第4話 約束
ウェルスは、ディーナとヴィダルが作ってくれた矢を、矢筒に入れた。
シャフトは栗の木、矢羽根はグリフォン、鏃と矢筈は鉄製のウェルスオリジナルだ。
「ヴィダルさん。ディーナですが……」
ディーナが配達に行っている間に、ウェルスはヴィダルに話しかけた。しかし後ろから話しかけたため気付かれず、ウェルスはヴィダルの背中にトンと手を置いた。
「ん? なんじゃ?」
「ディーナですが」
「ディーナが、どうかしたか?」
ウェルスは首肯し、続けた。
「ディーナに、あなた方の過去を聞きました」
「……そうか。すまんのう、騙しとって」
「いいえ」
「ウェルスはわしらが奴隷と聞いて、どう思った?」
「……大変な人生を歩んで来られていると思いました」
その答えを聞いて、ヴィダルは少し笑った。
「おぬしならそう言ってくれると思っとったよ。じゃからディーナも過去を話せたんじゃろうて」
ウェルスは、聞きたかったことを言葉にするか迷った。言い出せないウェルスを見て、ヴィダルは続ける。
「ウェルスの前じゃと、ディーナは素直になれるんじゃよ。わしはあの孫娘が不憫でかなわん。わしや息子のように、望んで奴隷になったわけではないんじゃからの」
「……望んで?」
ヴィダルはウェルスの唇を読み、頷きを見せた。その意味がわからなかったウェルスは、先を促すようにヴィダルの瞳を見つめる。
「わしと、わしの息子……ディーナの父親じゃが、貧しい村で生まれての。しかも何年も激しい干ばつに見舞われて、金を得るために身を売って奴隷になったんじゃよ。……家族のためにの」
そう言いながらヴィダルはシャフトを手に取り、歪みがないかを確かめながら削り始めた。
「じゃが、ディーナは違う。息子が恋した娘も奴隷じゃってのう。二人の間に生まれたディーナは、奴隷になるしか道はなかったんじゃよ」
「…………」
シャ、シャ、シャ、と木を削る音が店内に響く。その音だけを二人はしばらく聞いていた。
「のう、ウェルス」
沈黙を破って話しかけたのは、ヴィダルの方。ヴィダルはその手を止め、ウェルスを見上げた。
「ディーナをもらってやってはくれんかな?」
「……」
いきなりの言葉に、ウェルスは何も答えられなかった。何と答えるべきか答えを探していると、ヴィダルは少し笑った。
「年寄りの戯言じゃ。気にせんでくれ」
再び、木を削る音が響き始める。ウェルスはようやく、口を開いた。
「三年前。ディーナに何があったのですか」
ピタリとヴィダルの手が止まった。と同時にその音も止む。
「さすがに、それは言わんかったか……」
ナイフとシャフトを置くと、ヴィダルは椅子に座り直した。そしてウェルスもそうするよう促され、彼も座った。
「わしと息子が契約を交わした貴族の家は、他の貴族とは比べ物にならんほど、待遇がよかったんじゃ。まともな食事が出る。戦いで傷付けば手当もしてくれる。息子はそこで知り合った娘と結婚もさせてくれたし、ディーナを産むことも許してくれたんじゃ。本当にいい家じゃった。じゃが、そこの住人は人が良過ぎたんじゃな。人に騙されて、失脚してしもうた」
「……」
「わしらは売却された。その新しい主が、最低な男でな……怪我をしてもろくな治療をしてもらえず、わしは難聴になった。息子は戦いの傷が元で死んだ。そして、ディーナは……」
ウェルスはその続きを聞きたくはなかった。自分がした質問の答えだと言うのに、訊かなければ良かったと後悔した。
「……そいつに、犯された」
ウェルスはヴィダルの目を逸らせなくなっていた。あまりに不幸な境遇の彼女に、憐れみを感じざるを得ない。
「わしらは逃げることを決意した。追っ手から逃げる際に、ディーナの母親は囮となってくれたんじゃ。じゃからここには……一緒には辿り着けんかった……」
ヴィダルの悲しい瞳がウェルスに突き刺さる。あまりにつらい出来事を、二人は抱え過ぎている。
「実はの……わしも病魔に犯されとって、何年も生きられんと言われておる。ここでは治療をするにも医療費が高くて払えんしのう。年が年じゃから覚悟はしておるんじゃが、やはりディーナのことが心配での。ウェルスがディーナと一緒になってくれたら安心……おっと、すまん。聞き流してくれい」
ヴィダルは乾いた笑い声を上げた。
ウェルスはやはり何と言っていいかわからなかった。ディーナと一緒になることが嫌だというわけではない。だかウェルスはここでは迫害を受けることもある、エルフという存在だ。自分と一緒になる事でディーナが幸せになれる、というのは思い上がりではないだろうかと考える。
「……私がファレンテイン市民権を得た暁には、ディーナをもらい受けます」
ファレンテイン市民権があれば、エルフであっても街の人に受け入れられるはずだ。それにファレンテイン人と結婚すれば、ディーナもファレンテイン人になれる。
自分がファレンテイン人にさえなれれば、悩むことは何もないのだ。何故ならウェルスは、ディーナを……
「ほ、本当か?」
驚きの声を上げたのは、ヴィダルである。
ウェルスが首肯すると、ヴィダルはがっしりとウェルスの手を握った。
「すまん。ありがとう、ウェルス」
ウェルスは再びコクリと首肯した。