運命を変えるマーチング(1)
コンクールが終わり、二日の休みも過ぎ去って、八月に入った。私は、自分の個人練習もそこそこに、一年生のマーチングの基礎練習を見ていた。
「秋山さん、かかと意識して! 声が小さい! もっと声出して」
去年まで先生がしていた指導をマーチングリーダーである私が引き継ぎ、スネアドラムの音に負けないように声を張り上げる。喉がつぶれてしまいそうだ。
へとへとになって帰ると、すぐお風呂にはいって軽食をすませ塾へ。こんな日々が夏休み中続くと思うと気がめいる。
塾では、苦手科目の数学だけを受講し、帰りは中一生と同じ時間帯だ。そして、奏音くんと帰っていた。
「疲れてない? マーチング、大変でしょ」
「うーん。実は小学校のときにサッカーしてたのでそんなにきつくなかったりします」
「あ、そうなんだ」
雑談は最初だけで、また明希先輩のことについて話す。最近、それを話すたびに心がすっきりしていく自分がいた。まあそれはいいとして、また私の恋バナをすることにする。
◆◆◆
鬼のような三日間が終わり、夏休みは飛ぶように過ぎていった。
新学期がはじまる二日前、お姉ちゃんがあわてて帰ってきた。
「桜、桜! 大変なの、夏海ちゃんが……」
夏海とお姉ちゃんは小学校の陸上のクラブチームで知り合って、私はたまたまお姉ちゃんの試合を見に行っていたとき友達になった。それ以後私の大親友になった夏海は、中学に入ってからも陸上部に所属していた。
「どうしたの!?」
「交通事故にあったの……」
わけがわからない。どうして? どこで? だれに?
「夏海は無事なの!?」
「意識はあるんだけど、足を複雑骨折しちゃって陸上を続けるのは難しいって……」
そんな、あんまりだ。夏海は走るのが大好きなのに。私は、その場に座り込んでしまった。
「夏海ちゃん、すごく落ち込んでいるみたい。しばらくお見舞いは来ないでほしいって」
「……分かった」
そして、長い夏休みは終わった。
夏海はまだ入院しているので、学校に来ていなかった。
「リレーのメンバーですが、飯田さんが怪我をしてしまったので、補欠の……」
体育委員が体育祭のリレーメンバーの変更を提出しに行った。
お姉ちゃんの話によると、夏海の怪我は全治、四、五か月。当分は車いす生活になるとのことだった。
夏海、あんなに体育祭楽しみにしてたのに。新人戦に向けて頑張ってるって言ってたのに。
私は夏海になにを言っていいのか分からなくて、お見舞いに来ていいよと言われてからも一度も行かなかった。
体育大会当日。クラスの座席に行くと、車いすに乗った夏海がいた。
「久しぶり」
夏海が笑って言う。
「久しぶり」
「リレー、紺野さんが走ることになったんだって?」
「うん」
「私が走ったら、余裕で優勝だったのにな」
「……うん」
「マーチング、頑張って」
「うん」
無理に笑おうとしている夏海が痛々しくて、私は彼女を直視できず、うつむいて頷くだけだった。
体育大会の吹奏楽部は、意外と忙しい。開会式でのクラス別の入場行進のとき、バックミュージックを吹き、先生たちが話している間に楽器を置きに行って、プログラム一番の全校ラジオ体操に間に合うように整列。お昼はほかの生徒よりもお弁当を早めに食べて、お昼休みの間にポイントうち。そして、午後の部の一番でマーチングを行い、後片付けをすると、次は部活パレードの先頭を歩くために入場門へ。そしてそれが終わると、楽器を置きに行く。閉会式は優勝のクラスへの表彰のときのバックミュージックを吹く。
ざっとこのくらい。マーチングの衣装にも着替えないといけないから、毎年お昼を満足に食べられないと、先輩たちが嘆いていた。
私は運動が苦手なので、リレーはクラス全員が出るものしか出ないし、あとは学年競技の障害物競走とダンスしかしない。あとは部活ででるマーチングと部活パレードだけである。
「桜ちゃーん、はよ準備しいやーー」
遠くから、明希先輩が呼んでいる。
「はい、はーい! 今行きます」
わたしはそそくさと夏海のもとを離れ、今日楽器を仮置きする場所に楽器を運んだ。途中明希先輩とすれ違った。明希先輩がチューバを運んでいる。その腕のたくましさに私は見とれてしまった。浮き上がった血管がとても頼りがいがあるように見えた。すると、上から沙耶先輩が、
「ぼさっとしない!」
と、注意がとんだ。私はそこから目を離して楽器を持ち直した。
やがて楽器を運び終え、体育祭が始まった。全校体操が終わりクラスの座席に戻ると、うつろな目で座っている夏海が目に入った。こういう時、私は何ができるのだろう……。結局何もできずに席に着き、次の競技の準備をした。
その後も滞りなく競技が進み、夏海が出るはずだった100×6メートルリレーが始まった。選手たちが夏海に、がんばってくるね、と声をかけるが、夏海はにこりともしなかった。クラスメイトたちは、そんな夏海を影でひそひそと噂した。
「自分が出られなくなったからって、あんな態度はないでしょう?」
「事故ったのだって自分の不注意じゃないの?」
きっと夏海にも聞こえている。私はハラハラすると同時に、なにも知らないクラスメイトたちがそうやって言っていることに腹が立ったけれど、なにも言い返せなかった。
結局、リレーは5クラス中4位で終わってしまった。
クラスの席には気まずい雰囲気が流れ出し、学年競技でも、男子のリレーでも微妙な結果を残し、お昼に近くなってきた。
私と、同じクラスの吹奏楽部員は早めに昼食を摂るために座席をあとにし、楽器置き場に向かった。
私たちがそこに着くと、もうそこは戦場と化していた。文化部のしかも女子ばかりの吹奏楽部のはずなのに、特大おにぎりをお茶で流し込む先輩たちの姿があった。
私たちが驚いて静止していると、先輩が指示を出した。
「一年生、急いで!この時間を逃したらお昼食べられないから!」
「は、はい!!」
私はお母さんに頼んでできるだけ手早く食べられるようにサンドイッチを詰めてもらっていたけれど、2、3個食べただけで着替えの時間がきた。
分厚くって、残暑が厳しい9月にはきているだけで汗をかく衣装に着替える。紺色の軍服のような服と、革靴。それに、頭には帽子、手袋をはめて、熱気の立ち上るグラウンドに向かう。
「桜ちゃん、水分補給ちゃんとしたか?」
明希先輩に声をかけられて、笑顔で返事をした。
「はい!」
「がんばろな」
ポイントうちの終わった地面に黒い影が並ぶ。位置確認が終わったくらいに、生徒たちがぞろぞろと自分の座席に戻ってきた。
『午後の部、最初の演技は、吹奏楽部によるマーチングです』
アナウンスが流れると、みんなの背筋が伸びる。普段はコントラバス担当の佐伯先輩が、メジャーバトン※1で拍子をとり、演奏がはじまった。
※1メジャーバトン マーチングの際、指揮代わりに、ふる大きい指揮棒みたいなもの。指揮の他に、回したりして演技も、できる




