教訓その三〜人間も働きアリも一緒だ!
「よし、今日はここまで。レイナ、号令を」
「はい、起立!」
午後四時、HRが終わり、長い一日が終わった。
普通の学校の勉強と特別変わった事がない授業だったが、何せ年齢制限なし。
さすがにこれでは学力の差が出る…と思ったが、クラスの奴らは勉強とは無縁の生活をしていたらしいから、全員同レベルだった。
ただ一人、IQ180の超天才児、速水 麗奈を除いてだが…。
俺はと言うと、勉強に無理矢理使った頭がクラクラする。慣れない事はするもんじゃないな。
今日は早く家に帰ってゆっくりするかな。タバコも吸いてえし。
「おうジン、お前は職員室に来い」
担任のヤス先生に呼ばれ、俺は一緒に職員室に向かった。
職員室…と言っても先生みんな恐いしなぁ…。
素で行きたくないんですけど。
「ここが職員室だ。入れ」
『し…失礼します』
中に入ると…これまた普通の学校の職員室と同じ造りで、ちょっと意外だった。
「待っとったぞジン。こっちじゃ」
厄丸校長先生が居ました。この人は恐すぎる。
職員室の隣に校長室があり、俺はそこへ案内された。
中に入ると、大きなリュックサックが置かれていた。
…どこかで見た事あると思ったら、このリュックサック…俺のか?
「ジンの両親には承諾を得た。これは君の着替えだ」
…忘れてた。
生徒は寮に入れられるんだった…。
「斎藤と相部屋だが、場所は校内案内の看板を見てくれ」
しかも、よりによって一葵と同じ部屋かよ。
『分かりました。では、失礼します』
そそくさと校長室を出る俺。この人と同じ空間にいるだけで冷や汗が出てくる。
さて、校内案内の看板は…確か校門の所だったな。
校舎の外に出ると、周りは山に囲まれていた。
見渡す限りでは店や家などがない。
ヤクザの隠れ家かココは?
逃げ出そうとする生徒の防止だろうか…?
そういえば連れられて来た時はアイマスクをされたから、確かな場所が分からない。
ふと、看板が目に入った。あれがそうらしい。
学校の敷地内のみどり図が細かく書かれていた。
どうやら、校長を始め、職員の方も寮生活の様だ。
しかし広いなぁ。周りに店がないぶん、校内に店がある。
飲食店や漫画喫茶、カラオケなど…年頃の高・中学生が遊び場とするものが設備されていた。
俺は自分の寮の場所を確認すると、まずは荷物を置くために、部屋へと向かった。
「……ただいま」
不意に後ろから感情の込もっていない、女の子の声がした。
振り返るとそこに居たのは、やはりユキだった。
『お…おかえり…うん?』
ユキはこの学校じゃない制服を着ていた。
まぁ…そうだよな。校長も自分の娘には普通の学校に通わせるだろう。
『どこの学校行ってるの?』
「車で二時間」
『と…遠い学校だね』
「ここから一番近い」
話しにくいなコイツ。
…そうか、校長がここに住んでるって事はユキもここに住んでるのか。
あ、周りに人がいない今のうちに、あの事を謝っておかないとな…うん。
『あのさぁ…タバコの事…その…悪かったな』
「…あなたも」
あなたも…? 何がです?
駄目だ。ユキとは会話が成り立たねぇ。
『俺が…え?何?』
「私がパパの娘だから?」
だから…態度を変えたの?
と、解釈してみたが、つまりそういう事なのか?
やべぇ図星。
「皆そう…あなたと同じ発想。だからこんな所に連れてこられる」
『あ、あぁ。悪い』
くそ〜…女相手に俺がペコペコするとは…。
「そうじゃない。じゃあ…」
ユキは歩いていってしまった。そうじゃないって事は謝っちゃいけなかったのか?
もしかして…ユキは自分を《校長の娘》として喋られるのではなく、《ユキ》という女として見てほしいのではないだろうか?
…つまり、ユキは友達がいない…?
それもそうか。学校は毎日送り迎え。放課後、友達と遊ぶ事もないし、この学校の生徒はユキに頭が上がらない。
『ユ…ユキ』
俺の呼び止めに、ユキは振り向かずに足だけ止めた。
『俺はジン。そう呼んでくれ』
ユキはコクリと頷いてまた歩いていってしまった。
ーーーーーー
「ジン!やっと俺にも相棒ができたぜヤッホー!俺ずっと一人で淋しかったんだぜ〜」
ウザイよコイツ。
こんなのと毎日生活しなくちゃいけねぇのかよ。
一葵の話によると、二人部屋。俺の前に来た一葵は今まで一人だったから、淋しかったらしい。
通りで俺にやたら親切に教えてくれるわけだ。
部屋はシンプルな見た目だが、結構きれいな作りだ。
暖冷房の完備も整っているし、テレビや風呂付きなど、俺の予想を上回ってくれた。
「メシの時間までヒマだろ?何か聞きたい事とか、やりたい事あるか?」
とりあえず荷物を下ろし、床に腰掛け、落ち着こうとした…が、やはりアレがないと…アレが。
『タバコ…吸いてえ』
やっぱ…こんな所に入れられているうちは、未成年の喫煙は厳禁なのだろうか。
「フッフッフォ。コレ、何だか分かるかい?兄さん」
『ウッ…そ、それは…マルメンじゃねぇか!』
「さぁ、楽園(便所)で吸うぞ!」
俺は一葵と楽園(便所)でタバコをふかしている。
やっぱり落ち着くぜぇ〜。
『なあ、なんでタバコなんて持ってるんだ?』
「あぁ、月に一回、親から仕送りが許可されてるんだよ。金ないとやっぱ困るからな。仕送りは先生に見られないから、タバコも一緒に送ってもらってるわけ」
ずいぶん優しいご両親だこと。
『じゃあ、レイナって頭良いのに何でCクラスなんだ?』
「頭が良ければ良いってもんじゃねぇ。ま、レイナは運がないんだよ」
運…?
