みかけてくれるようになっていた。


「ウェルス、兵士団に入団おめでとう。ファレンテイン人じゃないのに入れてもらえるなんて、特別待遇らしいじゃないか!」


 ウェルスは相変わらず何も言わず、少し微笑んだだけだ。

 ウェルスがヴィダル弓具専門店に来てから、半年目の出来事だった。傭兵団から兵士団に昇格した者の中では異例中の異例の早さである。


「今日はお祝いだ! どっか食べに行こう! 奢るよっ」


 そう言って、ディーナが引き出しの奥から生活費を取り出そうとすると、後ろから手が伸びてきて、ディーナの手のに置かれた。


「……ウェルス?」

「私が出そう」


 ウェルスの大きな手を見た後、振り返りながら見上げる。ウェルスの顔がやたらと近くにあって、ディーナは慌てて手を後ろに隠すようにウェルスから離れた。


「え、と、そう? な、何か悪いな」


 ウェルスに近寄られると、何故かドギマギしてしまう。微笑まれると、嬉しくてキュンとなる。触れられると、勝手に顔が赤くなる。不思議な感覚だった。


「えっと、じーちゃんは……」

「さっき出掛けた。今日は遅くなるそうだ」

「そ、そっか」


 こうして二人は出掛けた。外食と言っても露天で何かを買って外で食べるだけの、真の『外食』だ。


「ウェルス、何食べる!?」

「ディーナは、何が食べたい」

「うーん、そうだなぁ。寒くなってきたし、温かくなるようなもんがいいかな」

「では、あれにしよう」


 ウェルスが指差した露天ののぼりには、何か書いてある。


「ええっと、あったか……おい……お、で……?」

「熱々のおいしいおでん、と書いてある」


 ディーナは一度も学校というものに通ったことがないので、読み書き計算が苦手だ。そんなディーナの代わりにウェルスが読んでくれた。


「おでんって、何だい? どこの国の料理?」

「私も知らないが、傭兵団の間では人気だった。値段も手頃であったまるのだとか」

「ウェルスは食べた事あるの?」

「ない」

「よおっし、じゃあ今日はそれにしてみよう!」


 ディーナは子どものようにはしゃいで店の前まで来た。ウェルスも後から追いついて、背の高い彼は身をかがめながら暖簾を上げた。


「うっわー、何か色々あるよ! おっちゃん、このタマゴはいくらだい?」


 いくつもの仕切りに分けられているうちのひとつを指差す。すべてつゆだくになっていて、良い出汁の香りが漂ってくる。見ても香っても美味しそうだ。


「ぜーんぶひとつ五十ジェイアだ! さあ、何にするね?」

「ウェルスウェルス、全部五十ジェイアだって! めちゃくちゃ安いよ! あたし何にしよう!? あ、ねぇ、この黒くてぐにょぐにゃなのって何!?」

「こんにゃくだよ!  姉ちゃん、これにするかい?」

「こんにゃくだって! おかしーっ! よし、それにするよ! あとタマゴと、この大根とジャガイモに……これ何の肉? あ、ウェルス、ソーセージもあるよ!」


 後ろを振り向くとウェルスが嬉しそうに笑っている。はしゃぎ過ぎたかもしれない、と勝手に顔が赤くなった。


「あの……ウェルスはどうする?」

「お勧めを適当に十個ほど詰め合わせてくれ」

「あいよっ」

「えー、そんなのつまんないよ! 自分で選ぶのが楽しいんじゃないか!」

「私はディーナを見ているだけで楽しいから、いい」


 優しい瞳でそう言われると、胸の鼓動が止まらない。

 何故か口はあうあうと言う言葉しか出てこず、柄でも無いのにモジモジしてしまう。


「熱々だね~っ! ほいよ、熱々おいしいおでんだ! オマケしといたよっヤケドしねぇように食いな!」


 露天のオヤジは二人に入れ物を持たせてくれ、ウェルスは金を払う。

 そして二人は近くのベンチに腰掛けた。


「うわー、本当に熱々だ! いただきまーすっ」


 串にグサリとジャガイモを挿してフーフーしながら食べる。出汁の味が全身に染み渡り、熱々のおでんが体の中を通っていくのがわかった。


「お、おいしーっ! これおいしいよ、ウェルス! このぐにゃぐにゃなのも、いける!」

「こんにゃく、だったか。私のには入っていないな」

「これ食べてみなよ! はい、あー……ん」


 差し出したこんにゃくを、ウェルスはパクリと食べた。その光景を目にしたディーナは固まる。


「うん、いけるな。……どうした?ディーナ」

「い、いや、なんでもな……い……」


