表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/29

教訓その二十五〜過去の自分を忘れるな!

作者視点って感じです。書き終えて一言。うわ、俺…才能ねぇー…




「あの頃に比べたら、強くなったわね」



矢島やじま 早紀さきは、右のふとももに巻き付けた包帯から、三本のナイフを取り出しながら言った。


殺傷力は少ない程の大きさだが、何せナイフである。本来、果物を切る事を目的に作られたそれは、人間の皮膚を切る事すらたやすい。



ナイフの取っ手を指と指の間に挟む。まるで、ナイフパフォーマンスをするピエロの様に。



小さく振りかぶり、素早いモーションから三本のナイフは同時に放たれた。



五十畑 妃名は、体を捩らせ、それを間一髪で避ける。



既に身体中が傷だらけだった。



つい5分程前までは、黒のスーツは新着同然だったのだが、現在着ているものは本当に同じ服なのかと疑いたくなるくらいボロボロだ。



腕の部分の生地は裂け、そこから肌が露出する。


スーツの色が黒でなければ、血で赤く染まっていたところだ。



「だからね、アンタじゃ無理だって。普通に考えたら分かる事だよね?」


早紀は、一歩一歩と歩を進め、妃名との距離をじわじわと詰めて行く。



「……はぁ、はぁあぁ…」


虫の息だった。呼吸する事すら辛い。


「まだこんなスーツ着ちゃってさ。アンタはもう組織を辞めた人間、でしょ?」


辞めてはいない。私は組織を抜けたなんて、一言も言っていない。


妃名が一時的に学校に通う事になったのも、単純に憧れていたからだった。


確かに、日々繰り返される訓練に飽きていたのは事実。


気になったのが『友情』だった。


妃名は、友情を学びに、学校へ通う事を決意した。



「……そうだよ、アタシは、ユキの為に…助けなきゃ…アンタなんかに……負け…」


「無理だって言ってんだよ!」



既に動けないはずの攻撃を何度もしたはずだ。


それでも妃名は諦めない。それどころか、瞳の強さは増すばかりだった。


早紀にはそれが理解不能であった。


友情を知らない早紀は、何故妃名がここまで頑張れるのかが分からない。



だんだんと不思議が怒りに変わる。



もう、諦めろ。

お前じゃ、私には勝てない。



「一年前は諦めただろ? なのに、なんで今は盾突いてくるんだ?」


「ユキを…助ける」


「謝れば許してやる。さぁ、一年前みたいに、命だけは助けてとーー」


「ユキを助ける!!」




満身創痍の体を無理矢理起こし、妃名は叫んだ。


涙が流れているが、瞳は何かを訴えている。



雪を助ける。今の妃名の頭には、それしか考えていない。


でも、それだけで十分だった。


大切な何かを守る時に発揮できる力は、時として限界を越える事ができる。



「…無駄だって言ってんだろうがぁ!!」




一年前、妃名と早紀が出会ったその日。



早紀は『人間暗器』という異名を持っていた。



身体中、至る所に武器を隠し持ち、それらを自分の手足の様に操っていた事から、いつしかそう呼ばれる様になった。



早紀は元々、フリーの雇われ屋だった。誰の下にも就かない。故に自由。


ただ、依頼を受ければ完璧に熟す。依頼主に忠誠を誓う。その辺りは、しっかりしていた。



矢島家に伝わる武術や剣術、その他の多彩な武道も身につけた。それこそ、懸命な努力の玉だった。




そんな時だった。早紀が、妃名と出会ったのは。