そういや昇格のためには何かやらなくちゃいけないんだったな。
『なぁ、運…って、前回は何やったんだ?』
「冬はマラソン。しかも五人一組のチームで。優勝チームは全員昇格。レイナはヒナと組んでぶっちぎりのトップだった…はずだった。
だが、あろうことかチームにはマヤがいたんだよ」
うわぁ…マヤの性格からして冬場のマラソンなんて走らなそうだな…。
「こんな話を聞いた事があるか?《働きアリ》の話だ。
働きアリは、名前の通り、女王アリの為にせっせと働く訳だが…
働きアリを集めると、七割のアリは働くのだが、三割のアリはサボッてしまう。
では、このサボった三割のアリだけにしてみると、不思議な事に七割のアリは働き始め、三割のアリはサボる。
同じ様に、働いた七割のアリを集めても、その内の七割は働くが、やはり三割のアリはサボる」
『だから何だよ?』
「つまり、俺達は最初に集められたアリで例えりゃ、三割のサボるアリな訳だ」
人間とアリは違うだろ…と、ツッコミたかったが辞めておいた。
『まぁ…今まではサボってきたからなぁ』
「じゃあよ、今度はサボりアリだけで集められた…つまり、この学校がそうゆう訳だが…」
吸い終わったタバコを便所に流した一葵が、立ち上がって俺を指差した。
「サボりアリでも七割は働く……三割はカスだ。
ジンは…どっちのタイプのアリだい?」
『ふん…俺は卒業してぇっつっただろ?』
「決まり!パートナーになったのも何かの縁だ。一緒に卒業しようぜ!」
俺と一葵はガッチリ握手を交した。
「お、そろそろメシの時間だ。食堂行こうぜ」
俺は一葵の案内のもと、食堂に向かった。
時間は交代制で、C組が最初の順番らしい。
一クラス30人が四クラス。総勢120人が余裕で入れる食堂の広さに驚いた。
すでに何人か食べ始めている者もいて、俺達も早速注文する事にした。
かなりメニューが多い。それでいて、生徒の食バランスも考えられている。
俺は今日の午後から来たから分からなかったが、朝、昼、晩とこの食堂を利用するため、生徒が飽きない多彩なメニューがあるというわけだ。
しかも全部無料。
と言っても、学費に含まれているらしい。
基本的に駄目人間の集まりであるため、自分の子供が真面目になってくれる為なら…と、親も高い金でも払うんだとか。
しかし、レイナの様に事情がある生徒に関しては学費も全て免除されるらしい。
なんか最初は嫌々だったが、学校の真相を聞くにつれて良い学校だなぁ〜と思ってしまっている自分がいる。
「俺スタミナ定食!ジンは?」
『え〜と…じゃあ俺も同じので』
「はいよぉ!」
出てきたスタミナ定食の量はおかしかったです。
ご飯がかき氷みたいに盛ってありました。
「量も多いし味も良い!まさにベストだね!さて、空いてる席は…と」
『……一葵、あそこに座ろうぜ』
「え?…おいジン!そこは……」
一葵は慌てていたが、俺は迷う事なく席に着いた。
『隣、座らせてもらうよ』
「……どうぞ」
食堂にユキがいたからだ。しかも、周りに人がいなく、一人ポツンと食事をしていたから。
なんだか、イジメられてる中学生みたいな感じがした。
まぁユキは気にしていないだろうがな。
『スタミナうめぇな一葵!』
「そ…そうだな」
いつものハイテンションが抹消した一葵。
原因はユキが近くにいるからだろうな。
『一葵、別にユキはそんなんじゃ…』
…と、ユキに聞こえない様に小さな声で一葵に耳打ちをした。
「いや…そうじゃないんだよ、ジン…」
一葵はもう終わった…と言わんばかりの青ざめた顔をしている。
その理由が、やっと俺にも分かった。
「アイツ転入生だろ?初日から校長の娘を狙うとは…やるねぇ」
「…ちっ、何コビうってんの?気に入らねぇな」
俺の右側にいるユキは、周りの声など気にせずに食を進めている。
左側にいる一葵は、メシに手をつけず、カタカタと震えるばかりだ。
どうやらこの学校では、ユキと仲良くした生徒は、校長に気に入られようと頑張る奴に思われるらしく、他の生徒からは抜け駆けだと勘違いされ、良い目で見られないらしい。
「よぉジン!やっぱ最悪だなお前!」
そしてこのタイミングでマヤ登場。
「…ジン、ご飯粒ついてる」
本当に場の空気を無視して、ユキが俺のほっぺたについたご飯粒を取ってくれた。
ユキが俺の事を名前で呼んでくれた。
「ハッハッハッ、何お前ら?もうできてんの?」
マヤの堂々とした冷やかしが、周りの目をさらに冷たくした。
「ユキちゃん、騙されてるって!ジンが仲良くしてるのはアンタが校長の娘だからって言う理由で………」
『うるさい』
「あぁ!?」
『うるせぇっての…』
「なんだとコラァ!」
マヤがまた俺の胸ぐらを掴んでくる。…今日二回目だ。
俺はマヤの手首を握りしめた。
さすがに喧嘩っ早いといえど所詮女の子だ。手首は折れそうな程細かった。
「いたっ!」
素早く手を引くマヤ。
『早く消えろって』
今までの俺の雰囲気が変わった事を察知してか、マヤはどこかへ行ってしまった。
転入初日から皆に目をつけられた俺。
これからどうなる事やら…。