 何だか、物凄く恥ずかしいことをしてしまった気がする。人に食べさせる行為の、どこが恥ずかしいのかわからないが、何故だか無性に照れた。


 おでんを食べ終わると、二人は帰途についた。

 こうして並んで歩いていると、長身でエルフのウェルスは人目を集めてしまうのがよくわかる。ディーナは奴隷の焼き印を隠せばいいだけだが、ウェルスはそうはいかないのだ。

 心ない言葉が耳に入ってくるたび、ディーナは怒りを鎮めるのに必死だ。自分のことを言われるのは平気だが、ウェルスを悪く言われるのは我慢できない。

 しかしここで怒りのままに暴れてしまっては、ウェルスの努力が水の泡となってしまうだろう。

 ディーナは隣のウェルスを見たが、いつもの無表情を崩したりなどしていない。耳の良いエルフが聞こえないはずはないのだが。


 家に帰ると、ディーナは一本の矢を取り出してウェルスに見せた。


「どう? これ、改良版の『ウェルスオリジナル』。シャフトを少し太くして安定感を出したんだ。ウェルスの矢は長いから、射る時どうしてもブレるだろ? その分、飛距離が落ちないように矢羽根も長く太めにした。一度使ってみてくれないかい? 感想を聞きたいんだ」


 ウェルスはそれを受け取ると首肯した。


「いつも……ありがとう、ディーナ」


 ウェルスの手が伸びて来て、ディーナの髪に触れた。胸がギュッとする。

 ウェルスの喜ぶ顔を見るのが嬉しい。努力する彼の力になりたい。また一緒におでんを食べたい。ウェルスのことを悪く言う奴は許せない。

 そしていつかみたいに、またキスをしたい。


「…………あ」


 ディーナは、唐突に気が付いた。


「どうした?ディーナ」


 ずっと感じていたこの感覚。もしかして、これは。


「ウェルス……どうしよう、あたし……」

「……ディーナ?」

「あたし……っ、ウェルスのこと、好きみたいだ!」


 ディーナがそう叫んでも、ウェルスの表情は崩れなかった。いつものように、コクリと頷いている。

 一番驚いていたのは、ディーナ本人だった。


「ウェルスの笑顔を独占したいとか、ウェルスの力になりたいとか、一緒にご飯食べに行きたいとか、ウェルスを悪く言う奴は許せないって思ったり、ギュッて抱き締めたい衝動に駆られたり、キスしたいって思ったり……これって、恋ってやつだろ!?」


 ウェルスはまたも首肯する。ほんの少しだけ、嬉しそうに。


「そっか……これが、恋……」


 ディーナはホッとした表情を見せた。まるで難問を解き終えて、一息ついた学生のように。


「ど、どうしたらいいんだ? あたし、どうしたらいい??」


 すると今度は慌てふためき始めた。初めて知る感情を、どう整理すべきかわからないのだ。

 そんなディーナを見て、ウェルスはそっと彼女を抱き寄せた。


「う、ウェルス!?」

「ディーナの好きにすればいい」

「す、好きにって、どんな風にだよ!」


 ウェルスは屈んで、自分より四十センチも低いディーナに目線を合わせた。そして、まるで大人が子どもに言い聞かせるかのごとく、優しい口調で伝える。


「また一緒にご飯を食べに行けばいい。抱き締めたいと思うなら、そうしてくれて構わない。キスをしたいなら、しよう」


 真っ直ぐ目を見てそう言ってくれるウェルス。いいのかな、とディーナはウェルスに手を伸ばしたが、途中で止めた。


「ディーナ?」

「その……ウェルスも、あたしとキスしたいのか?」


 その問いに答えるかの様に、ウェルスはそっと手でディーナの頬に触れた。

 そしてウェルスがゆっくり近付くのを見て、ディーナはそっと目を瞑る。


 優しい感触が、唇に触れた。


 瞼を開けると、目の前には今までにないくらい優しい瞳をしたウェルスが、嬉しそうに微笑んでいる。

 ディーナはたまらずウェルスに抱きついた。


(なんだろう、この充足感は。これが、幸せってやつなのかな)


 ディーナは力の限りウェルスを抱き締めた。するとウェルスも強く抱き締め返してくれる。

 二人はしばらくの間、そうして抱き締めあっていた。

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ファレンテイン貴族共和国シリーズ《異世界恋愛》

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