理由
翌朝、私はいつもより用心深く周りを見回していた。
山野辺くんとあったら気まずいにちがいない。でもなんでだろうな、明希先輩のこと、私よりよく知ってるはずなのに。弟さんなんだから……。
いけない、山野辺くんを見つけたらすぐ隠れなきゃなんないのに。
そうこうしているうちに、校門についた。ほっと肩の力をぬいたそのとき。
彼がいた。
「神谷せんぱい!」
「教えられることなんてないっていったよね?」
「僕、知ってます。神谷先輩、兄に告白したのは。それを気にしてらっしゃるのなら、僕は気にしてません!」
山野辺弟、意味わからない。僕は気にしないって、私が気にしてるの!
「だいたい、なんでそんなに先輩のこと知らないの? 山野辺くん、弟でしょう? いっつも一緒じゃないの?」
その言葉で、彼は傷ついたみたいにしゅんとした。
「僕は、去年まで兄と暮らしていなかったんです。両親が離婚してからずっと……。兄の卒業式の前日父が亡くなって、父と暮らしていた兄を母が引き取り、やっと一緒に暮らせるようになったんですけど……」
ちょっと待ってくれ。私が告白する前日に、お父さんがなくなっていたなんて。私は予鈴にも気づかずに、呆然と山野辺くんを見つめた。
「おっといけない。予鈴、なっちゃいましたね。先輩、また部活で!」
彼が去った後、私はのろのろと階段をのぼって、本鈴ギリギリに席についた。
彼が私の話を聞きたいのは、明希先輩とあまり上手く暮らせてないからじゃないのか。そう考えた私は山野辺くんに明希先輩のことを話すことに決めた。
その日の帰り道から、いつもの交差点で夏海と別れたあと、後ろからついてきていた山野辺くんと合流して、私は少しずつ彼に彼の兄へのいわば恋物語(自然とそうなってしまう)を話すという、普通に考えてわけのわからないような下校時間を過ごすことが日課になるのだった。
「私は、先輩の性格とかをよく理解しているわけでも、中学校生活のすべてを知ってるわけでもないの。だから、取り敢えず私の知っている私がみたままの先輩のことを話します。私の言っている先輩像がリアルじゃないってことだけ、山野辺くんは覚えておいてね」
山野辺くんは黙って頷いた。
こんなことを話すのは恥ずかしいが、これから始まる話は、先輩に恋した話である。