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さくらの季節   作者: 木内杏子
13/61

side.奏音(2)

 目が覚めると、お母さんが、お風呂に入りなさいと呼んでいた。僕は着替えを持って一階へいった。

「奏音」

下りると、お兄ちゃんが洗面所にいた。

「風呂、久しぶりに一緒に入ろうぜ」

は?僕が怪訝な顔をすると、お兄ちゃんは僕に耳打ちした。

「俺が標準語になった理由、教えてやるから、お前も彼女のこと教えろ」

そして、僕の顔を見てにこっと笑った。僕は無言でうなずいた。


 ちゃぷん……。

「なあ、奏音。そんなに俺が標準語話すのがおかしいか? 奏だって関西弁はぬけてるし、俺だって関東に来てからもう五年は経ってる。そんな不思議な事でもないだろう」

 そうか。別に関西弁が抜けるのはおかしなことではない。むしろ、中学生のときのお兄ちゃんを知らない僕がそんなことを気にする方が不自然だ。だって、お兄ちゃんが中学卒業まで関西弁を話していたことを知らないことになるからだ。


 「まあいいや。奏、お母さんと親父の離婚の理由は知っているか?」

僕は首を横にふった。そういえば、僕は一度もその理由を聞かされたことはない。

「親父のDVだよ」

「えっ」

ショックだった。僕の中でのお父さんの記憶は優しい顔しかない。

「俺と奏が寝てからだったよ、親父がお母さんに手をあげたのは。俺は毎回その声で起こされていたんだ。親父たちは、俺が聞いてたなんて知らなかったと思うけど」

 「理由はそれだよ、奏。奏が知っててこの質問をしてきたのかは知らないけど、俺はお母さんと同居を始めるまでは、関西弁だったよ。お母さんは俺と話すと決まって怯えた。俺は最初何でこんな顔されなあかんねんってずっと思っていたけど、数日たってようやく分かったんだ」


 僕は黙って聞いていた。

「お母さんは俺の話し方に怯えているんだってことにね。親父は関西の人だったから、関西弁を話していただろ。俺の話し方は、親父の話し方とそっくりだったわけ。それで、殴られたときの事とかをおもいだしてしまったんだろうな__」

 お兄ちゃんは寂しそうに言った。僕は何も言えなかった。

 そして、お兄ちゃんはまた、何事もなかったようにして、僕の方に向いた。

「じゃあ、次は奏の番だな。彼女のこと詳しく聞かせろ」

お兄ちゃんはニカっと笑った。



 「ぼ、僕のぼせてきちゃった! 部屋ではなす……」

話しをしたくないのが半分、本当にのぼせていたのも半分に、僕はそそくさとお風呂から出た。

 神谷先輩と帰っていると聞いたら、お兄ちゃんはどういう反応をするだろうか。うしろから、ずるいぞーーと叫ぶお兄ちゃんを無視して、僕はそればかり考えていた。



 パジャマを着て、自分の部屋で頭を吹いていると、お兄ちゃんががばっとドアを開けてきた。

「さあ、お兄ちゃんに聞かせなさい!」

 僕はもう仕方がないと思って話し始めた。

「彼女じゃ、ないよ」

「じゃあなんなの」

お兄ちゃんは怪訝な顔をした。

「お兄ちゃんの、知ってる人だよ」

 僕はわざと答えを引き延ばして、お兄ちゃんが考えるのを待っていた。

「分からない?」

「もしかして……」

 僕は固まった。まさか、分かるなんて思ってなかった。

「僕と一緒に下校してるのは……神谷先輩だよ。」


 お兄ちゃんは一瞬動きが止まったように見えた、が。

「そうか」

とにっこり笑った。

 僕には、お兄ちゃんが、なにを考えているのかわからなかった。

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