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さくらの季節   作者: 木内杏子
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先輩とキス

 月日は流れ、5月初旬。

 放課後、私は小走りで音楽室へと急いでいた。捻挫もほぼ治ったが、まだ少し痛む。


 遅れたら先輩たちに注意されてしまうので重いカバンを背負って、二階の教室から4階の音楽室へ。


 今日は明希先輩と話せるだろうか。1人ニヤニヤしながら。


 実は4月の終わりの方、私は吹奏楽部に入部した。パートはトロンボーン。クラリネットとかサックスとかも吹きに行ったけれど、どれも音が鳴らず、結局トロンボーンが一番吹けたのだった。


 同じパートには、同級生の北川芳佳ちゃんと永見ルカさん。芳佳ちゃんとは仲良くなれたけど、ルカさんは近づき難くてまだ少ししか話したことがない。


 2年生も3人で安東芽衣先輩、鹿原良樹先輩、そして山野辺明希先輩。芽衣先輩はスタイルが良くていつもポニーテールをしている。良樹先輩は真反対のぽっちゃりメガネ男子だ。


 3年生も1人で木田佳奈先輩。みんなをまとめるパートリーダーだ。


 ちなみに、あの沙耶先輩はユーフォニウムを吹いている先輩である。ここ一週間、私はあの舌打ちをされてからちょっと警戒しちゃっていたのだが、挨拶をすると笑顔で返してくれるので安心していた。


 私は音楽室について、靴を脱いで後ろのドアから一番後ろの席に滑り込んだ。


 それに明希先輩はすぐ気付いたようで、


「あ、さくらちゃん、今日も遅いな〜」


「すみません! 掃除が長引いちゃって……」


 点呼が始まり、明希先輩はウインクらしきものをして前を向いた。


 今日はどうやら3年の佳奈先輩は塾なようで、代わりに安東先輩が点呼に応じた。


 点呼が終わると素早く楽器を取りに行かなくてはならない。その途中で他のパートの先輩に会ったら必ず挨拶……。


 上下関係が厳しい吹部の規律に慣れて来てこの挨拶が飛び交う楽器置き場にも慣れた。


 自分の楽器だけでなく先輩の楽器や譜面台、譜面の入ったファイルやメトロノームも後輩が運ぶ。私は譜面やら楽器を明希先輩に渡す瞬間をいつも楽しみにしていた。


 パートごとの教室__トロンボーンパートは3年生2組の教室だ。そこに楽器を運んできたらいよいよ先輩に渡せる……今考えたらこんなちょっとのことで嬉しく思うなんて、なんて純粋だったのだろうと恥ずかしくなる。


 でも、今日はいつもと違った。


 沙耶先輩が明希先輩といたのである。


 なんでここにいるのかな……。まだ他の2年生の先輩は教室にはおらず、両手は塞がっているので足でドアを開けようとしたその時だった。


 沙耶先輩が背伸びをした。沙耶先輩の唇が明希先輩の唇に……。


 私は頭が真っ白になった。


 ガシャーン!!


 持っていた譜面台が床に落ちた音がした。


「譜面台さん、すみません!」


 咄嗟に大声で言ってしまった。吹奏楽部では楽器をぶつけたり、小物を落とした時はその物に謝りながら撫でたり拾ったりするのが決まりとまではいかないが慣習だったのだ。


 2人がゆっくりとこちらを見た。

 目が合ってしまった。


「す、すみません!」


「みたの?」


 沙耶先輩が口もとだけ笑って言った。目は……笑っていない。


 私ははい、ともいいえ、とも言えず立ちすくんでいた。


「別にいいよ、練習! 練習! そんな一気に持ってこようとするから物を落とすんだよ。大切に扱ってね」


 明希先輩はそういった。


 その時は気づかなかったが、先輩が標準語で話していた。いつもはへんな関西弁なのに。


 沙耶先輩は、私を一睨みして立ち去った。


 他の一年生が来るまで、気まずい雰囲気が流れた。



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