14話
よろしくお願いしますm(_ _)m
『噂をすれば影』という諺がある。最近よく奥村君の話をしていたから、きっと本人が現れたに違いない。諺って凄い。良くできてる。なんて感心していられたのは束の間。奥村君が居なくなってやっと息が吐けた。
「望先輩、奥村先輩と知りあいだったんですね」
「うん。小学校の同級生なの。……葵ちゃんの高校の王子って、奥村君だったんだね」
葵ちゃんの高校の人気者は奥村君だった。主人公は何年たっても主人公らしい。
しかし、困ったことになったよ……。
「どうするんですか?」
「どうしたら良いと思う?」
「私が言えることは、響には言わないほうが良いってことだけです」
だよね~と苦笑いで答えた。実に五年ぶりに会った奥村君に、話がしたいから今度会いたいと言われてしまった。二人きりが嫌なら、響かりっちゃんと一緒でも良いとは言っていたけど、それ、なにルートですか?自爆?破滅?死亡?どれもろくな結果が見えないんですけど。
無理やり手渡された連絡先が書かれた紙を見る。まるで破滅へのチケット。このまましらばっくれることも出来るけど、なんとなくそれはしちゃいけない気がした。
「はぁ~……。あ、大路君、おはよう」
「……おはよう」
奥村君に返事が出来ないまま数日が経った。響にもりっちゃんにも言えなくて、私の溜め息ばかりが日に日に増えている。
手帳に仕舞い込んだの連絡先が、紙のくせにやけに重く感じられた。
「じゃあ大路君、また明日」
「……うん」
毎日同じやり取り。挨拶くらいなら誰も気に止めない。大路君は放課後になっても溜め息ばかり吐く私を不思議そうな目で見てきたけど、理由を訊かれる事はなかった。
訊かれてもこれは答えられないから助かっている。
鞄を持ち昇降口に向かう途中、以前同じクラスだった同級生に呼び止められた。
「え、私を?」
「うん。裏門で待ってるってさ。あの人誰?超かっこ良かった。まるで王子みたいでさ~」
血の気が引く。私を待つ大路君並みの顔面偏差値を持つ知り合いなんて、一人しか思い当たらない。
お礼を言い、靴を履き替えると急いで裏門に回る。そこには予想通りの人が門にもたれ掛かっていた。
「お、奥村、君?なんで、ここに?」
対大路君ならどもることも少なくなってきたけれど、奥村君にはまだ慣れないようだ。
奥村君の三白眼が鋭く光った……気がする。視線が交差した瞬間、ヒュッと息を飲んだ。どこまでも見透かすような強い視線が、体を拘束する。
「連絡、待ってたのに全然来ないから俺から来てみた」
余計なことを……!普通待つよね?!姫だって私の帰りを大人しく待てるというのに、貴方は人間でしょうが!と言いたい。でも、そんな勇気はこれっぽっちもない。
「ご、ごめんね。色々考えてたら、連絡、出来なくて……」
「だと思った。……斎藤と弟には言わなかったんだ?」
「え?う、うん」
良く分かったねと言うと、りっちゃんと響に言っていたら、私はここに来られないはずだと言われた。奥村君、正解。言っていたら監視付きの軽い監禁コースだから。しばらく私に自由は訪れないから。
「ここじゃなんだから移動しよう。ほら、行くよ」
「は、はいっ」
無言のままずんずん歩く奥村君の後を必死に追った。焦るように進む奥村君の歩調は早くて、追い付いた時には若干息が上がっていた。
運動不足だ……。歩くだけで息が上がるってヤバイよね。響と一緒にジョギングでもしようかな。
「あれ、ここ」
「懐かしいよな。あの頃は良く皆で遊んでた」
息を整えつつ見渡すとそこは小学校近くの公園で、今もランドセルを背負った子供たちが走り回っていた。地面にランドセルを置いて遊具で遊ぶ子も居る。
あの子達と同じように私と奥村君も放課後、同級生とこの公園で遊んでた。
公園の奥のベンチに並んで座るも、奥村君は話さない。どうしたものか……。
「あ、あの!」
「山下」
「あ、はい!」
沈黙に堪えられず話しかけるが、呼び掛けられ思わず返事をする。奥村君はいきなり「ごめんな」と謝罪したので、私は驚き戸惑った。前文なく謝られても、意味が分からない。
私の理解力が足らないからではないと思いたい。
「ずっと謝りたかった。山下のことを忘れた日はない」
「あの、えっと……。あ、謝るって、あの時のこと、だよね?それなら私の家まで来て謝ってくれたじゃない」
奥村君は両親と一緒に謝罪をしてくれたにもかかわらず、私が退院するとその日のうちに一人で家まで来て謝ってくれた。
当時、小学六年生の彼にとってはとても勇気のいることだったと思う。
「でも、山下は「大丈夫だから気にしないで」ばっかりで、俺を受け入れてくれなかった。まるで早く忘れて欲しそうに……」
「わ、忘れて欲しかったんだよ。私、なんかの事で、奥村君がずっと悩むのは私も嫌、だったから……」
もう私の事なんて忘れていると思った。そうなら良いと思っていた。でも、奥村君は忘れていなかったばかりか、今もあの事で苦しんでいる。どうすれば奥村君の気持ちを叶えられるのかな。
「しゃ、謝罪を受け入れれば、奥村君は、もう苦しくない?」
「いや、苦しい。もうずっと苦しいよ」
そんな。じゃあ、私はどうすれば良いの?人とのコミュニケーションを避けてきたツケが回ってきたんだろうか。他の人はこんなとき、どうやって話を聞いてあげてるのかな。あ~、私って本当に役立たず!
「お願いがあるんだ」
「お願い?それを聞けば、奥村君は苦しくない?なら、私に出来ることは少ないけど……。教えて?」
そう答えると奥村君は私に向き直り、頭を下げた。また謝罪なのかと思ったけど違うようで、耳は真っ赤に染まっている。
「もう一度、やり直させてくれ。友達からでいい。無関心は嫌だ。俺をちゃんと見て、答えて欲しい」
「えっと、な、何を?」
「ずっと好きだった。あの時はからかわれてどうすれば良いのか分からなかったんだ。好きでも嫌いでもないって言われて、悲しくて悔しくて、ムカついた。……だからって俺のやったことは許されることじゃないけどさ。だから今度は山下との繋りを大切にしたい。子供の時とは違う俺を知って欲しい」
「は?え、な、えっ!」
わ、私は今、告白されてるのでしょうか?
顔を上げた奥村君の目は真っ直ぐ私を射ぬいた。真剣な眼差しを受け、きゅっと心臓が捕まれる。
「山下さん!」
「えっ?今度はなに?」
弾けるように顔を向けると、公園の入口から大路君が焦った様子で近付いてきた。唐突に現れた大路君によって緊張が切れる。
ほっとする間もなく、その表情を見て身がすくむ。初めて見る大路君の怒った顔はとても綺麗だった。