17話
よろしくお願いしますm(_ _)m
「ちょっと顔かして」
登校して一発目に呼び足しを食らいました。まだ教室にも着いていない昇降口での呼び止め。
りっちゃんは日直だからと先に行って私一人。そこを狙われたみたい。
毎日チェックしている今朝の星座占いは確かに最下位だった。ラッキーアイテムは“白い猫”だったので、いつも以上に姫を愛でてから家を出た。
完璧なはずだったのに、どうしたこれ。やっぱり占いなて嘘っぱちだね。姫の力が及ばないなんてこと有り得ない。だって姫は我が家のアイドル。私をどこかに連れていこうとするこの人達に負けるはずがない。
と、現実逃避をしてみるが、当たり前だけど状況は変わらない。
う~ん……。よし、逃げよう。
そうと決まればダッシュだ。「あ、先生」と目線を流せば釣られるようにそちらを向く彼女達。
走るのは本当に得意じゃないけど、平均女だからって嘗めないでよ!
「待ちなさいよ!」
待つわけないですよね?待ったら見逃すのなら待つけど、絶対見逃してくれませんよね?だから全力で逃げます!
幸い登校時間真っ只中なので生徒が多く、間を縫うように走って無事教室に入る事が出来た。さすがに彼女達も教室までは来なかった。
いつも通り大路君に挨拶をして、睡魔と戦いながら授業を受ける。昼休みになると珍しく焦った様子でりっちゃんが来た。
「望お願い、この課題放課後手伝って!終わるまで帰るなって言われてるの!」
それは古典の問題集。りっちゃん唯一の苦手科目だった。
「……今度は何やったの?」
「宿題忘れただけよ、なのにこんなに課題出された!」
忘れただけって……。それ、何度目ですか?私が覚えているだけでも今学期10回目だよね?
とうとう先生の我慢が限界だったんだろうな……。
「いいけど、自分用やらなきゃ意味無いからね?分かってる?」
「分かってます~」
本当かな。そう言って前は私の答え丸写ししたよね?
「あ、王子!あんた毎回学年上位者なんだから私を手伝いなさいよ」
どんだけ上から目線ですか!?溺れる者は藁にもすがるって言うけれど、すがりどころが間違ってない?
私は大路君にそっと目配せをして、断るように促した。少し間を置き「分かった」と受けてしまう。
「あ~、これで安心ね。望、晩ご飯はアボカド丼が良いな」
鼻唄混じりで自分の教室に戻ったりっちゃん。ちゃっかり晩ご飯のリクエストまでしていった。抜かりないな……。
我に返った私は急いで携帯を取り出し、素早く大路君にメッセージを送る。
『断って良かったんだよ?りっちゃんの勉強に付き合うの、本当に大変なんだから!』
『大丈夫。一人より二人の方が早く終るし、斎藤も逃げられないだろ?』
た、確かに!「疲れた~、ちょっと散歩」と言って行方を眩まされたこと数回。「私は今を生きてるのよ!古典なんて必要ないでしょ!?」と逆ギレされたこと数回……。
普段は凄く良い子なんだけど、なぜか古典が絡むと性格が変わってしまうりっちゃんを、大人しく机に座らせて置くのは至難の業。ここはお言葉に甘えさせて頂こう。
『今度大路君の好きな物作ります』
『期待してる』
今更だけど携帯って便利!人に注目されることなくやり取りできるなんて、考えた人天才!
