恋話 (1)
私が先輩と出会ったのは、入学式だった。ちょっと大きめのセーラ服を着た私は、初日から遅刻しそうだった。すごい勢いで自宅からの坂道を下りている途中、事件は起こった。
つまづいてこけた。
坂道というのもあって、私はかるーく5メートルは転がっていった。
「いたっ……」
私は泣きそうだった。私は普段そんなに泣き虫じゃないのに、緊張と不安と遅刻寸前なのとで、胸が締め付けられるようにドキドキしていた。
立ち上がろうとして、気づいた。
だめだ、これは骨いったわ……。
道の真ん中で座り込んでしまっている私の周りには誰も通りかかる人はいなかった。
どうしよう……。
このまま道でへこたれているわけにもいかないが、痛くて動けないし、どうにもできない。
そのまま5分が経過してしまった。
このまま死ぬのかと思った。(死ぬわけないのだが、本当に頭がおかしかったんだと思う。)
うつむいたままでいたら、後ろから車輪の音がした。そしてブレーキ音。
自転車にひかれて死ぬのか……なんて思った。
「どうしたん」
そんな予想を裏切って、その自転車に乗っている人から声をかけられた。
ほっとして、今度は感動の涙を堪えた私は何も言えずにいた。
神様かと思った。
「俺、君と同じ中学校やと思うんやけど、で、そのバッチの色だったら一年生やな? どうしたん」
へんな関西弁でしゃべる彼に、少し違和感を感じながら私はおどおどしながら状況を説明した。
彼はふーんと言って、私にこう言った。
「乗せてったるわー。骨折してもたんやろ。はいよっと!」
私は抱き上げられて、はじめてその男の子の顔を見た。
鼻筋が通って、一重だけどぱっちりした瞳、色白なのにがっしりしていた。
「あ、ありがとうございます……」
「式には間に合わんけど、取り敢えず保健室行かなあかんやろ、行くで、つかまっといて」
「はい……」
私たちはすごい勢いで坂道を下り終え、交差点を通過し踏切を渡って、校門の前にたどり着いた。
「 はい、背中に乗って」
私はすでにこの時恋に落ちていたと思う。
「ついたで、保健室。せんせー! 一年の子拾ってったでー!!」
ガラガラと扉をあけ、私はベットに腰掛けた状態で降ろされた。
「拾ってきたって。山野辺くん遅刻じゃない」
「すみませんーーでもほっとけへんかったんやって」
山野辺先輩か。私は心のメモにそう書き留めた。
「本当に、ありがとうございました!」
私が座ったままお礼を言うと、先輩は私と目線を合わせるようにかがんだ。
「大したことちゃうで。それより、また吹奏楽見に来て! 坂道でこけてるとこみたら、どうも運動神経がええような感じせーへんし、吹奏楽、入ったらええねん! しんたにさくらさん! じゃーね!」
しんたにじゃないです。と思ったけれど、山野辺先輩はにっこりと笑って、保健室を出て行ってしまって、訂正できなかった。
時計の針は、入学式が終わる時刻を指していた。
絶対吹奏楽部見学しに行こう。私は心に決めて、保健の先生に経緯を話した。
これが、私と先輩の出会いだった。