早紀に、とある依頼が入った。


報酬金も申し分ない。ただ、その分危険も伴うだろうと、気合いを入れて行った。


依頼の内容は、ある女の相手になる事だった。


早紀は一瞬にして察知する。相手は、かなりのてだれだと。


自分と互角の勝負ができる相手を求めているのか。ならば、強いのだろう。相当な自信家なのだろう。



しかしである。


その自信家は、自分よりも小さい女の子だった。それが妃名である。


後に知った事だった。依頼主は、妃名の父親だった。


自分は、ただの実験台にされただけだった。


それでも仕事である。早紀は、相手をした。



ただ、その時は時期が悪かった。そもそも、こんな場を設けられたのは、妃名が自分を見失っていた事から始まった。


何を思ったか、学校へ行きたいなどと、言い出した。


訓練にも集中していない。


つまらなそうな表情。



早紀がライバルになってくれれば、妃名の目も覚めるだろう。それが、父の本心だった。


そして二人は闘った。



早紀は、苛々していた。

あろうことか、五十畑家の部下の者が、試合が始まる前に、早紀に命令したのだ。



『わざと負けろ』



それは意地だったのかもしれない。

もしも妃名が、早紀に負けるようであれば、完全に再起しないだろう。


どこぞの他人に妃名が負けるようなら、組織としての信頼も、周りから失われるだろう。


それはあってはならない。


だが、父親はその事を知らない。部下達の勝手な判断だった。


『それは依頼されていない』


早紀は、断った。

自分と年齢が近い同性に、どこまで力に差があるのか試したかったのも本心だ。


『もし勝ったらどうなるかーー』


知るか!!



結果、早紀が勝った。




それに腹を立てた部下の数名が、帰り道についた早紀を闇討ちした。


ある程度の予想はできていた。故に不意をつかれずに済んだ。


早紀は、闇討ちに来た部下達までも蹴散らした。




何も知らない妃名は絶句。

部下達にまで早紀の手が迫っていた事を知り、自分が情けなくなった。



ーーアタシは、ここのお荷物だった。



父の願いも虚しく、ついに妃名を学校へと入学させる事となった。



そうと決まった時、妃名の表情が生まれ変わったかのように明るかった。


組織の長としても、一人娘の父親である。娘の笑顔を見た事も少なかった。故に、父も笑顔だった。



妃名には、もはや教える事などなかった。


技術としても、力量はずば抜けていた。


ーー感情


それは、あった方が良いのか。それとも否か。


父は試したかった。自分の今までのやり方を変えてみようと試みた。


妃名に感情が甦れば、強くなって帰ってくる事を願った。




だが、結果として、感情など役に立たない事を早紀が証明している。



物理的に解決できない事を、友情などの感情で解決しようなど、誤りであった。


どんなに頑張っても、勝てないものは勝てない。


二人には、大きな差があった。



力自体には大差はないのだが。



ーー身長。


妃名は150センチと、小柄な体格なのに対し、早紀は165センチと、年代的な平均を上回っていた。



リーチの差である。

妃名の攻撃が届く前に、早紀が仕掛けてくる。



それは、余りにも絶望的な差だった。






「分かるでしょ? 確かにアンタは強いよ。大人の男にだって、勝てる。でもそれは、力やスピードが勝っているから。でも私とは差がない。だったら、勝つのは身長の差で……アタシなんだよ!」



