side. 奏音(1)
神谷先輩と下校するようになってからもうすぐ二週間たとうとしていた。僕は毎日ドキドキしながら、お兄ちゃんの中学校生活のお話しを聞いていた。まあ、実質先輩の恋バナなのだが。
「ただいま……」
僕は、玄関のドアをがちゃりと開けた。
「おかえりーー、奏」
お兄ちゃんはリビングのソファにごろっと寝っ転がって煎餅を食べていた。そして、目線の先にはテレビ。
「あれ、今日は彼女来てないの?」
いつも、彼女のかれんさんが一緒になってお菓子を食べているのだが、今日は来ていないようだ。
「あーー……。かれんとは別れた。」
お兄ちゃんはそれが何かみたいにいった。この前付き合い始めたばっかだっただろ。なんでだよ。
「そうなんだ……」
僕は冷蔵庫からお茶を出して、コップに注いだ。
「あ、俺にも入れてくれない?煎餅食うと喉渇くんだよな。」
僕はお兄ちゃんのコップにもお茶を注いだ。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだよ」
お兄ちゃんはコップをとってまたソファに戻りながら面倒くさそうに言った。
「お兄ちゃん、むかしは関西弁じゃなかったっけ。なんで今そんな話し方なの?」
「そうだったか? まーー、お前には関係ないだろ」
お兄ちゃんは話をそらすのが上手い。
「関係なくないでしよ。春からずっと気になってんだよ。」
僕は語気を強めていった。僕は最初、お兄ちゃんの関西弁はこっちに来た時に標準語になったんだと思っていた。僕も実際そうだ。僕たち家族が、東京に引っ越してきてから両親はすぐに離婚した。お母さんはもともと関東の人でずっと標準語だったが、お父さんは関西弁だった。だから、僕は関東に引っ越してくる前まではずっと関西弁だったが、こっちに来て1年ぐらい経つと、周りとお母さんの言葉遣いのせいで標準語になっていった。
でも、お兄ちゃんは違ったようだ。少なくとも、話を聞いていると、神谷先輩と話している時は関西弁だったようだ。
お兄ちゃんの標準語は春から始まったんだ。
「怯えられたんだよ」
お兄ちゃんはポツリとそういった。
もう深く聞いてくんな。とつぶやいて、お兄ちゃんはまたテレビに向き直って、煎餅を食べ始めた。
煎餅、僕の分なくなっちゃうだろ……。
僕はそれ以上、何も聞けずに自室に上がっていった。
その数分後。
「奏ぁ〜〜!」
お兄ちゃんが階段を上がってくる音がして、僕の部屋のドアが開いた。
「最近、女の子と一緒に帰ってきてるだろ。にーちゃんにはわかるんだぞぉーー」
さっきのあの空気はなんだったのか、お兄ちゃんは今度はチョコレート菓子とオレンジジュースの缶を持って現れた。
なんで知ってるんだよ。しかも、その女の子はお兄ちゃんがよく知ってる人だよ。と内心思いながら、チョコレートに手を伸ばした。
「そうかーー。奏にも彼女ができたんだなーーぐふふ」
ひとりでニヤニヤして嬉しそうにしている。神谷先輩が言ってたことはあながち間違いじゃないな。
『明希先輩の全てを知っているわけじゃない』
そのとおりだな。神谷先輩の脳内で三重くらいにフィルターかかってるんじゃないかと思うほど、話にきくお兄ちゃんと違う。
「そんなんじゃないし」
僕はチョコレートを口に入れた。
「またまたーー! てれてんのか、え?」
イライラする。僕はお兄ちゃんを睨みつけていた。
「だから、そんなんじゃないって言ってる」
「じゃあなんなの」
お兄ちゃんも若干イラッとした口調でいった。
「教えない」
「そうか」
お兄ちゃんは、チョコレートと缶を持って部屋を出て行った。
あーーあ。またやっちゃったよ。こんなんだからいつまでたっても壁があるんだ。
もし、僕が一緒に帰っている人が、神谷先輩だと言ったらお兄ちゃんは動揺するだろうか。ふったんだからどうでもいいのか。僕は後者の状況を考えてなんだかむしゃくしゃした。
神谷先輩の話口調から、お兄ちゃんのことをまだ諦めきれてないのが、僕にはわかっていた。
「くやしい」
気づくとこんなことを口走っていた。なにを言っているんだろう。かぜでも引いたのか。僕は自分の発言に動揺して、布団に潜り込んで目をつむった。
今回は山野辺兄弟しか出てきませんでした。
奏音目線はちょっと早いかなとは思ったのですが、書いちゃいました。
男の子目線で書くのはとても難しいですね……
とにかく、読んでいただきありがとうございます。




