教訓その二十四〜ベルトは武器になる!
『レイナ、肩大丈夫か?』
「えぇ、なんとか。それよりも…」
『あぁ』
一葵と別れ、俺達は階段を上っていった。
一応レイナの肩に、一葵の上着を包帯代わりとして巻いているが、単なる応急処置である。
本来ならば止血だけでなく、すぐにでも消毒などの対応を取りたいのだが、手ぶらな俺にはどうする事もできない。
「それより、着きましたよ」
そう、階段を上りきり、ドアまでたどり着いたのだ。
ここで待つのは、マスターなのか、それとも、また別の誰かなのか。
三つ目の罠は、まだ見つかっていない。
先ほどと同様に、慎重にドアを開ける。
「〜〜〜〜♪♪」
部屋の中で待ち受けていたのは、これまた同年代くらいの、しかも今度は男だった。
蒼く染まった長髪は、艶やかな輝きを放ち、サラサラしている。
全体的に細身で、慎重も高い。
あとムカつくぐらいイケメン。
イケメンが呑気に歌なんか歌ってやがった。
でも、その歌声は透き通っており、思わず聞き惚れてしまう程だった。
「やぁ、いらっしゃい」
軽い笑顔をこちらに向ける。
『アンタがマスターなのか?』
「違うよ。僕は薫って名前さ。ヨロシクね」
『な…何だと…?』
まさか…いや、そんなはず…。
「ん…どうしたんだい?」
あいつ…今、《僕の名前はカオル》って…。
馬鹿な。
今の時代……
一人称が『僕』の奴が居たなんて…!!
しかも名前がカオルだと!?
名字は何だ!?
杉田か? 渚か?
………まさか尾股じゃねぇだろうな!?
「何をブツブツ言ってるの…君?」
それでも、カオルは笑顔。
正直、何を考えているのか分からない。不思議な奴だ。
笑顔以外に表情はあるのか、と思ってしまうほどだ。
いや、騙されるな…。どうせコイツも、俺達を殺す気でいるはずだ。
油断したところをスパッてされないように、細心の注意をはらわなければ…!
「あれ…君、怪我してるね?」
レイナの出血に気付いたカオルは、一瞬にして間合いを詰めてきた。
はやっ…!
やはり、コイツも相当な実力者だ。あの距離から一瞬でレイナの目前まで…。
レイナも身構える。警戒して距離を開ける為にバックステップを踏む。
うむ、さすがレイナ様。
相手が優しいイケメンだろうと、簡単に心を許したりしない辺りがさすがだ!
「そんな驚かないでよ。《治してあげる》から」
何を言ってるんだ…コイツは…。
傷を治す…だと?
「誘治善奏曲・ララバイ〜♪」
「………?」
カオルがレイナの傷口に手を翳す。
そして、また歌い始めた。
聞いた事のない歌だ。でも、さっき歌っていたのとは違うようだ。
「あ…痛みが無くなっていく」
『マジで!?』
一葵から止血用に貰った服を外してみると、目で見て解る事だった。
何と、傷口が完全に塞がっているではないか。
それどころか、痛みも無くなったと言う。
余りにも異様な光景に俺達はア然としていた。
同時に、焦りも感じた。
カオルは何者なんだ…と。
こんな人間離れした奴が敵…?
俺達は勝てるのか…?
「マスターへの挑戦者は、どっちだい?」
俺達はア然としているというのに、相変わらず清々しい程笑顔のカオルが聞いてくる。その表情は余裕からくるのか、分からないが。
マスターへの挑戦者は一人だったはず。つまり、次の部屋にマスターが居る。
最初は俺が行く予定だった。
マスターとは即ち、犯人の親玉だ。そんな所に女の子を一人で行かせる訳にはいかない。俺に万が一の事があれば、一葵に頼んでいたところだった。
だが、ここに来て考えが変わる。
カオルは普通じゃない。
サキもさくらも、人間離れした所はあったが、カオルは《人間じゃない》という感覚があった。
危ない。危険人物。
歌を歌っただけで、傷が治った。奴がその気になれば、歌で人を危める事ができるのかもしれない。
とにかく、今目の前で起きた事は、手品とかそういった類いではないだろう。
事実だ、おそらく…。
カオルは、歌で傷を治した。それは事実。
『レイナ、マスターの所へ行くのは……』
「もちろん、ジン君ですよね?」
『……こんな危ねぇ奴任せられるわけねぇだろ…。俺が残る。マスターの所でやる事は、《殺し合い》じゃなくて《答え合わせ》のはずだ。なら、頭脳派のレイナが行った方が賢い』
「私は、負けませんよ」
『こっちは武器も何もないんだぞ! カオルは意味の分からない能力持ってるってのに…!』
「武器ならありますよ」
瞬間、隣に居たはずのレイナが消えた。
カオルに向かって突っ込んで行く。
「………ん!?」
それに気付いたカオルは、素早くステップを踏み、レイナを避ける。
だが、避けたはずのカオルの頬から、一筋の血が流れていた。
「……ふーん。そんなもん使ってくるんだ」
「えぇ。身近に良い物があったので」
レイナが手に持っていた物は、腰に巻いていたベルトだった。
女性用だが、バックルの部分が大きいタイプのベルトだった。
「ベルトは武器になります」
「面白いね、君」
「女王様と呼びなさい!」
「………え? あ、うん…」
そしてレイナの意外な一面を見ました。
ベルトをムチの如く振る舞うその姿は、正に女王と言う言葉がお似合いだった。
もしも俺がムチで叩かれ、さらには変な三角の椅子に座らされ『気持ち良いか?』なんて聞かれたらどうしよう…。
そんなもん、気持ち良いに決まってるじゃねぇか!
「何ぼーっとしてるのジン君、早く行って下さい!」
女王と呼びなさいは冗談で言ったつもりだったのか、カオルに引き攣った笑顔をされ恥ずかしくなり赤面しているレイナが、話題を変えようと言わんばかりに俺を見る。
『分かったよ。じゃあ後は任せたぞ、女王様!』
「もうそれは言わないで下さい!」
さて、次に待ち受けるのはマスター…か。
いよいよ、だな。
まだ三つ目の罠は見つかっていない。
でも、何としても…
ユキは必ず助け出す。
「ふーん。本当にマスターのシナリオ通りに進んでくんだね」
「何言ってるんですか? 次、行きますよ」
「まぁそんな怖い顔しないでよ。……僕たちは少し、話をしよう」