放課後、りっちゃんは鼻息荒くやって来て、「机、借りるわよ」と私の隣の席の子に声を掛けつつ机を移動させていた。
ごめん、本当にごめんなさい。代わりに謝ります。呆然としたその子にペコペコ頭を下げると、苦笑いをしながら帰っていった。
「で、範囲は?」
「ここから、ここまで」
「……たった5ページだろ。さっさとやればすぐ終わる」
「あんたからしたらそうかもしれないけどね!私にとっては1ページだろうが5ページだろうが地獄の道のりなのよ!」
……目を離した隙に勉強じゃなく、プチバトルが勃発していた。りっちゃんを落ち着かせ、どうにか取り掛からせたのは良いけど、中々進まない。
綺麗な顔に苦悶を浮かべ、泣きそうに唸っている。
「どこに引っ掛かったの?」
「ここ。古典の文法ってなんだっけ?未然形、連用形?」
「……りっちゃん、それ基本だよね?高1でやったよ……」
「覚えてない。私きっとその授業休んだのね」
そんな自信満々に言うことじゃないよ……。私達1年のときクラス一緒だったから覚えてるけど、りっちゃん確実にその授業受けたから。
最初は辛そうに問題を解いていたりっちゃんだけど、大路君の教え方が凄く上手くて、あと半分まで進んだ。
さすが学年上位者。同じ秀才の航にぃとは大違いだね、人の善さが滲み出てるよ。航にぃは計算問題は途中の式を書けって表記されてなかったら、式を書かずに答えを書いちゃう人。つまり、勉強を教えるのがドヘタ。
私の家庭教師は航にぃじゃなく、その友人でりっちゃんの恋人である卓さんだった。
航にぃと卓さんは大学の友人で、我が家に良く遊びに来ていた。そしてりっちゃんが一目惚れ。現在の関係に至る。
良い人なんだぁ。朗らかで優しく驕らない正しく理想の兄。対して実の兄は妹溺愛変態バカ。湊ねぇが名付けた。
「卓さんに教えてもらえば良いのに」
「何言ってんの。卓くんにこんな情けない姿、見せられないでしょ!」
ボソッとこぼしたら過剰な反応が返ってきた。
いや~、今さらだと思うけどなぁ。
「あ~っ、もう!ウザいのよ視線が!!」
あ、りっちゃんの限界だ。
教室にはまだ生徒が残っていて、優れた容姿をもつりっちゃんと大路君はかなり注目されている。
おかげで私の姿は霞み、見えていても脳が認識しない存在となっていた。目立つ人が複数いると、モブは近くにいても消えるらしい。新発見だ。
「ちょっと休憩しよう。りっちゃん、何飲む?」
「ウーロン茶。できれば黒ウーロンが良い」
「学校の自販機に黒ウーロンは有りません。……お、大路、君は?」
わーん!やっぱりどもった!
人がいるって意識するとどうしても普通に話せない。ごめんよー。わざとじゃないんだ、条件反射なんだよー。
引きつった笑みで訊くと、大路君は笑った口元を隠しながら「炭酸なら何でも」と言った。
「じゃ、じゃあ。行ってくる、ね」
財布と携帯を持って自販機に向かった。
歩きながら携帯をいじるのはいけません。でも、人が居なければ何かあっても自業自得だよね。開き直りバンザイ。
『さっきのはわざとじゃないんだよ、ごめん!』
『大丈夫、分かってるよ』
優しい過ぎるよ大路君!響に使われ、りっちゃんに使われ。それでも怒らないとは、人間が出来てるってこう言うことを言うのかな。
目的の物を買い、戻ろうと廊下を歩いていると呼び止められた。知らない女子生徒だったけど、上履の色が同じなので同級生なのは間違いないと思う。
彼女が言うには、みっちゃんに呼んでくるように頼まれたと言うが、怪しい……。
「分かった。一度教室に戻ってから大木先生のところに行くよ」
「ダメよ!早くって言われたんだから!」
無理矢理腕を引っ張られ、みっちゃんが良く居る準備室に連れてこられた。でも、中には誰もいない。
「あれ~、おかしいなぁ。電気点いてるし、もしかしたら資料室かも。山下さん、見てきてよ」
「なんで私が?」
「良いから、飲み物おいて早く!」
準備室の中には出入口とは別にドアが一つある。そこは資料室で生徒は滅多に入らない。
渋々中に入ると、やっぱり誰も居なかった。
カチャンっ!
驚いて振り返ると、鍵を閉められていた。ここの鍵は外からしか掛けられない。室内からは鍵が掛けられない仕組みになっている。
「ちょ、ちょっと!」
「いい気になってんじゃないわよ、ブス!隼と同小だからって調子に乗るな!ここで反省してろ!」
準備室のドアを施錠する音が聞こえ、廊下を逃げるように走る足音が遠ざかっていった。