優しさにつけこんで
奏音くんに手をつながれたまま学校を出た私は引っ張られるままに黙って歩いていた。どうしたらいいんだろう。奏音くんが口を開くまで私は何も言えなかった。
ふいに奏音くんが足を止めたから、私も止まった。そして振り返って、真剣なまなざしで私を見た。
「ちゃんと言わなくてすみません。好きです。僕……いや俺は、桜先輩のことが好きです。桜先輩はまだお兄ちゃんのことが好きかもしれないけど、それでもいいんです」
「……ありがとう」
分からない。どう言えばいいのか、どう答えたらいいのかわからない。たったそれしか言えなくて。ありがとうしかいえなくて、私は戸惑っている。今から何を話したらいい?明日からどんな顔をして接したらいいの。
「さっきはすみません。あんなことしてしま……」
奏音くんの顔がいきなりまたボッ赤くなった気がした。
「うわああああああ、なんてこと、うわ、本当にすみません、何やってるんだ僕……」
自己嫌悪に陥っている奏音くんを見て、なぜかほっとしている自分がいて、そして私は笑ってしまった。
「あはははは!」
奏音くんもそれにつられて笑っていた。うん大丈夫。明日からもちゃんとやっていける。
別れ際に、奏音くんは本当に真剣に私を見つめていった。
「先輩が本当にお兄ちゃんのことを忘れることができたなら、僕はもう一度先輩に告白します。それでは」
奏音くんはそう言ってそそくさと家に入ってしまった。
まだドキドキしている。というか、これファーストキス……。ああ、なんてことをされたんだろう。でも、嫌じゃなかった。逃げようと思えば、逃げられた。突き倒すとか机を蹴るとか。本当に嫌だと思ったらそうできるはず。実際浦川先輩の時もそうしてしまった。勝手に体が動いて、浦川先輩を突き飛ばしていた。
◆◆◆
あれは、浦川先輩と付き合い始めて、三か月ほどたったときの朝の学校。私の朝練の時間に合わせて、先輩は登校してくれていた。いつも先輩が手を握ってきて、それに合わせて私も手を握り返した。三か月たっても、私は明希先輩のことをまだ思ったまま、ただ流されて浦川先輩と付き合っていた。デートは何回も連れて行ってもらっていたけど、手をつなぐだけだった。
正直私はその状況にほっとしていて、ちょうどいいくらいに明希先輩のことを深く考えずに済むから良かったなどと呑気に考えていた。でも、その日は違った。いつものように手をつないでいたのだけれど、徐々に指を絡められていて、私はギョっとしてしまった。浦川先輩の方を向くと、顔をゆがめた先輩がいた。いつも穏やかな表情なのに、泣きそうに切ない顔で、わたしを見つめていた。
「せ、先輩?」
「ごめん、桜ちゃん……」
先輩は私を抱きしめようとした、私は、夢中だった。どうにかして抱きつかれないすべを考えていた。付き合っているのに、嫌だった。誰か来て、止めてほしいと思った。無我夢中で私は、先輩を思いっきり押し返していた。
先輩が傷ついてしまうなんて、微塵も考えずに。
「桜ちゃん……」
先輩は茫然としていた。ひどく傷ついた顔をしていた。その顔をみて、やっとわたしは自分が先輩を傷つけたことを自覚した。
私はひどい彼女だった。
「すみません、本当にごめんなさい、すみません!」
謝ったら許してもらえると思ったのだろうか。私は馬鹿だった。優しい浦川先輩は、泣きそうなのに笑って言った。
「謝らないで。謝られたら余計にきついから。ごめん。謝るのは僕の方だよ。分かってたんだ。桜ちゃんの本当に好きな人。でも、それでも僕のものにしたかった。もう、我慢できなかった。ごめん。別れよう。僕にとっても、桜ちゃんにとってもそれがいいと思う。別れよう」
「は……い」
◆◆◆
私はあの時、浦川先輩に甘えすぎていたんだ。先輩のやさしさだけ見て漬け込んで、彼の気持ちなんてみてなかった。
今日奏音くんに告白されて、怖かった。またあの時のように流されるまま付き合って、傷つけてしまうのを恐れた。奏音くんが待ってくれているがうれしくもあり、恐ろしかった。




