決めつけてたんじゃないの
「あーー!疲れた!」
あと3日で体育祭。そして、3年生にとっては最後のマーチングだ。
海岸にいったあの日の後から、奏音くんは一切自分の話をしない。
練習を終え楽器を片付け、全部員が点呼のため音楽室に集まってきた。わたしが、机に突っ伏して目をつむったそのとき。
「あんた、今なんて言った?」
夏海の声が廊下から聞こえた。その場にいたみんながその方向を向く。一瞬でざわめきが消えた。わたしもびっくりして体を起こした。
「なんて言ったって聞いてるんだけど」
もう一度、夏海の声が響いた。
「なっつん、どうした?」
部長が慌てて駆けつける。
夏海の目線の先には、1人の一年生がいた。あのとき、わたしの悪口を言っていた、沢木日南さんだった。
「さっき言ったこと、もう一回みんなの前で言ったらどうなの」
今度は静かに、夏海の隣にいた芳佳ちゃんが言った。沢木さんは少しあとずさったが、決めたように、みんなのほうに向き直った。
「わたしは、マーチングをしたくありません。こう言いました」
なにそれ。ここまで頑張ってきたのに、なんで。頭が真っ白になった。
「そう思ってる人いっぱいいるんじゃないですか、言わないだけじゃないですか?わたし、よくマーチング嫌だとか言ってるとこ聞きましたよ」
隣にいた一年生が、沢木さんのスカートを引っ張って制しようとしたけれど、沢木さんはそれに気付かないくらい興奮しているようだった。
夏海と芳佳ちゃんは、そんな沢木さんを叩きそうなほど彼女に近寄っていて、部長はおろおろしていた。
わたしは、自分でも気づかない間に、沢木さんの前に来ていた。なんだか自分がなにをしたいのかわからないまま、口を開いた。ただ、沢木さんにとても腹が立っていた。
「沢木さん、わたし、沢木さんがわたしのことをよく思ってないと言っていたのは知ってるわ」
そう言うと、沢木さんは引きつった顔をした。
「それを聞いて、正直ショックだったよ。でも、別にわたしのことはなんて言われてもいいかなって思った。だけど、決めつけたように言うのは違うんじゃないの?」
火照って、目頭が熱くなって、わたしが怒っているのに泣きそうになった。頭がじんじんして、考えられない。ただ、感情のままに言葉を発しているような。
「わたしがなにを決めつけたって言うんですか。決めつけたのは先輩の方じゃないですか。みんなで頑張ろうなんて、いつっも上から目線で腹が立ちます!疲れるし、勉強もあんまりできないし……。マーチングなんてきらいです。先生と先輩たちの自己満足なんじゃないですか?そんなのに付き合ってられない!」
沢木さんはすでにボロボロと涙を流していた。でも、わたしには彼女を気遣う余裕なんて、ない。
「は!?そんなの、自分の努力が足りないだけじゃないの!?勉強とか自分で時間みつけてやりゃいいじゃん。なにマーチングのせいにしてるの?」
芳佳ちゃんが、「それくらいに……」とかいった気がするけど、ここまで言うならとことん言ってやろう。こんな生意気なことをいう一年生がわかるまで。
「それが嫌だって言ってるんですよ!桜先輩は要領がいいからそんなことができるんです。集団行動みたいなことやらされて、好きでやってるんじゃないんです。それをみんな楽しんでやってるなんて勘違いしないでください!」
要領なんて、よかったことなんてなかった。今だって、要領がよかったらもっと冷静に話ができてる。
わたしは言葉に詰まってしまった。でも、夏海が今度は声を出した。
「あんたも決めつけてるんじゃないの。みんなマーチングを楽しんでやってないって、あんたは決めつけてないの。確かに桜は、みんなが楽しんでやってるって思い込んでたかもしれないけど。あんたはどうなの、人のこと言えるくらいに決めつけてないの?本当に、みんなが楽しんでやってないって思ってると思う?桜が本当に要領が良くて、なんの苦労もせずに部活と勉強、両立してるって決めつけてない?」
夏海の言葉に、沢木さんは戸惑っているようだった。
「……はなしを、逸らさないでくださいよ」
「なにやってるの」
そこに、先生が来た。部長が先生にことの次第を話している声が、遠くで聞こえる。周りの音がぼやーんと聞こえて、わたしは一旦自分の席に着いた。沢木さんも、他の一年生に支えられるようにして席に着いた。
こんな言い争いになったことはないですが、わたしはどちらかというと沢木さん派でした。
マーチングを先生から強要されていると、当時は思いましたね。




