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さくらの季節   作者: 木内杏子
29/61

お花見と暗い影

 私は、とぼとぼと学校へ向かっていた。骨折と診断された左腕は力なく三角巾の中におさまっていた。あらかじめ先生には連絡し、当分楽器は吹けないと伝えているが、基礎練習をしたり、部員のサポートをする役目を任されていたのだ。


「……おはようございます」

「おはよー。って、え?」


 私の姿を見て固まったのは、パートリーダーの安東先輩だ。

「どしたの、それ」


 自転車の練習して転んだなんて言えないし、私は苦しい嘘でごまかした。

「家の階段から落ちちゃったんですよ、しばらく楽器持てないです。すみません」


「えー、じゃあお花見いけないんじゃないの? 桜!」

そこで会話に入ってきたのは、芳佳ちゃんだ。

「そうなの。ごめんね、みんなで楽しんできて」


 パート内に重苦しい空気が流れてしまった。本当に申し訳ないな。というか、お花見に行けないのが悲しすぎる……。そんな中、いままで特に話にも入ってこず、聞いていたかも定かではなかった明希先輩が口を開いた。


「桜ちゃんは俺の後ろに乗ったらええやん」

「危ないと思うけど」

鹿原先輩がメガネをかけなおしながら言った。


「あと、沙耶がやきもちやくんじゃない?」

安東先輩も心配そうだ。私もそれは怖いことだと思っていたので、指摘してくれてほっとした。本当は後ろに乗りたかったけれど。


「大丈夫やと思う。それに、やっぱり一人でもかけたら楽しくないやん?」


しぶしぶ二年生の二人はうなずいて、私は明希先輩の後ろに乗せてもらうことになった。







 そして、お花見当日。私は、失礼します、と先輩の荷台に横座りした。片腕しか使えないので、結果的に先輩の背中にもたれかかる形になってしまう。私はその状況に想像以上にドキドキしてしまって、その音が先輩に聞こえてしまうのではないかと心配した。


「ちゃんとつかまってな。じゃあ、動くで」


パート全員が自転車で走り出す。私はずっと緊張しながら、先輩につかまっていた。


 私は、ふと思った。

『先輩もちょっとぐらいドキドキしてくれてるのかな』


私は、ばれないように、先輩の背中に耳をくっつけた。


そっと耳をはなす。期待なんて、最初からしなければよかったのに。先輩の心臓の音は綺麗に、規則正しく私に響いてきた。


「なあ、桜ちゃん」


私が落ち込んでいるなんて知らずに、先輩はのんきに話しかけてきた。

「なんですか」


「好きな人とか、おる?」


どう答えたらいいのだろう。それを知って、先輩は何がしたいのか。いっそこの気持ちを伝えてしまおうか。こんなこと、初めてで、どう対応したらいいのかなんて分からない。私は、一番無難な返事を選んだ。


「いませんよ~。いきなりどうしたんですか」

なるべく、冗談ぽく、明るく声を出そうとしたはずなのに、上ずってしまった。


「じゃあさ、浦川と付き合ってみーひん?」



は??????何言ってるんだこの人。私は予想もしなかったことに驚いて、固まってしまった。

「いや、なんか、浦川、桜ちゃんのこと好きらしいで。桜ちゃん、覚えてないかもしれんけど、茶道部の唯一の男子で、体験入部の時に一目ぼれしたとかなんとか……」


 浦川先輩。その先輩を私ははっきり覚えていた。銀縁フレームのメガネがよく似合う、色白で華奢な人だったと思う。なんでも、先輩を目当てに茶道部に入った一年生が多いとか。クラスの茶道部の子に聞いた。


そんな人と付き合ったら、茶道部の子たちにどう言われるか不安だし。第一私は明希先輩が好きなんだから。


「まあ、また紹介するわ。ええやつやで、浦川。下の名前は祐介っていうんやけど」


「あ……はい」


楽しみにしていたはずのお花見で、私はどんよりとしながらただただ、桜を見つめるだけだった。


「桜……。綺麗やな」


私はどきっとしたが、すぐに頭上の桜を見た。明希先輩がそんなこと言うわけないから。


涙が出ないように、バカみたいに桜を見上げていた。

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