本気で
次の日も、私と奏音くんは一緒に下校した。
特に先輩について何もわからないような、こんな話を。
◆ ◆ ◆
こんなことがありながらも、吹奏楽部の春は早く過ぎ去っていった。土日、平日と連日ハードな練習でクタクタになり、一時的に先輩への想いは頭の隅っこの方に押しやられていった。
コンクールは7月の終わり。あと1ヶ月なのだが、私たち一年生にはあまり実感がなかった。
一年生はコンクールには出られない。私たちの中学校はA部門に出場する。A部門とは、最高60人編成で出場して課題曲と自由曲の二曲を演奏し、その優劣を競う部門である。
先輩たちは日に日に暑くなっていく音楽室で汗だくになりながら合奏を行っていた。中でも、木田先輩は私たちが入部したときの印象よりだいぶ変わった。正直に言って怖かった。
先輩たちが合奏している間、一年生は各パートの教室で基礎練習をひたすらしていた。が、やはりサボるのが一年生。結局、休憩は30分もする。
「桜ー遊びに行きたいよー!」
突然、芳佳ちゃんが言った。最初にも話したように、ずっと休みがなかったからた。
「そうだねーー……はーー……」
ロングトーンなどの基礎練習は面白いものではない。メトロノームに合わせてひたすらタンギングしたり、腹式呼吸をしたり……
「ねえ、永見さんもそう思わない?」
芳佳ちゃんは、黙々と練習している永見さんに話しかけた。ほんと、よくやるよ……。
「別に。」
永見さんは素っ気なく返してまた、楽器を吹き始める。芳佳ちゃんはまったくわからないというふうにジェスチャーをして私の方に向き直った。
「あのさ、桜って明希先輩のこと、好きでしょ?」
急にそんなことを持ち出されて、なんで知ってるの!? と、私はプチパニックだった。
「ほら、当たった。やっぱりなー!」
「でも、明希先輩と沙耶先輩は付き合ってるから……」
私は小声で言った。このことを声に出すと落ち込んでしまう。
「明希先輩が沙耶先輩と本気で付き合ってると思ってるの?」
永見さんがいきなり話しに入ってきた。そのことにも驚いたが、永見さんが発した言葉の内容のほうが私には一大ニュースだった。
「え? 付き合うのに本気とか本気じゃないとかあるの?! 嘘ー!」
「You're a naive girl!」
「え……」
説明を忘れていた。永見さんはハーフの帰国子女だ。
「絶対、明希先輩は沙耶先輩に押し通されて付き合ってるだけだよ〜見ててわかんない? 沙耶先輩が明希先輩のとこに走ってくのはよく見るけど、明希先輩が沙耶先輩に自分から声かけてるのはみたことないわ、あたし」
永見さんはぺらぺらぺらっと言い並べる。
「でも、でもね!沙耶先輩と明希先輩がキスしてるとこみちゃったから……。それに、沙耶先輩に明希先輩を好きにならないようにって釘さされちゃったから……」
私がぼそぼそっと小声でいうと、永見さんはそれにかぶせるように言った。
「はあ!? 本気で言ってる? それ。あんた、それで好きなのやめれるってわけ? ふーん。近藤もなんなのあいつ」
近藤とは沙耶先輩の苗字である。
好きをやめられないのはよく分かってる。私も沙耶先輩は嫌いだ。でも、目をつけられると怖いタイプだから何もできない。くやしい。
「ま、あたしは別に神谷さんがどうしようがどーーでもいいけどね」
そう言って、永見さんは再びトロンボーンを吹き始めた。芳佳ちゃんも苦笑いを浮かべて基礎練習に戻った。
数日後
永見さんが沙耶先輩に呼ばれた。
何をされたかは知らない。でも、永見さんはその一週間後には吹奏楽部をやめていった。
「まあ、2年になったらイギリスにまた帰らなきゃだったし、ちょうどいいわ。イギリスで楽器吹くわ。近藤には気をつけたほうがいいね。あたしも言いすぎちゃったみたい」
永見さんは私たちに言った。
後日、噂できくと、永見さんは次は書道部にはいったみたいだった。
◆ ◆ ◆
明希先輩が本気で沙耶先輩と付き合っていたかどうか、私にはわからない。もしかしてかれんさんと付き合っているのも本気じゃないのかもしれない。
そんな最低なことを考えながら、話していた。




