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さくらの季節   作者: 木内杏子
20/61

最後のコンクール(2)

 パートのチューニングが終わり、いよいよ本番45分前。プログラム、14番である。


 二年生の2人は、初めてのコンクールでそわそわしていたし、いつも余裕な芳佳ちゃんも、顔が強張っていた。夏海もさっきから深呼吸ばかりしている。どくんどくんと、自分の心臓の音が聞こえる。


「チューニングルームに移動!」

先生がスーツに着替えて指示し、部員全員が神妙な面持ちで返事をした。


 私たちは楽譜と楽器、チューナーを手に持ち、チューニングルームに向かった。チューニングルームに向かう途中、もうすぐ舞台にたつ他校生が廊下で待機していた。表情が固い。私はそれを見て、一層緊張しながら部屋に入った。

 全員が部屋に入り、戸が閉められると、先生が

「低音※1からチューニングB♭※2」

と、チューニングを始める。チューバ、コントラバス、バリトンサックス、バスクラリネット、そして、夏海のバストロンボーンがしっかりとした低い音をだす。先生が指揮棒を振ると、次は中低音※3。私もチューニングB♭を吹く。トロンボーン、ホルン、ユーフォニウム、テナーサックスが低音パートに重ねられる。そして中高音、高音のパートが入り、先生が一旦音を止める。


「フルート、三年だけ」


「……はい」


 高音が入ったとき、音程が悪くなったのは私にでも分かった。フルートの三年二人が吹き始めると、音感の鋭い子たちは顔をしかめた。


「馬場から」

先生が、馬場百合ちゃんを指す。

ピーー、とフルートの音が響く。


 『高いね』

『いつもの楽器じゃないし』

ひそひそと話す声が聞こえる。


「はい、増野」

次は、増野愛美ちゃんを指した。


ちゃんと、音程があっている。


『いつもの楽器だから当たり前でしょ』


 「馬場、まだ増野のこと疑っていますか」

先生の声が、静まったチューニングルームに響く。

「……」

百合ちゃんは何も言わない。部屋の空気がこおりつく。


「……私は、何もしてません!」

愛美ちゃんは少し涙声になっていた。


「分かっています、今更こんなことをしたくないのですが、誰か、馬場の楽器を見た人はいませんか」


 誰も、何も言わない。みんな、本当に知らないのかな。


「……あの。私、一年生の子が百合先輩の楽器、触ってたのは見ました。積み込みのとき……」


 声を出したのは、クラリネットパートの二年生だった。


「そうですか。馬場、増野がやったんではなかったですね」

「……はい」


淡々と話す先生に、百合ちゃんはしぶしぶうなずいた。

「疑ってしまったなら、増野に謝りなさい。増野も今まで疑わせてしまうような態度をとっていたことに対して、謝りなさい」


 二人は、お互い謝った。私はほっとした。ほっとしたのは、みんな同じみたいで、顔がほころび、溜息をついている人もいた。時計の針は、本番25分前を指していた。


「もう一度、低音から」


「はい!」


 チューニングルームに、きれいなチューニングB♭が響く。

 そのあと、音階を合わせると曲の不安な部分の調整を行った。


「廊下に移動してください」

係員の人に声をかけられて、先生は部員たちに向き直り、口を開いた。

「みなさんに、今までよく頑張った、あとは力を出すだけだ、なんてありきたりなことは言いません、言うとしたら、皆さんができる100%の演奏をし終わったときです。はい、以上。部屋をでて」


 なんだ、激励の言葉じゃないのか。私はすこしがっくりしながら廊下を出た。と同時に場の緊張感が押し寄せる。芳佳ちゃんも何も言わない。誰も、もう何も言わなかった。

 そして、しばらくして舞台の裏へ続く、重い鉄の扉が開けられた。本番まで、あと一校。息をひそめ、前に演奏している学校の演奏を聴く。その演奏がとても長いように感じられ、緊張は最高点まできていた。


 演奏が終わった。いよいよ本番だ。どんな結果になろうが、最後のコンクール。舞台へつながる扉が開けられた。暗くなった会場にいる大勢の観客が目に入ったけれど、それも一瞬だった。すぐに、まぶしすぎるライトで、客席は見えなくなる。


「プログラム14番……中学校、課題曲1に続きまして、自由曲、RIVERDANCE。指揮は、住川理沙」


 先生が指揮棒を上げる。フルートパートが楽器をかまえ、先生の指揮棒だけを見つめる。指揮棒が振り下ろされ、切ない冒頭部分をきく。口から心臓が飛び出そうなのに、なぜか怖くない。休符を終え、私は楽器を構えた。


 それから、私はどう吹いたのかとか、あまり覚えていない。RIVERDANCEが終わって、指揮棒を下した先生の笑顔を見たとき、私はすごく安心した。先生が、観客に向かって一礼し、また会場が暗くなった。


 終わった……。終わったんだ。そう思えたのは一瞬で、すぐあわただしさに、飲み込まれた。

 楽器を片付けて、トラックへ積み込み。点呼をして、部長、副部長の二人と先生を残して、私たちは学校へ帰ることになった。コンクールの結果は、連絡網で回ってくる。おそらく、20時前だろう。


 バスに乗り込むと、緊張が溶けて、寝てしまった。みんなそうだったようで、学校につくと、眠そうな声があちこちからあがった。


 あとは、結果を待つだけ……。


 

※1低音 チューバなどの低い音を奏でる楽器

※2チューニングB♭ 音程を合わせるときに基準となる音

※3中低音 トロンボーンなどのやや低い音を発する楽器。

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