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さくらの季節   作者: 木内杏子
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やさしい言葉

 入場門の前で待機しているわたしは、目の端に明希先輩をとらえた。高校の制服に似合わない明るい茶色に染めたみたいで、その髪の色だけで、また一歩わたしから遠のいてしまったのだと感じた。

先輩はじっと私たちを見つめていた。


「先輩、そろそろですよ」

りりちゃんが軽く私の肩をつついた。

「あ、うん。みんな、頑張りましょう!」


「はい!」


 晴れすぎて暑いグラウンドに吹奏楽部の声が響いた。やがて、プログラムが読み上げられ、各ポイントに着いて演奏が始まった。


 これまで練習してきたことを思い出して、私たちはマーチングを行った。歩いているのに、揺れのないピシッとした音、足の歩幅は全員同じ、そして揃った列と列と列の間隔。それを意識しながら1つ1つの動きを丁寧にこなす。


 そして、歩を止めた時、拍手が巻き起こった。

 夏休みあれだけ練習してきたものが終わった。マーチングリーダーの役割が終わり、3年間やってきたマーチングももう一生やることがないかもしれないことが胸にドンとせり上がってくる。少し潤んだ目を隠しながら私は退場した。


 楽器を片付け終わって、自分の座席に帰る途中、明希先輩に声をかけられた。私はなんともないように先輩に笑って見せた。


「おつかれ、桜ちゃん。マーチングリーダーだったんでしょ。成長したね~」

先輩はにこにこしていた。その笑顔にまだ少し胸が痛い。そんな私に代わって、芳佳ちゃんが口を開いた。

「お久しぶりです。桜、めっちゃ頑張ってたんですよ。この前なんか、がらじゃないのに後輩と言い合いしたりして」

 「そんなこと言わなくていいよ~。恥ずかしい。先輩、お久しぶりです。髪、染めたんですね」

 改めて、茶色の髪を見て、私は耳に控えめにひかるピアスをみつけた。

「うん。なんか変わりたくて、ね。ピアスもあけたんだけど、気づいた?」

先輩は耳を触って、シルバーのピアスを強調した。

「そうなんですね」

 私は寂しさを飛ばすように少し大げさに相槌をうった。私はまだまだ子供みたいに何も変われていないのに、先輩だけがいつも進んでしまう。一歳しか違わないのに、その一歳がもどかしい。


「あっ、こっちだよ、シオリ。迷ってたの?」

不意に先輩が知らない人の名を呼んだ。「シオリ」は先輩の横に滑り込んできた。この綺麗な人はきっと先輩の彼女、もしくは彼女になる予定で横にいる人で。直観で分かっていたけど、カップルがじゃれて冗談を言い合っているようすは目を背けた。そして、先輩は、あの五月の坂道と同じように、私にこう言った。


「こいつ、俺の彼女。シオリっていうんだ」


 先輩に紹介されて、シオリはつんとした目つきで私を見た。黒い長い髪をわざとらしくかき上げて、すらっと長い手足を晩夏の日差しに惜しげもなくさらした彼女は、口角をほんの少し上げて私に言った。

「私、シオリ。明希の彼女なの。葵中等学院三年生よ。よろしく」


 完全に年上だと思っていた。年下でも、妹に見れないよね、こんな大人っぽい子じゃ。こんな綺麗な子がこのみなんですね。私なんかやっぱりかないそうにもない。何回も分かっていたつもりでいたことがまたぐわんと頭を打ち付ける。早くこの場を離れなければ。いや、もう私は泣いているのかもしれなかった。頭ががんがんして、何も考えられない。足が歩いてくれない。


 誰かが、私の腕を強引につかんで引っ張った。私は、その人につれられるまま、体育大会の喧騒から離れて、止まった。


「桜先輩」

 つかんだ腕を離されないまま、涙もぬぐえないまま、その人をみた。

「奏音くん」

 こんなところを見られて恥ずかしい。私はとっさに苦笑いを作った。

「えへへ、大丈夫だから、気にしないで。競技始まっちゃうでしょ」

 でも奏音くんは、手を放してくれない。真面目な顔で私を見つめた。

「作り笑いなんて、しないでください。そんな顔で大丈夫だなんて、言わないでください」


 その優しさがうれしくて、私はまた泣いた。隣で奏音くんはずっといてくれた。


「お兄ちゃんのことなんか、見ないで……」


耳元で、そうささやかれた気がした。

 書きながら、「あれ、奏音って中一だよな……」と考えてしまいました。設定ミスだ、これは完全なる設定ミスだ……。

 近々設定を変更するかもしれませんし、変更しないかもしれません。

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