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空虚

新しく書き始めました。

次話投稿はなるべく早めに頑張ります!

私が13歳の時に、5歳年上の兄が行方不明になった。

黒檀の様な髪に淡い紫色の瞳をした兄は両親のお気に入りで、物心ついた頃から私は親に構ってもらった記憶など一切無く、唯一の救いはそんな両親を見兼ねた使用人達が、私に優しくしてくれた事だろうか。

けど、私は兄を恨んだことはない。

理由もなく、ただムカつくからという事で食事を抜かれた時も、母の物を盗んだと言い掛かりを言われた時も、兄は肥え太っている父に向かって「じゃあ、父さんも最近太ってきたし、ダイエットを始めたらどうですか?でもせっかく料理人が用意してくれたのを残すのも勿体ないですし、これは妹にあげましょう」とにこやかに言い放ち、私が物を盗んだと言い掛かる母には「あぁ、すみません母さん。実はそれ僕がこの間壊してしまって・・・怒られるのが怖くて隠してしまいました」と眉尻を下げた。兄を可愛いがっている両親は兄の言うことに一瞬こちらを睨んで、すぐに兄に向かってだらしない顔をする。

兄との関わりを両親によって禁止されている私の癒しは、両親が寝静まった後私の部屋に兄が訪れる事だった。

優しく微笑んで私をひざに乗せる兄が、私は大好きだった。

でも、そんな兄は突然いなくなってしまった。

両親は叫び、お前のせいだ!と理不尽な怒りを私に向けた。

私だって泣き叫びたかった。

大好きな兄が、私だって心の拠り所を失ったんだと。

警察へ捜索願いを出したが、1ヶ月2ヶ月、1年経っても見つからない。

まるで世界が兄だけを隠してしまったかの様に、兄だけがいなくなってしまった。

兄は優秀な人だった。

血筋も容姿も、全てが完璧で、四つの始まりを齎したとされる神の末裔と言われる四始神家の 次期当主として生まれた人。

そんな兄が消えた後、心の無い一族が次の当主は誰だとせっついた。

両親は憤慨したが、分家の奴らに当主の座は渡さないと言い、嫌々私を後継者へと選んだのだ。もちろん、今まで当主となる為の教育など受けていない。かろうじて、義務教育を受けさせてもらっていただけだったし、家でも家庭教師は付けさせてもらえなかった。私に付けてもらえたのは権力者や金持ちに失礼をしないようにマナー等の教師が来ただけ。


そうして、3年の歳月が経った。


私は16歳になった。

父の言う通りに名門校へ入学して、そこからはいつも通り。

兄のいなくなった日常は、色を喪った。

元からそこまで表情を表す方ではなかったが、兄がいなくなったことでそれが増し、気が付けば表情を浮かべる事はなくなった。

家へ帰っても、学校とやる事は変わらない。

マナー、当主としての勉強。そして、自室で自主勉強のみ。

入学してから1年程、季節が秋となった頃、父に書斎へ呼び出された。



「失礼致します。お呼びでしょうか」

「呼んでなければお前など書斎に呼ばん。それよりも良い話が来た。我が四始神家には及ばないが最近成功した資本家からお前と縁を結びたいと手紙が来た。1ヶ月後には式をあげる。高校は辞めろ。お前に拒否権はないぞ」

「分かりました。謹んでお受け致します」

「分かったらさっさと部屋へ戻れ。あぁ、逃げようとは思うなよ。出来損ないだが本家筋の子供はお前のみ。分家の奴らに当主の座を渡すよりかは良い」

「・・・失礼致します」


私は何の感慨も抱かずに静かに書斎を出た。

父の言った通り、本家筋の子供はもう、私しか居ない。

なので婿をとるらしく、父は自分達に都合の良い金持ちを見つけてきたようだ。


ーーーーこれで、とうとう自由がなくなった。


私は当主としての役目を果たすために、誰とも分からぬ好きでもない相手と子を成さなければならない。なんと苦痛だろうか。


「兄様・・・逢いたい・・・」


死んでしまいたい。

兄のいない世界なんて、何の意味があるのだろうか?

逃げる?逃げたとして、この屋敷の中でしか生きたことの無い私がどうやって生きる?せいぜい警察のお世話になるか野垂れ死ぬだけじゃないか。

ならばこのままこの狭い世界で、何も考えずに飼い殺しにされた方が楽なんじゃないのか。


「お嬢様。お召し替えをお願い致します。奥様が外出なさるそうです」

「分かりました。下がって結構です」

「失礼致します」


ふぅ・・・と息を吐く。

この時間の外出となると、あの母親はまた買い物へ行くらしい。

四始神家の膨大な財産が母の多大な浪費によって少しずつ傾いているのは事実。父が怠っている当主としての仕事を私が執事に言われ密かに手伝っているからこそ知っている。この様子で浪費をされていったら、物によっては近い将来家計が火の車になってしまう。

