9話
よろしくお願いしますm(_ _)m
「ど、どうしたの?急に大声出さないでよ、吃驚するじゃない」
頭を抱えた響にそっと声をかけると、ちょと哀れんだ顔で見られた。お姉ちゃんに向かってその顔はなに?響のくせに生意気だぞ。
「大声も出したくなるよ。なんでよりにもよって王子なんだよ!主役は嫌いなんだろ!?あの人モロじゃん!アイツと同じ系統じゃん!」
「何年前のこと言ってるのさ」
「何年前でも言うよ、また禿げたいの!?」
「禿じゃない、坊主だよ!」
「どっちでも良いよ、そんなの!また無意識に誘惑してたんだろ、この鈍感!俺、風呂入ってくる!」
「な、なによー。ただの悪口じゃない!」
響は本当にお風呂に行ってしまった。姉を貶して言い捨てって……。そもそも、そんな特技を持っていたら私の人生もっと明るいでしょうが!覚えてなさいよ、明日の朝御飯は響の大嫌いな納豆にしてやるんだから!
あれは小学六年生の頃、クラスに学校中の人気を集める男の子が居た。そう、まるで今の大路君のような子だった。顔面偏差値が高く、運動が得意。その子とはクラスメイト以上の関係でもなければ、特別な感情もない。友人と言って良いのかも分からないような関係。名前は奥村隼君。
ある日、クラスのお調子者が言った「隼お前、山下が好きなんだろう!」その子はよくそんなことを言っては皆をからかっていた。
奥村君は顔を真っ赤にして、良く通る声を張り上げクラスメイトに聞こえるように「ば、馬鹿野郎!誰がこんなブスを好きになるかよ!」と怒鳴った。
私は「まあ、そうだろうな」と余り重く受け止めず流を静観していたが、やがて矛先がこちらに向く。「山下はどうなんだよ」クラス中の注目が私に集まった。
「嫌いじゃないよ、嫌う要素がないもん。だからと言って好きでもないけど」奥村君に対しての感情を素直に述べたが、余計なことまで言ったのがいけなかった。奥村君は激怒し、さらにからかわれ火に油。
奥村君ファンの女子にも飛び火し、「ブスのくせに!」「勘違いしないでよ!」と収拾がつかなくなった。これが修羅場というやつか、と呑気な私。
その日の放課後、奥村君に呼び止められた。
「なんだよあの言い方。嫌いならはっきり言えば良いだろ!」
「嫌いじゃないよ、好きでもないけど。あの時そう言ったじゃない」
黙ってしまった奥村君を残し、私は階段を下りるため足を踏み出したとき、ドンッと背中を押された。手摺を掴もうと手を伸ばしたが届かず、落ちてしまった。
落ちていく中で目に写ったのは、恐怖と後悔の色を濃く纏った奥村君の顔。
「ん、あれ?ここどこ?」
「望、良かった!」
目が覚めたとき最初に視界に入ったのは湊ねぇだった。落ちたときランドセルがクッションになり、大事には至らなかったが、頭を打って気を失ったらしい。しかも踏み外し防止のためのゴムを止めている金属が剥がれていて、それで頭を切った私は傷口を縫った。その時に髪を刈ってしまった。
「望、起きたのね」
「あ、お母さん。と言うことは、ここってお母さんの病院?」
「そうよ、連絡が来て吃驚したわ」
お母さんはナース服姿だった。職業看護師で、運ばれた先はお母さんの務める病院。
「そうだ、頭刈ったから」
「らしいね。まあ、髪は伸びるから良いけど」
「良いわけないでしょ!女の子が髪を刈ったのよ!?」
なぜか本人より怒り心頭の湊ねぇ。その後、お父さんと兄弟とりっちゃんが病院に来てさらに場は混乱。
航にぃは今にも奥村君の家に乗り込む勢いだし、響とりっちゃんは泣き出すし。お父さんは空気を変えようと「退院したら写真でも撮るか」と言って兄弟に責められていた。
刈るといっても傷回りだけだから、回りの髪の毛で隠せなくもない。私自身はそれについては別にショックを受けなかった。
むしろ湊ねぇのショックのほうが大きいくらいだ。
状態が落ち着き登校すると、奥村君は一切近づいてこなかった。そのまま卒業し、中学は別になったのでどうなったのか分からない。
あのあと響は自ら坊主になり、「望ねぇとお揃いだよ」と笑った。それが私を元気付けるためのことだとわかっていたので、嬉しかったが複雑でもあった。
だって私、丸坊主じゃない……。
そして悟った。目立つ人とは関わらない。ひっそりこっそり生きることが、人生を平穏に過ごすためには大切な術だと。
あと、攻撃的な女の子の言葉は聞かない。あれは動物と一緒だ、興奮させてはいけない。これも学んだ。刺激しなければ大人しいし害はない。
ご飯とお風呂を済ませ、部屋のベッドで仰向けになり天井を見つめてぼーっとする。
あの時に負った怪我の箇所は髪が生えなかった。手で触れると肌の感触がした。
……確かにちょっと禿げてるけど目立たないし、禿を強調しなくても良いと思う。
大路君を見ていると奥村君を思い出す。今はどうしているんだろう、私のことなんて忘れて元気でいると良いなぁ。
そういえばあの頃だっけ、モブになりたいって言い出したの。気付かれなければトラブルも生まれない。影に生きる悠々自適な学校生活……はぁ、最高。
しかし、これからどうしよう。挨拶は出来るようになった。あとは謝るだけなんだけど……。
なんて謝るの?「構うなって言ってごめんなさい」と言えと?それって「構ってくれ」って言っているようなものじゃない。
言えないでしょう……。どんだけ神経図太いのよ。かまってちゃんか!?
翌朝、朝食に納豆を出すと苦い顔をしながら渋々食べていた。
姉の恐ろしさを思い知ったか!
治療用のホチキスもあるそうです。
納豆、美味しいですよね。
納豆好きですが、朝に食べると吐き気がすごいので食べるときは昼か夜です。
何故でしょう?体質だと諦めていますが。
次回もよろしくお願いしますm(_ _)m