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墓参り

けいの部屋の障子を閉め、ため息を一つ吐く。

暗い顔のまま叔父たちに会うわけにはいかないと、たまきは気持ちを切り替えて口元に笑みをこさえた。


***


広間への戸を開けると多くの人の視線が集まった。

「おお、たまきちゃんか!」

初めに声をかけてきたのは、京の父親の弟、京の叔父にあたる雅博まさひろだった。

「こんばんは。お久しぶりです。」

頭を一つ下げて広間へ足を踏み入れ戸を閉めると、雅博の向かい、たまきのすぐ下に座る雅博の長男 智彦ともひこが両腕で体を支えてたまきを見上げた。

「こんばんは。京の様子、どうだった?」

「落ち着いていますが少ししんどそうでした。」

「そっか。落ち着いているなら上々かな。」

智彦は医者で、夏祭りの場に偶然居合わせたお陰で京はすぐに適切な処置を受けられ、命拾いをしたのだ。

たまきは改めてお礼をした。

「先程は本当にありがとうございました。智彦さんが居てくださらなければどうなっていたことか、考えるだに恐ろしいです。」

たまきが頭を下げると、智彦は笑いながら手と頭を振り、

「いやいや、感謝すべきはあいつの強運だよ。今まで何度も発作を起こしてるけど、どの時も偶然僕が居合わせてんの。凄いでしょ。それに僕は医者として当然のことをしたまでだし。たまきちゃんが感謝することじゃないよ。元はと言えばあいつの無断外出がいけないんだしね。」

「外に、出たかったんだと思います。たしかにこの歳まで彼、一度も出たことがなかったですから。」

「まあ、ね。許可なんか下りないだろうから、言わないのも当然か。次からは、たまに外に出さないとな。いくら強運の持ち主でもそう何回も居合わせられないし。これでも忙しい身なので。」

はは、と人のいい顔で笑って言った。

短く刈った髪や屈託の無い笑顔が爽やかな好感の持てる若者で、たまきも話しやすい彼が好きだった。若者といっても、もう三十三だが。

「京兄さん、また何かあったの?」

「こら祐輔ゆうすけ!卓に肘をつかない!」

雅博の弟、京の父親の弟でもある晶紘あきひろの次男の祐輔が肘をついてたけのこを口に運びながらさして驚いた風もなく言った。京が体調を崩すのはよくあることなので無理もない。肘をつく祐輔を兄の陽輔ようすけがたしなめた。祐輔が黙って肘を下ろす。

「発作起こしたんでしょう?」

雅博の三男 晴彦はるひこの言葉に智彦が首を縦に振る。

「京も辛いだろうね。もう十九でしょう?それで引きこもってばかりって。俺だったらとっくに家出してるね。」

「いや、たしかまだ十八のはず」

雅博の次男 篤彦あつひこの言葉を晶紘が訂正する。

「ん、初、お手洗い?」

陽輔が声をかけた先、部屋を出ようとしている少女は晶紘の長女、陽輔と祐輔の妹の初だ。初は首を横に振って、

「中を見てくる」

つまらなさそうな顔でテトテトと出て行った。

「男ばかりで退屈だったかな?」

雅博が酒を片手にかかかと笑い、

「かもしれませんね」

たまきも笑ってそれに答えた。


***


少し話して、雅博と晶紘の奥方が台所から戻って来たので挨拶をし、自分も家で夕食を摂る為別れの挨拶をして部屋を出た。

「京ちゃんにも挨拶してから帰ろうかな」

寝ているかもしれないが顔をみるだけでもいい、そう思いたまきは京の部屋へ行った。

京の部屋の障子の前に立ち、そうっと指三本分くらい開け中を覗き込んだ。

(あれ…?)

障子を自分の肩幅まで開くと布団の中はもぬけのからだった。

「京ちゃん…!」

また何かしているのではないかと、たまきは心臓が止まる思いがした。

(待って、落ち着こう。だってお腹が空いて何か食べにお台所へ行ったかもしれないわ。お手洗いへ行ったかも。)

この屋敷は広いから廊下ですれ違わなくても不思議ではない。何か食べるとしたら広間へ行くだろう。お手洗いへ行った可能性の方が高いと検討をつけ、たまきは障子を閉めて歩き出した。

曲がり角まで来た時、曲がった先から

「お兄さん、具合わるいの?寝てなきゃだめだよ。良くならないから」

心配そうに誰かに声をかけている初の声が聞こえ、たまきの心臓は早鐘を打った。

(まさかまた動けなくなったんじゃ…)

今心配そうな声をかけられるのは京くらいだろう。そこに京がいると確信したたまきは曲がり角を飛び出した。

そこには初と、しゃがんだ京がいた。京はたまきの顔を見て驚きはしたが、苦しそうな様子はない。たまきはほっと胸を撫で下ろし、京を叱るべく息を吸い込んだ。


***


陽輔は朝から初の様子がおかしいことに疑問を抱いていた。障子を開ける音で目を覚まし、覚めたはいいがまだ暗く誰も起きていなかったのでそのまま布団で寝そべっていたのだが、少しして帰ってきた初は思い詰めた顔で視線を忙しく移ろわせ、布団に入ると頭から薄い掛布を被ってしまった。

