8話
よろしくお願いしますm(_ _)m
翌朝はいつもより早くに目が覚めてしまった。大路君に挨拶をする。そう決めたけれど、どうやら緊張しているらしい。
お弁当を作っていると響が起きてきた。朝は弱くないはずなのに、どこか不機嫌に見える。
「おはよう、ご飯出来てるよ」
「おはよう……。望ねぇ、昨日の本気?マジで男に挨拶するの?」
「するよ、挨拶だけね。それ以上は怖いからまだ無理だけど」
「……望ねぇが悪かったとしても、放っておけばいいじゃん。俺、望ねぇのあんな姿をまた見るとか、絶対嫌だから」
響は怒っている。誰にとかじゃないんだろうけど、あえて言うなら過去だろう。あれは私も思い出したくない出来事だ。
当時の響は小学校中学年で、何も出来なかった自分を今でも責めている。響は全然悪くない。むしろ当時の私は響の明るさに救われていた。
「大丈夫だよ、あの頃とは違うんだから。逃げ方も、隠れ方も覚えたし」
「それ、大丈夫って言わないと思う……。はぁ~、まあいいや。学校なら俺も律ねぇも居るし、何かあったら逃げて来なよ」
「みっちゃんも居るしね」
みっちゃんは教師だから、一番の逃げ場所だと思っていたのに、響によると「あれは要らない」らしい。確かに教師だと私情では動けないから仕方ないか。迷惑かけると湊ねぇに悪いし。
「そうじゃない。俺はあれが義兄になるのは認めない。あんな湊ねぇ狂いの変態教師が家族になるのは嫌だ」
「みっちゃんは湊ねぇが絡まなきゃいい人だよ。よし、出来た。響、お弁当作ったから忘れないでね」
響のお弁当は早弁と昼弁の二つ。あと、部活前にパンとか食べてる。そんなに食べてよくもまあ太らないものだ。羨ましい。
支度を済ませるとりっちゃんを迎えに行った。といっても隣だから直ぐそこなんだけど。出てきたりっちゃんは今日も綺麗。私はぎゅっと抱き付いた。
「どうしたの?望からなんて珍しいね」
「ちょっと精神安定を図りたくて」
産まれた時からずっと一緒のりっちゃん。お互い居るのが当たり前になっているから、気持ちを落ち着かせるのにこれ以上の相手はいない。
「うん、よし。行こうか」
「なんか良く分からないけど、望が満足したなら良いわ」
緊張で普段より口数の少ない私を心配していたけれど、これからやろうとしていることを言うわけにはいかない。絶対、響と同じこと言われるに決まっているから。「望には無理!」と頭から否定はしないだろうけど、良い顔はいないはず。
深呼吸をしてドアに手をかける。心臓の音が耳まで届くようだ。
意を決して教室に入り大路君を探したが、その姿は無かった。安堵からなのか、ため息が出た。
いや、ダメでしょ安心しちゃ。なんのための決意なのさ。
その時、複数の高い声が聞こえてきた。振り向けば大路君が昨日と同じように、女子に囲まれてこちらに歩いてくる。
う、うわっ。来ちゃった!
慌てて隅に寄り、俯いて通りすぎるのを待った。大路君を囲っているなかの一人が私に気付き、声をかけてくる。
「山下さん、今日は地味だねー。王子の気を引くの諦めたの?」
「やめなよー、本当のこと言ったら可哀想じゃん」
……よくもまあ、朝からくるくると口が回ること。気を引くのに必死なのはそっちじゃない。そう言えたらどんなに楽か。
私は何も考えず、浴びせられる言葉を心に入れないようにした。こんなふうに絡んでくるのは今だけだ。そう思えば耐えられる。
「煩い」
大路君は冷たく言い捨て、自分の席に行ってしまった。残された女の子達はなぜか盛り上がる。
「冷たい王子もカッコイ~!」
「あの蔑む目が最高!」
……どうやら彼女達は新しい扉を開けたようです。なんでもありなの!?
幸せそうで良いなぁ。悩みなんてないんだろうなぁ。
いつの間にか私に対する彼女達の関心は無くなっていた。みんな新生王子に夢中で、私はどうでも良くなったらしい。
助かった。……これって大路君、また助けてくれたのかな。ううん、まさか。都合良く考えすぎだよね。
とにかく挨拶、挨拶をしなければ!
大路君は席に座って、また外を見ている。私は緊張しながらも近付いていった。
「お、大路、くん。おは、よう……」
絞り出すように出た言葉は、声をかけた相手にしかに聞こえないくらい小さく頼りない。
大路君は私を見て一瞬驚くと、視線をまた外に戻す。私は何事も無かったように席に着くと机を凝視した。
これはあれだね、無視と言うやつだよね?
確かに構わないでって言ったよ?大路君も話しかけないって言ったよ?だけど無視ってあなた、そりゃないよ!私のミジンコ並の勇気を返せ!
昨夜の決意は紙っぺらのように風に吹かれて飛んでいった……。
このままじゃ駄目だ。この程度で諦めてどうする。攻めて攻めて、攻めまくるのよ!
新な決意を胸に、帰り際「また、明日ね」と声をかけた。無視された。
翌日も朝・帰り際に声をかけた。無視された。
三日目にもなるとこちらも意地になっていて、先に登校して大路君が来るのを待ち構える。
「大路君、おはよう」
何度も挨拶をしていると言葉が淀むこともなくなり、スムーズになっていた。大路は諦めたように「おはよう」と返してくれた。
挨拶を返してくれたことが嬉しくて、誰にも見えないように小さくガッツポーズを作った。
「響、聞いて!大路君がやっと挨拶してくれたの、私やったよ!」
私は早く言いたくて、部活で疲れて帰った響に玄関で報告していた。上機嫌な私とは対照的に目を見開いた響。バッグが肩からどさっと床に落ちた。
にこにこな私をみて、頭を抱える。
「男って王子かよーーーー!!」
響の絶叫は家中に轟いた。
作者が暗いと書く内容も暗くなるみたいです……。
小学生の学年は1・2→低学年。3・4→中学年。5・6→高学年としています。