表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/22

第4話 約束

 ウェルスは、ディーナとヴィダルが作ってくれた矢を、矢筒に入れた。

 シャフトは栗の木、矢羽根はグリフォン、鏃と矢筈は鉄製のウェルスオリジナルだ。


「ヴィダルさん。ディーナですが……」


 ディーナが配達に行っている間に、ウェルスはヴィダルに話しかけた。しかし後ろから話しかけたため気付かれず、ウェルスはヴィダルの背中にトンと手を置いた。


「ん? なんじゃ?」

「ディーナですが」

「ディーナが、どうかしたか?」


 ウェルスは首肯し、続けた。


「ディーナに、あなた方の過去を聞きました」

「……そうか。すまんのう、騙しとって」

「いいえ」

「ウェルスはわしらが奴隷と聞いて、どう思った?」

「……大変な人生を歩んで来られていると思いました」


 その答えを聞いて、ヴィダルは少し笑った。


「おぬしならそう言ってくれると思っとったよ。じゃからディーナも過去を話せたんじゃろうて」


 ウェルスは、聞きたかったことを言葉にするか迷った。言い出せないウェルスを見て、ヴィダルは続ける。


「ウェルスの前じゃと、ディーナは素直になれるんじゃよ。わしはあの孫娘が不憫でかなわん。わしや息子のように、望んで奴隷になったわけではないんじゃからの」

「……望んで?」


 ヴィダルはウェルスの唇を読み、頷きを見せた。その意味がわからなかったウェルスは、先を促すようにヴィダルの瞳を見つめる。


「わしと、わしの息子……ディーナの父親じゃが、貧しい村で生まれての。しかも何年も激しい干ばつに見舞われて、金を得るために身を売って奴隷になったんじゃよ。……家族のためにの」


 そう言いながらヴィダルはシャフトを手に取り、歪みがないかを確かめながら削り始めた。


「じゃが、ディーナは違う。息子が恋した娘も奴隷じゃってのう。二人の間に生まれたディーナは、奴隷になるしか道はなかったんじゃよ」

「…………」


 シャ、シャ、シャ、と木を削る音が店内に響く。その音だけを二人はしばらく聞いていた。


「のう、ウェルス」


 沈黙を破って話しかけたのは、ヴィダルの方。ヴィダルはその手を止め、ウェルスを見上げた。


「ディーナをもらってやってはくれんかな?」

「……」


 いきなりの言葉に、ウェルスは何も答えられなかった。何と答えるべきか答えを探していると、ヴィダルは少し笑った。


「年寄りの戯言じゃ。気にせんでくれ」


 再び、木を削る音が響き始める。ウェルスはようやく、口を開いた。


「三年前。ディーナに何があったのですか」


 ピタリとヴィダルの手が止まった。と同時にその音も止む。


「さすがに、それは言わんかったか……」


 ナイフとシャフトを置くと、ヴィダルは椅子に座り直した。そしてウェルスもそうするよう促され、彼も座った。


「わしと息子が契約を交わした貴族の家は、他の貴族とは比べ物にならんほど、待遇がよかったんじゃ。まともな食事が出る。戦いで傷付けば手当もしてくれる。息子はそこで知り合った娘と結婚もさせてくれたし、ディーナを産むことも許してくれたんじゃ。本当にいい家じゃった。じゃが、そこの住人は人が良過ぎたんじゃな。人に騙されて、失脚してしもうた」

「……」

「わしらは売却された。その新しい主が、最低な男でな……怪我をしてもろくな治療をしてもらえず、わしは難聴になった。息子は戦いの傷が元で死んだ。そして、ディーナは……」


 ウェルスはその続きを聞きたくはなかった。自分がした質問の答えだと言うのに、訊かなければ良かったと後悔した。


「……そいつに、犯された」


 ウェルスはヴィダルの目を逸らせなくなっていた。あまりに不幸な境遇の彼女に、憐れみを感じざるを得ない。


「わしらは逃げることを決意した。追っ手から逃げる際に、ディーナの母親は囮となってくれたんじゃ。じゃからここには……一緒には辿り着けんかった……」


 ヴィダルの悲しい瞳がウェルスに突き刺さる。あまりにつらい出来事を、二人は抱え過ぎている。


「実はの……わしも病魔に犯されとって、何年も生きられんと言われておる。ここでは治療をするにも医療費が高くて払えんしのう。年が年じゃから覚悟はしておるんじゃが、やはりディーナのことが心配での。ウェルスがディーナと一緒になってくれたら安心……おっと、すまん。聞き流してくれい」


 ヴィダルは乾いた笑い声を上げた。

 ウェルスはやはり何と言っていいかわからなかった。ディーナと一緒になることが嫌だというわけではない。だかウェルスはここでは迫害を受けることもある、エルフという存在だ。自分と一緒になる事でディーナが幸せになれる、というのは思い上がりではないだろうかと考える。


「……私がファレンテイン市民権を得た暁には、ディーナをもらい受けます」


 ファレンテイン市民権があれば、エルフであっても街の人に受け入れられるはずだ。それにファレンテイン人と結婚すれば、ディーナもファレンテイン人になれる。

 自分がファレンテイン人にさえなれれば、悩むことは何もないのだ。何故ならウェルスは、ディーナを……


「ほ、本当か?」


 驚きの声を上げたのは、ヴィダルである。

 ウェルスが首肯すると、ヴィダルはがっしりとウェルスの手を握った。


「すまん。ありがとう、ウェルス」


 ウェルスは再びコクリと首肯した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファレンテイン貴族共和国シリーズ《異世界恋愛》

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