嫌いに
僕は。お兄ちゃんのことなんか、見てほしくなかったんだ。先輩の話を聞くとき、いつごろからかそう思い始めた。でも先輩はお兄ちゃんが好きで、大好きで。どれだけ傷ついても、お兄ちゃんを思い続けていた。恋の話をする先輩は可愛くて、いつも見とれた。
でも、泣いてほしくなかった。お兄ちゃんに泣かされるなんて、僕は、お兄ちゃんを許さない。
先輩の恋心を知っているのに、あんなことを平気でするお兄ちゃんなんかに、桜先輩に思われる資格はない。
体育祭が終わって、まだ熱気が残っているクラスメートが打ち上げに誘ってきたけど、僕は断ってすぐに教室を出た。楽器をささっと片付けて、桜先輩の元へ。もう僕を止められない。泣き顔を見てとっさに手を引いた時から、僕の心は暴走気味で、さらっとおかしなことを言ってしまったような気がするけど、そんなこと気にしない。
やっと探し出した桜先輩の顔はしずんでいた。頼むから、そんな顔をしないでほしい。僕もつらくなる。いつしかみた、お母さんの顔とかぶってそれを振り切るように先輩に話しかけた。
「先輩、お疲れ様です」
僕が部屋に入ってきたことに気が付いていなかったようで、先輩は顔を赤くして、もごもごといった。
「奏音くん……。今日はありがと」
そのようすが可愛くて、僕はもっと先輩に近づいた。
あの時、僕が言った言葉、先輩には届いただろうか。
「それでも、お兄ちゃんのこと、まだ好きですか」
口から心臓が飛び出そうだ。昼間の勢いが嘘だったみたいに、これを言ったらキモイんじゃないかとか色々考えてしまって、思うようにことばがでない。
「……わからない」
桜先輩はつぶやいた。やっぱり、まだお兄ちゃんのことを見ている。
桜先輩は、芳佳先輩と夏海先輩と3人で帰ると言い残して、考え込むように帰って行った。
そして僕は1人で歩いて帰った。
家に帰ると、さっきのシオリとお兄ちゃんがソファにもたれてせんべいを食べていた。
「……ただいま」
「おー…おかえり、奏」
「こんにちは、えーと、奏くん?」
シオリが振り返って、僕に挨拶をした。
「奏音です。すみませんが、帰ってもらえますか。お兄ちゃんと少し話したいことがあるので」
僕がそう言うと、シオリはムッとしたように、僕を見て、それからお兄ちゃんを見た。
こんな女子より、桜先輩のほうが百倍くらいいい!僕はますますイライラしてきた。
「シオリがいたら都合が悪いのか。さっき来てもらったばっかりなんだ」
お兄ちゃんは困ったように笑いながら頭をかき、シオリは嬉しそうにニコニコした。
「いや、今すぐ話したいんだ。早く出てってください」
僕は半ば怒鳴るようにしてシオリを追い出すと、今度はシオリと引き離されて不服そうなお兄ちゃんをつれて二階へ駆け上がって、部屋のドアを閉めた。
「なんだよ〜奏」
お兄ちゃんはおどけてはいるがイラッとしているのがわかる声音でいった。
「なんだよ、じゃねえんだよ。わかってるんじゃないの、自分が何したか」
「しらねー」
最悪だ。こいつめっちゃ最悪だ。キラキラ笑顔振りまいておきながら、興味のない子にはこんなんなの?お兄ちゃんってこんな人だった……!?
「お兄ちゃん、桜先輩に告白されただろ、そんで断っただろ、今でも桜先輩はあんたのことが好きなんだよ、気づかなかった? いや、気づいてなかったにしろ、桜先輩に彼女紹介するとか無神経なんだよ。桜先輩がどんだけ傷ついたかわかってんのかよ」
僕は知っている。お兄ちゃんが体育祭に来ると聞いて、少し笑って嬉しそうだった桜先輩を。
恋の話をしながら楽しそうで、辛そうな桜先輩を。
お兄ちゃんは黙ってうつむいた。
「嫌いになって欲しかった……。俺は、桜ちゃんに俺を嫌いになって欲しかったのに」
独り言のようにつぶやくお兄ちゃんを僕は呆れた顔で見つめた。
「どんだけ傷ついても、それでも、桜先輩はお兄ちゃんのことがまだ引っかかってるんだ……」
呆然としているお兄ちゃんを置いて、僕はリビングに降りていった。
嫌いになって欲しかったって、いったいどういうことなんだよ……。




