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さくらの季節   作者: 木内杏子
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最後のコンクール(3)

 帰宅すると、お母さんがにっこりと笑って出迎えてくれた。

「おかえり、さくら。よかったよ」

「ただいま。ありがと」

 私は、靴を脱いで、家に上がった。もう、コンクールはとうの前のことみたいでとても不思議な気持ちだ。 お姉ちゃんはまだ帰っていないみたいで、お母さんはご飯の支度をしていた。カレーかな。いい匂いが家に充満している。


「お腹すいたでしょ、もうすぐできるから」

「うん」


 六時半。夏の日は長い。まだ外は明るく、私は窓の外を見ながら、今までの練習を振り返っていた。

 そうしていると、お姉ちゃんが帰ってきた。


「あーー。疲れた。お? めっちゃいい匂い。今日カレー?」

「そうよ、ちゃんと手を洗ってきなさい」


 大学生のお姉ちゃんは、小学校から陸上をやっていて、今は大学の陸上のサークルかなんかに所属している。私とは正反対で、はきはきしていて運動神経がすごくいい。


「今日は三駅走ってきたわ。あれ、そういえば桜、今日コンクールだったっけ?」

手洗いうがいを終えたお姉ちゃんは、オレンジジュースを一気飲みし、ダイニングテーブルの椅子に腰かけた。

「うん」


「手ごたえは?」


「うーん、わかんない。でも、なんか達成感」


「あー分かるわー、その達成感」


 本番後の達成感は、どうやら陸上でも共通のようだ。そらそうか。


 私はリビングから自分の部屋にあがって、部屋着のワンピースに着替え、席についた。ほかほかのカレーが出てくる。お父さんは今日は残業らしい。


 食べ終わるとテレビをつけ、グルメ番組をみていたけれど、落ち着かない。

 時計を見る。

 もうすぐ、連絡網が来る。

 ドキドキする。あーー、早くかかってきて、結果を教えてほしい。

 番組に夢中になるふりをして、私はテレビの下に置いてあるデジタル時計をちらちら盗み見した。


 二十時をすぎた。

 電話は鳴らない。まだか……。あーーもう、変な汗かく。

 いつの間にか、番組は、グルメ番組から音楽番組に変わっていた。横でお姉ちゃんが歌手に合わせて歌っている。


 プルルルル……。プルルルル……。


 私は電話まで行くと、いそいで受話器を取った。


「もしもし!」


《吹奏楽部の北川です。神谷さんのお宅でしょうか? 桜ちゃんはいますか?≫


「芳佳ちゃん! どうだった?」


≪それがね……≫


 一秒が、じれったい。

 早く、言ってほしい。


≪ダ・メ・金!≫


「金賞!? え、まじで、ダメ金だけど、金賞!? やっったあああああああ!」


 ここで説明しておくと、ダメ金とは、金賞だけど県大会にはいけない金賞のことである。


 それでも、毎年銀賞ばっかりだった私たちの中学校では実に十年ぶりの金賞である。とてもとてもうれしい。


≪ほんとに……よかった≫


電話の向こうで、芳佳ちゃんは涙声だ。


「じゃあ、夏海に回す」

≪うん、また明日≫


 私は電話を切り、夏海の電話番号をプッシュした。


≪もしもし≫


「飯田さんのお宅ですか。神谷です」


≪あ、夏海に替わるわね≫


「はい、お願いします」


 夏海のお母さんが出たようだ。


≪替わったよー。夏海だよー≫

「夏海!ダメ金だって!」

≪まじで!≫



 私は夏海と一通り話した後、電話を切って、しばらくそこで立ち尽くしていた。

 本当によかった……。


「どうだったの?」

お母さんが、聞いてくる。

「……金賞だった!」

嬉しくて、にやにやしながら、ピースサインまで作ってしまった。

「おめでとう、よかったわね! じゃあ、お風呂入ってきなさい、冷めちゃうわよ」

「うん」


 早く明日が来て、みんなと話したい。




 翌日。私たちは喜びを分かち合い、いつも鬼のような住川先生も今日だけはニコニコしている。


「皆さん、本当にいままでよく頑張りました。先生についてきてくれて、ありがとう。八月からもこの調子で頑張っていきましょう。今年から、マーチングリーダーという役職が出来ました。神谷さん、よろしくね」


 あっ……。忘れてた。そんな役職についていたんだ。


 実は、私は、パートリーダーをしないかわりに、マーチングリーダーに選ばれていた。今年から作られた役職で、みんなをまとめる。わたしにできるのだろうか……。不安だ。



 こうやって、私たち、三年生の最後のコンクールはすぎていった。


 ちなみに百合ちゃんの楽器は一年生が間違えて、空の楽器ケースを積み込んでしまっていたのだった。あの一件以来、百合ちゃんと愛美ちゃんの関係は徐々の回復して、元に戻っていった。

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