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初めての外出

しゃらしゃら、と、梢を鳴らして風が吹いて、戸を全て開け放っている彼の寝間に、涼しいそよ風が吹いてくる。

京は読んでいた本から顔を上げ、今しがた吹いた風の出処を探すように外を見た。

手を伸ばせば届く距離に日向があって、暑い夏の太陽がじりじりと照りつけている。

澄み渡る空も広がっている。

太陽のせいか、今日は一段と青い。

「はあ。」

手を伸ばせば、外なんてすぐに手が届きそうなものなのに。

伸ばすことを許さない体の不調が、夏の暑さでいつにも増して辛い。

それを思うと歯がゆくて、いつもいつもため息を吐いてしまう。

でも今日は、出て行くのだ。いつも、見ては憧れた外へ。

両親は許さないだろうから、誰にも言わずに行こう。何てったって今日は夏祭りなのだから。



ばれないようにこっそり屋敷を出て、しばらく歩くと賑わう祭りの音が聞こえてきた。

外を歩いたことが無かったから、人も、建物も、何もかもが新鮮で、わずかに開いた口が閉じられない。

色々なところに提灯がぶら下がっていて、その明かりが周りを紅く照らしている。照らされたリンゴ飴やあんず飴がきらきらと宝石のような輝きで、子どもたちの目に映る。

ほかにも焼きとうもろこしや何やら知らないものまでたくさんの屋台が軒を連ねて彼の前に伸びていた。


ヨーヨーの水槽。

金魚の水槽。

わなげ。

硝子の髪飾り。


どれも鮮やかに彼の目に映った。

でも。

「……ふぅ…」

思い出したように息苦しさがくる。

胸がまったりと、重い。

「どこかで、休もうか。」

すぅ―…と汗が引いていく。

かわりに、じっとりとした嫌な汗が吹き出してきて、体が冷えてふるっと肩を震わせた。

「すう…はあ…すう…はあ…」

気持ちが悪くなってきて、苦しさを和らげようと深く呼吸を繰り返す。

でも一向に治まる気配がない。

屋台がきれた人気のない暗い場所にケイはうずくまって、ひたすら、自分の弱い心臓が止まってしまわぬように掻き撫ぜて、励ました。

(お願い。止まらないで。お願いだから僕を苦しませないで。早く元に戻って。)

唾を飲み込んで、それでも消えないむかつきに不安が募る。

(嫌だ。吐きたくない。)

それに、今力んだら本当に心臓が止まってしまう。

「…あ、ぅぐ……なんでよ、もう…」

息が苦しい。


「あの。大丈夫ですか。そちらの方?」


不意に聞き慣れた声がした。

可愛らしい、鈴のような高い声。

「気分、悪いんですか?誰か呼びますか?」

心配そうに眉を寄せて、右に左に首を傾げて揺れている。

「たま、き、ちゃん…?」

暗がりで良く見えなかったようで、若干身を引きつつ近づいて来た。

雲が流れて月が顔を出す。

さあっと光が降り注いで、驚いて固まっているたまきの顔を明るく照らしだす。

「な…んで!京ちゃん、こんなところに!」


慌てて駆け寄って京の肩を支えた。

大きく上下する肩を抱え込み、たまきが悲鳴に近い声をあげる。

「発作?苦しいの?どうしよう…!!」

泣きそうな顔でどうしよう、どうしよう、と繰り返して、腕を小刻みに震わせる。

本当は死ぬほど辛かったけれど、何とか笑顔を作って、肩にまわされた手を取った。

「大丈夫、発作じゃないから。歩いていたら疲れちゃって休んでいたの。」

そう言うケイの顔は堪えるように引きつって、尋常じゃなく真っ青だ。

たまきは不意に顔を歪めてぽろぽろと涙を零した。

「ごめんね…何の役にも立てない…ケイちゃんに気を遣わせて……ごめんね。」

「たまきちゃん…」

きっと黙って家を出てきた罰が当たったのだ。

たまきを泣かすことは京にとって何にも勝る罰だった。

「たまきちゃん、僕こそ、心配かけてごめんね。もう、帰ろうか。……でも、ちょっと待っててくれる?…今は…立てなくって…」




そう言ったきり、口がきけなくなった。




「っ……はあっ……う゛、…あっ…!」

「京ちゃん!」


ドッ、クドックドッ…ドドッ、ク……


心臓がいよいよおかしくなって


痙攣しているのか


拍が乱れて


意識がもぎ取られた



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