お話し
そのまま部活は終わり、私はかばんを片付け学校を出た。山野辺くんが入部してくるとは思わなかった。先輩が1年生のときはあんな感じだったんだろうなとか,先輩は元気にしているのかな,とかそんなことを考えてしまう。
しばらくすると、後ろから走ってくる足音が聞こえた。
「桜! ちょっと、なんで先に帰っちゃうの?」
目をキラキラさせた夏海だ。
「まさか、山野辺くんが入部してくるとは知らなかったよ! よかったね、桜!」
私は若干イライラしながら、夏海を振り返った。
「別に……全然良くないし……」
私はすごく動揺していた。
いつもの交差点で夏海と別れで少し歩いたあと、あとから付けてくるような足音が聞こえた。
私はなるべく早く坂道を登って行った。足音も私に合わせて早くなる。なんでついてくるの?
運動部じゃない私にとって、坂道を早足で登るのはきつかった。私の家は坂道を登りきったところにある。普通なら自転車登校を許されている地区なのだが、私は自転車登校はしない。
足音が近づいて追いつかれた。
冷や汗かただの汗なのかわからないけれど、背中はびっしょりとぬれていた。
「神谷桜さんですか……?」
そいつが言った。
声を出せないでいると、
「山野辺明希の弟の山野辺奏音です。びっくりさせちゃいましたか?」
彼の弟がついてきていたことは、私にとって、ストーカーより怖いことだった。
初夏のぬるい風が、私たちの間を通り抜けていた。
「僕、ずっと神谷先輩とお話ししたかったんです。まだ明るいですし、近くの公園でも喋りませんか? コーヒーとココア、どっちがいいですか」
私は、混乱していた。なんで彼が私と話したいのか分からなかった。もしかして,私が先輩に告白したことでも知っているのか。さすがにそれはないよな。
私はぐるぐる考えたけれど、彼の言うままに公園のベンチに腰掛けた。そして、
「ココアがいいかな……」
と言っただけで、あとが続かない。
「あの,何を話したいのか聞いてもいいかな?もう日も暮れそうだし……」
沈黙に耐えきれなくて
山野辺くんは、小さな声ですみませんといったあとに続けた。
「僕の兄のこと、聞きたいんです。神谷先輩は兄と同じパートで親しかったんですよね?」
「いや,確かに先輩とは仲良くさせてもらっていたけれども」
「兄がどんな中学生活を送っていたか,教えていただけませんか?」
「山野辺くんのほうが,先輩のこと知っていると思うんだけど」
兄弟よりも仲良くさせてもらったとは思えない。まして,振られたんだから。早く先輩のことは忘れたい。
「ごめん,帰るね。これ,ココア代。後輩に奢ってもらう訳にはいかないから」
私は,200円を山野辺くんの手のひらに押し付けると,公園を立ち去った。涙が出そうだった。先輩によく似ている。楽しかった2年の思い出が次々に頭の中を駆け巡った。