お化けにでもあったかと思ったが、朝食の場でお墓参りの話になった時

「京はどうする?昨日倒れたばかりだし歩かせるのはどうかと思うが」

むすっとした顔の京の父親、英尋ひでひろへ雅博が言った言葉に反応したので、

「そうだ、初。ちょっとおいで」

今用事を思い出したような顔をして初を廊下に連れ出した。初は上目遣いに不安そうな視線を陽輔へ向けていた。

広間から少し離れた場所で、

「初、何かあるならお兄ちゃんに言ってごらん。」

しゃがみこんで目の位置を合わせると、初は迷うように目を逸らした。

「でも…」

ちら、ちら、と陽輔の顔色を伺う。

陽輔は柔らかく微笑んで初の言葉を待った。

「言っちゃ、だめって…」

ぎゅっと眉間にしわを寄せて俯く。

「初、誰に頼まれたの?」

「青いおきものの、お兄さん」

「京か」

それならばどういう内容かは大体想像がつく。

「朝、そのお兄さん、苦しそうにしてなかった?」

初へ問いかけると、初ははっと青ざめた顔を上げた。怯えたようなほっとしたような不安に満ちた目で陽輔を見つめる。陽輔は初の頭に手を乗せて大事に撫でた。

「京が心配だったんだよね。不安だったんだよね、でも約束を守ったんだね。えらかった。京には僕から話しておくから安心して。」

初はくしゃりと顔を歪めて、ふえ、と陽輔の服の袖を掴んできた。陽輔はそんな初を優しく抱きしめた。


***


京の部屋の戸を開くと、京は障子に背中を向けて寝ていた。

「京、ちょっといいかな。入るよ」

声をかけると頭を向けて、

「…陽輔兄さん?どうかした?」

上半身を起こして不思議そうに陽輔を見上げた。僅かに警戒しているように見えるのは気のせいではないだろう。

「京、どうして初にあんなことを頼んだんだ。初はすごく悩んだんだぞ。万が一その後京が発作を起こしてたら、初は一生自分を許さない。止められても誰かに伝えるべきだったと自分を責める。まだ七つだがしっかりした子なんだ、小さいから大丈夫だろうなんて思ってもらっては困るよ。」

京は項垂うなだれて小さく、ごめんなさい、と言った。

「心配、かけたくなくて。初には後で謝るから。」

反省しているのを見てとり、陽輔は先程までの厳しい顔を曇らせ一番気になっていたことを尋ねた。

「…多いのか、最近」

京がゆるりとかぶりを振る。

「ほとんど無いけど、時々、ね。苦しくて立っていられなくなることがある。少ししたらおさまるような軽いやつだけど。何もしなくてなる訳じゃないからそんなに怖くはないよ」

陽輔を安心させようとしているのか本当に大したことでは無いのか、柔らかく微笑んで言った。

「今日のは何でだ?」

「何って?」

「原因だよ。何もしなかったらならないんだろう?」

「ただ怖い夢を見ただけだよ。」

やはり笑って京はそう言った。

いつも何かを隠しているからか、陽輔にはどうも嘘をつかれた気がしてならなかった。

詮索はしない。

秘密は誰にだってあるものだ。わざわざ聞くこともないと思う。本当を言うことが正義だとは思わない。

話題を変えるため、陽輔は墓参りの話を出した。

「今日みんなでお墓参りへ行くけど、僕は京は留守番してた方が良いと本当は思うんだ。昨日の今日だし。」

「そんな!こういう時しか外へ行けないのに」

「そう言うと思ったから叔父さんたちには僕がちゃんとみてますって言っておいた。」

「本当!?」

「無理は禁物だからな。休みながら行って大丈夫だから。叔父さんたちも分かってる。」

「ありがとう。陽輔兄さん」

嬉しそうににこりと笑った顔はさっきの笑顔と全く違って、無邪気で、本当に嬉しそうな明るい笑みだった。陽輔はほっとし、そんな顔も出来るのだとつられて笑みをこぼした。


***


叔父たちが和やかに話す遥か後ろで、京は母・美月と相合傘をしつつ陽輔と並んで歩いていた。

先祖代々の墓は屋敷から歩いて一時間弱のところにあり、京としてはかなり遠かった。また坂が多くこれも辛い。膝に手を置いて休む京を見かねた篤彦がおぶろうかと言ってきたが、京も十八の男だ。見栄やプライドがある。

墓地の手前の長い坂を登りきると、所々青い草が生えた砂利の空き地に出た。空き地の向こうには木々の生い茂る林が陽の光に輝いている。汗ばんだ首や背中に涼しい風が吹きつけ、髪の毛をふわりと浮き上がらせた。

「ああ、涼しい」

「気持ち良い」

美月と陽輔が生き返る心地で歓声を上げる。

京は空の向こう、風が吹いて来た方向を見た。

今日は屋根も障子も縁側も無い。

遮るものは何も無かった。

眼下に街が見える。

「おーい!そこの三人。掃除始めるぞー」

林を分ける小道から雅博が声をかけてきた。

「はーい!美月さん、京、行こうか」

陽輔の言葉で三人は坂に背を向け、京は後ろ髪を引かれながら歩き始めた。

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