早紀が、妃名目掛けて拳を振り下ろす。


それを受け止めるが、上から下に降ろされた拳は、威力を増す。


かたや妃名の拳は、早紀には届かない。


それを許す程、早紀は馬鹿ではなかった。



「まだ……まだ!」



腕が痺れる。それでも、妃名は立ち向かって行く。


「何が友情よ!」


早紀の蹴りが、妃名の横腹に入る。


「そんなになるまで、何でよ!」


倒れた妃名に馬乗りになり、拳を振り上げる。


「所詮、他人じゃない!」



振り下ろされた拳は、妃名の顔面…ではなく、顔の横にたたき付けられた。


地面がへこむ。もしこの拳を顔面に浴びていたら、鼻の骨など、脆く砕けていただろう。


「アンタの友達は、これで喜ぶの? 自分のせいで友達が傷付いて、そんなボロボロの格好で助けに行って、喜んでもらえるの?」


「………勘違いするなよ」


妃名は、顔のすぐ横に振り下ろされた拳にも何の動揺も見せず、見下ろした早紀の目だけを真っ直ぐ見つめた。




「ユキを誘拐したのはお前達だ!」



妃名の頭突きが、早紀に命中する。ようやく、まともに攻撃を入れる事ができた。



鼻を押さえ、フラフラとした足どりで早紀は後退する。



「アタシ達を傷付けているのはユキじゃない! お前達だ!!」




妃名は素早く起き上がり、低い姿勢を維持したまま早紀に突っ込む。



「アタシにも友達ができたんだ! その為ならーー」









「無駄だって」










早紀の目が、冷たくなった。先ほどまでとは打って変わって、まるで別人の様に。


油断した。まさか、妃名に一発許してしまうなんて、情けない。



友達の為だと、自分には理解できない努力を見てしまい、少し動揺した。


でも、もう終わりだ。


友情を持てば、強くなると思ったが、逆ではないか。


妃名は、弱くなった。



今は友達の為だという理由をこじつけ、がむしゃらに突っ込んで来ているだけ。


侮辱されれば頭に血が上り、冷静な判断すらできなくなる。



早紀の戦略は成功した。


おそらく、本人を侮辱した所で、妃名は何とも思わないだろう。そこまで愚かではない。


だからこそ、雪や仲間の行動を侮辱する事で、妃名の判断力を鈍らせた。



友情など、知らなければ良いのに。


そんなもの、戦場で最も邪魔な感情だ。役になど立たない。



正しいのは自分。信じられるのも、自分だけ。


頼れる仲間など居ない。

常に気を張った状態が、一番強い。




妃名は、弱くなった。




低空姿勢のまま突っ込んで来た妃名の腹を、早紀の拳が貫いた。



リーチの差。それが、早紀と妃名の大きな違い。




だが、早紀は一つだけ、侮っていた事があった。




「ーーその為なら、アタシは負けない!!」




次の瞬間、早紀は宙を舞った。


妃名の拳が、早紀の顔面に命中したのだ。




「…な、んで?」



確かに、早紀の拳が妃名を打ち抜いたのが先だったはずだ。



だが、深く考える事はない。



妃名はそれを受けた上で、尚も攻撃をしてきた。ただ、それだけの事だった。



決意。覚悟。


そして、勇気。


何かを守りたい。


誰かを助けたい。



人は時として、実力以上の能力を発揮する。



その起動力となったのが、友情だった。




「………はあ、はぁ…」



妃名の全力を込めた拳をモロに受けた早紀は、床に寝そべり立ち上がろうとしない。



妃名は、一歩ずつ近寄って行く。


「………殺せば?」


「うん。当然」


妃名の瞳に迷いはなかった。早紀以上に、冷たい瞳。


そんな瞳で早紀を見下ろした。



馬乗りの体制になり、ゆっくりと利き腕の拳を振り上げる。


牽制逆転。今殺生を決める権利を持っているのは妃名である。


殺生とは名ばかりか、今の妃名に、早紀を生かすつもりなど毛ほどないだろう。


友達を誘拐され、仲間を侮辱された。



それが人を殺す理由にならない事など、分かっている。


でも、許せない。


本来妃名は残酷な性格だ。感情などない。そういう人間に、教育されてきた。



「いくよ」


「………」



覚悟を決めた早紀は、大人しく瞼を閉じ、抵抗を見せなかった。


早紀自身、人を騙し、危める行為をしている身分である。歳が若かろうが、いずれこうなる事は分かっていた。