言うのは気が進まないが、母に少しは進言しておかないといけないだろう。

そこまで考えて、私は溜息を吐いた。

クローゼットを開け、母のお眼鏡に叶うような服を探す。


「これでいいか・・・」


適当に手前にあった紺色のワンピースを手に取る。

当主としての教育が始まった頃から、こうした高級そうな服を与えられるようになった。

これも、本家たる者がそのようかみすぼらしい格好をするな、との事だった。

今まで私を居ない者として扱ってきたクセに何をいってるんだとも思ったが、口答えしても面倒臭いだけだ。

部屋着用の服を脱ぎ、外出着を身に付ける。

ついでに兄と似た髪質の真っ黒の腰まである髪を高い所で一つに結い上げた。


「お嬢様、奥様がお待ちでございます」

「今行きます」


軽くリップを塗って、部屋を出ると私を待っていた侍女が小さく微笑んだ。


「お似合いでございます」

「ありがとう・・・」


偽りの無い賞賛に小さく照れる。

彼女は幼い頃から私に優しくしてくれた侍女の1人で、こうして誰もいない時になどに小さく話をしてくれる。

数少ない彼等との関わりが、兄を失ってからどれだけ救われたか。


「遅いわよこの出来損ない!私を待たせるなんてよい度胸ね!」

「申し訳ございません、お母様」

「うるさいっ!お母様って呼ばないで!そう呼んでいいのはあの子だけよ!」

「はい・・・月華様」

「ふんっ!さっさと行くわよ」

「はい」


ロビーへと向かえば、そこには青いグラデーションのタイトなワンピースにピンヒールを履いた妙齢な女性が父の側近と共に立っていた。

慌てて駆け寄って挨拶をするが、間違えて母と呼んでしまった。母は私に『お母様』と呼ばれるのを極端に嫌がり、小さい頃はそう呼んで食事を抜かれた事がある。

それ以来、私は実母に対して名前で呼んでいた。


「それで、今日はどちらに?」

「うるさいわね。買い物よ、買い物。新しい服を新調したくなったの。あの人には言ってないわよ。最近うるさいんだもの」

「奥様、旦那様には一言仰って下さらないと外出は許可されません。旦那様に怒られるのは私達です」

「使用人風情のくせに生意気ね。あの人に言ってクビにしてやりましょうか?」

「それでも構いませんよ。そうしてお困りになられるのは旦那様だ。旦那様は全てを私に一任していらっしゃいます。私がいなくなったら執務が滞りますよ」

「チッ・・・小憎たらしいこと・・・いいわ、あの人に出掛けると言ってきて。さっさとしなさいよね」

「畏まりました。少々お待ち下さい」


2人のやり取りを見ていた私は、父の側近に感心していた。

最近、雇われたと聞いたが、あのヒステリーな母をよく御している。これは僥倖だ。

年の頃は30代くらいだろうか?きっちり撫で付けられた黒髪に鋭い目元で、銀縁眼鏡が良く似合っている。

男らしく知的そうな感じが母の好みに合いそうだが、母は手を出していないのだろうか。

だが、先程の会話を思えばそれは無いだろう。

あのような性格は母は苦手だったはずだ。


「瀧」

「ぁ・・・は、はい」


母から名を呼ばれたのは何年振りだろうか。

そのせいで、反応が遅れた。


「お前はこの四始神家の母胎よ。相手が誰だろうと、拒む事は許さないわ。絶対にその血を残しなさい」

「は、い・・・」


何故そんなことを。

そんなことは分かりきっている。

私は兄のスペア。

出来損ないだろうが、この身に流れる血は兄と同じだ。

今更逃げないことなど分かりきっているだろうに。

ふと、そこまで考えて、何故母は今この話をしたのかと疑問に思った。

『相手が誰だろうと』、『拒む事は許さない』。

もしや母は、これから行くのは買い物ではなく、私を誰かに会わせる為に連れてきたのか?

父の言う相手と会わせるなら、買い物なんていう嘘をつかなくていい筈だ。なら、これから会わせようとしてる人物は、父の知らない人で母の知っている人。

そこまで考えて、愕然とした。


「お待たせしました。旦那様から許可がおりましたので、どうぞお買い物をお楽しみ下さい」

「ふん!ほら、行くわよ」

「はい・・・」


母の二歩ほど後ろをついて行く。

玄関を出れば車が配置しており、運転手のエスコートを受けて車へ乗り込んだ。


「さて、巴様の元へ向かいなさい」

「畏まりました」


やはり、そうなのか。

聞き覚えのない名前だ。

母は、父の預かり知らぬ所で、誰かと通じている。


「あの・・・月華様、巴様とはどなたでしょうか」

「私がお世話になった方よ。出来損ないのお前を3時間50万で買って下さるらしいわ。もし巴様を傷つけたら屋敷に閉じ込めるわよ」

「・・・っ!」


母に売られたのか。

3時間で50万という大金で私を買うとは粋狂な人間もいるものだ。けれど、たかだか私をそのような値段で買うとは、そこらの売春婦より高いが、何故だ?

もしや、何か特殊な性癖でもあるのだろうか。


「そう・・・ですか」

「本当、お優しい巴様。こんなあの子の劣化品じゃなくて、私とお過ごししてくれたら良い事を。本当、憎たらしい」


母の言葉に返事を返さず、私は窓の外を見つめた。

逃げたい。

本当はこんな事などやりたくなかった。

でもそんな事は許されない。


ふと、ミラーを見てみれば、運転手と目が合った。

その瞳には、明確な憐れみと同情が含まれていて、私は泣きたくなった。

そんな顔をするなら助けて欲しい。

助けてくれないなら、私に憐れみを向けるなと言いたかった。


―――その時だった。


「・・・ゅう、り・・・!!」


突然、視界が暗く染まった。

母の声が聞こえるような気がするが、返事をするのが酷く億劫で、眠たい。

このまま眠ってしまいたい。


私は、優しい睡魔に身を任せて、意識を完全に手放した。





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