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さくらの季節   作者: 木内杏子
18/61

職員室で

 「1と2と3と4と……」

この独特な掛け声はマーチングならではである。合奏でも裏拍は大切だが、とくにマーチングでは、裏拍で足を上げたりするので、掛け声でも「と」と言うのである。

 そんな中、私は、自分の不調に気づいた。なんだかくらくらしていた。

「あれ……」

私は意識を失いかけて、足元がくずれるような感覚になった。

「1と2と3と4と……」

その声だけが気持ち悪いくらいに頭に響く。


「さくらちゃん!?」

 誰だろ、この声は……。

 私の意識はここで途切れた。




 目を覚ますと、職員室の長椅子に寝かされていた。私、倒れたのか。そうか。私は薄目を開けてあたりをみた。

「目、覚めた!? よかった!」

「長田先生……。私、倒れたんですか? あれ、でもどこも痛くない……」

普通に倒れたら、どこかを打っていたいはずなのに、不思議とどこも痛くない。


「あー……、山野辺君が抱きとめようとしたんだけど、結局そのまま山野辺君ごと倒れちゃったらしいわよ。彼が下敷きになったから、神谷さんは怪我はなかったの。山野辺君に感謝しなさい」


副顧問の長田先生はふふと微笑んだ。が、ちょっとまって。じゃあ、明希先輩はけがしたんじゃないの?


「明希先輩は? 怪我したんですか?」


「ああ、左うでをちょっと痛めたみたいだったけど、たいしたことないわよ。女の子一人うえにのったくらいでへこたれるようならダメよ~」


長田先生はニコニコしながら言った。

 本当に、明希先輩にはご迷惑をかけてしまった……。私は起き上がって先輩に謝りに行こうとしたが、体に力が入らない。先生があわててとめた。

「今日はもうゆっくりしておきなさい。本当はもう帰したいけど、私は車を運転できないから。ちょっとよくなったら、帰りなさい」

「……はい」


 私はしかたなくうなずいてまた職員室の天井をみつめた。かすかにグラウンドから「1と2と……」と聞える。

 また、私は寝てしまっていたらしい。長田先生はそこにはいなかった。トイレにでも行っているのだろう。もう、グラウンドからの声は聞こえない。

 何時なのだろうと、時計に目をやった。

「12時半か……」

私は起き上がったものの、先生の了承なしにここを離れていいのだろうかと思って、動くのをやめた。


 ガラガラ……

 扉が開いた。先生が来た。私は、その人物に言った。

「先生、もう大丈夫そうです、ありがとうございました!」

「ようなったみたいでよかったわ」

 先生じゃなかった。この変な関西弁は……。明希先輩だ。

「せ、先輩! 本当にご迷惑をおかけしました!」

 私はあわてて、頭をさげた。

「気にせんとってー」

先輩はにっこり笑ったみたいだった。

「でも、うで……」

「ああ、たいしたことない。湿布はってもろたから、もう大丈夫や。それよりな、さくらちゃん」

うでをひらひらさせながら、陽気に笑っていた先輩の声のトーンがさがった。やっぱり怒ってる?

「なんでちゃんと水分取らんかったんや。マーチングを甘くみとったらあかんで。死ぬで。これから、楽器も持ってどんどんしんどくなるんや。楽器持ったまま今日みたいに、倒れたらどうなるか分かるか? 俺も今日みたいに助けに行かれへんし、楽器やって壊れるかもしれへん。大げさかもしれへんけど、自分の命と楽器の命、両方預かってるんやで」

私は先輩の瞳から視線をはずせなかった。

「きついこと言ってもうたな、ごめんやで? でもな、みんなそんくらい心配してるんや、俺もやけど」

そう言われて、私はやっと、

「ありがとうございます」

ということができた。正直、嬉しかった。みんなが心配してくれていた。それだけで心が温まった。


 「あら、山野辺君、来てくれたの。神谷さんも元気になったみたいね、もしかして山野辺君のおかげかな~」

先生が入ってきてこう言った。先生にからかわれて、私は赤面した。

「山野辺君、湿布替えましょう」

「あ、ありがとうございます」


 先輩は、日焼けした左うでを先生に差し出した。湿布がはがされて赤青くなっているうちみを見たとき、私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 本当は帰るつもりだったのだが、回復が早く、午後からの練習にも参加することにした。先生にお礼を言って、先輩と職員室を出たとき、私は先輩にお礼を言うのを忘れていたことに気付いた。


「本当にありがとうございました」


私が深く頭をさげると、


「どういたしまして」


と先輩が頭をポンポンとなでてくれた。また私は赤くなってしまった。


 私は先輩の少し後ろを歩き、少しにやついてしまいながら教室に向かった。


 そのあとの午後からの練習がきつかったのは言うまでもない。

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