「…………なんてね♪」



握った拳を開き、笑顔を向ける妃名。


とどめは刺さないのか、早紀はア然とした表情になる。


「《今のアタシ》は、女子高生だよ? そんな事はしないよ」



妃名の目的は雪を助けると言う事。


格付けは済んだ。早紀に勝った。邪魔者は居ない。


ならば、それで良い。



「はぁー疲れた…」


妃名は、早紀の横に寝そべった。


「本当は皆を追い掛けたいけど、体が動かないや」


どうやら、早紀から受けたダメージが効いているらしく、立っているのもやっとだった。


「馬鹿だね、アンタ。後悔するよ?」


「かもねー。でも力入んないもん。しょうがないよ、アハハ」


体はピクリとも動かないが、口は動いた。声は発する事ができた。


自然と、妃名の表情も緩む。自分の役目は果たした。後は、仁達に任せる。



これも友情である。



自らを犠牲にした時、後を任せる事ができる人間が居る。


人に頼るのは油断でも甘えでもない。


心の支え。


それこそが友情。


事実、妃名が何度も立ち上がれたのも、諦めなかったのも、そのおかげである。


心の強さでは、妃名の方が何枚も上だった。



「可愛い下着ね」


「……ふぁ!?」


早紀のいきなりの発言に不意をつかれた妃名は、まぬけな声で動揺を見せる。



早紀の暗器によって引き裂かれた胸元から、ピンクの花柄が刺繍された下着が、わずかに露出していた。


「女の子らしくなったねー、アンタ。前見た時は色気なんて微塵も感じさせない可愛くも何ともない白の……」


「うっさい!」


妃名の変化。学校に通う様になってから、感情も甦り、普通の生活を送れるようになった妃名の変化。


それを早紀は見逃さなかった。


妃名は、必要最低限の物しか与えられない暮らしをしていた。


それに、一日の予定、さらには食事のメニューと時間までも。


与えられた服を身につけ、決められた時間に起き、食物を摂取した後トレーニングを熟す。


それは規則正しくも、味気無い生活。


服や下着なども、同じ柄の物のみ。食事のメニューは毎日違うものの、似たり寄ったりで、心がこもっていないとも感じる。


就寝までの時間はプライベートルーム、いわゆる個人の自室で過ごすが、テレビや漫画、CDプレイヤーと言った娯楽もない。


休む為だけの部屋。故にベットと、衣服を収納するタンスしかない。やる事と言ったら、寝るだけしか選択肢はない。


妃名にとって、それが普通の生活だった。


だからこそ、学校へ通う様になってからは戸惑いもあった。


下着の色、化粧の仕方、ヘアーメイク、服の着こなし方。


それらに関しては無知であった。


麗奈に教わり、叙情に慣れていく、世間での常識。その全てが、妃名にとって未知の世界。



この下着だって、別に誰かに見せたい訳でもない。


でも、より可愛い物を身につけていたい。


自己満足と言えば終わりだろうが、妃名は、普通の生活を送っている今が楽しかった。




「好きな男でもできたのか?」


「知らない!」


「さっきの金髪の男か? まぁ確かに見た目は良いがアイツは……」


「何でそこでジン君が出てくるの!? 全然そんなんじゃないから!」


「…まさか、さっき転んでた、いかにも頭悪そうな男の方だったか?」



一葵は酷い言われようである。



「一葵君は絶対ないね! うん!」


「即答か。まぁ反応的にジンって奴だな」


「だーかーらー!」


「まぁ恋をするのは自由だ。……でも、これだけは忘れるなよ」


早紀は、ふらつきながらも立ち上がる。

まだそんな体力が残されているのかと、妃名は関心した。



「私達がやってきた過去は消せるもんじゃない。これからも背負い続けて行くんだ」


「……分かってるよ、そんな事」




負けじと妃名も立ち上がる。



「まぁ、アンタは今の生活が楽しそうだからな。過去の自分は忘れーー」


「過去の自分は忘れない。今の自分を大切にしたいから、尚更忘れない」


「…ほう?」


「《過去の自分は忘れる》なんて言ってたら、未来のアタシは、今のアタシを忘れちゃうもんね!」




早紀は、先ほどの考えを改めなくてはならなくなった。







ーー妃名は、強くなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