お花見と暗い影
私は、とぼとぼと学校へ向かっていた。骨折と診断された左腕は力なく三角巾の中におさまっていた。あらかじめ先生には連絡し、当分楽器は吹けないと伝えているが、基礎練習をしたり、部員のサポートをする役目を任されていたのだ。
「……おはようございます」
「おはよー。って、え?」
私の姿を見て固まったのは、パートリーダーの安東先輩だ。
「どしたの、それ」
自転車の練習して転んだなんて言えないし、私は苦しい嘘でごまかした。
「家の階段から落ちちゃったんですよ、しばらく楽器持てないです。すみません」
「えー、じゃあお花見いけないんじゃないの? 桜!」
そこで会話に入ってきたのは、芳佳ちゃんだ。
「そうなの。ごめんね、みんなで楽しんできて」
パート内に重苦しい空気が流れてしまった。本当に申し訳ないな。というか、お花見に行けないのが悲しすぎる……。そんな中、いままで特に話にも入ってこず、聞いていたかも定かではなかった明希先輩が口を開いた。
「桜ちゃんは俺の後ろに乗ったらええやん」
「危ないと思うけど」
鹿原先輩がメガネをかけなおしながら言った。
「あと、沙耶がやきもちやくんじゃない?」
安東先輩も心配そうだ。私もそれは怖いことだと思っていたので、指摘してくれてほっとした。本当は後ろに乗りたかったけれど。
「大丈夫やと思う。それに、やっぱり一人でもかけたら楽しくないやん?」
しぶしぶ二年生の二人はうなずいて、私は明希先輩の後ろに乗せてもらうことになった。
そして、お花見当日。私は、失礼します、と先輩の荷台に横座りした。片腕しか使えないので、結果的に先輩の背中にもたれかかる形になってしまう。私はその状況に想像以上にドキドキしてしまって、その音が先輩に聞こえてしまうのではないかと心配した。
「ちゃんとつかまってな。じゃあ、動くで」
パート全員が自転車で走り出す。私はずっと緊張しながら、先輩につかまっていた。
私は、ふと思った。
『先輩もちょっとぐらいドキドキしてくれてるのかな』
私は、ばれないように、先輩の背中に耳をくっつけた。
そっと耳をはなす。期待なんて、最初からしなければよかったのに。先輩の心臓の音は綺麗に、規則正しく私に響いてきた。
「なあ、桜ちゃん」
私が落ち込んでいるなんて知らずに、先輩はのんきに話しかけてきた。
「なんですか」
「好きな人とか、おる?」
どう答えたらいいのだろう。それを知って、先輩は何がしたいのか。いっそこの気持ちを伝えてしまおうか。こんなこと、初めてで、どう対応したらいいのかなんて分からない。私は、一番無難な返事を選んだ。
「いませんよ~。いきなりどうしたんですか」
なるべく、冗談ぽく、明るく声を出そうとしたはずなのに、上ずってしまった。
「じゃあさ、浦川と付き合ってみーひん?」
は??????何言ってるんだこの人。私は予想もしなかったことに驚いて、固まってしまった。
「いや、なんか、浦川、桜ちゃんのこと好きらしいで。桜ちゃん、覚えてないかもしれんけど、茶道部の唯一の男子で、体験入部の時に一目ぼれしたとかなんとか……」
浦川先輩。その先輩を私ははっきり覚えていた。銀縁フレームのメガネがよく似合う、色白で華奢な人だったと思う。なんでも、先輩を目当てに茶道部に入った一年生が多いとか。クラスの茶道部の子に聞いた。
そんな人と付き合ったら、茶道部の子たちにどう言われるか不安だし。第一私は明希先輩が好きなんだから。
「まあ、また紹介するわ。ええやつやで、浦川。下の名前は祐介っていうんやけど」
「あ……はい」
楽しみにしていたはずのお花見で、私はどんよりとしながらただただ、桜を見つめるだけだった。
「桜……。綺麗やな」
私はどきっとしたが、すぐに頭上の桜を見た。明希先輩がそんなこと言うわけないから。
涙が出ないように、バカみたいに桜を見上げていた。




