教訓その二十三〜割り切るのには勇気が必要だ!
「罠って何なのでしょうか…?」
階段を上る最中に、レイナが言った。
罠についてもだが、やはりヒナが気になるのだろう。どこかそわそわしている。
「まず一つ目の罠は、門番の件で間違いないだろうな」
珍しく一葵が真剣に考えている。
俺もその推理は正しいと思う。
と、いうことは残り二つの罠が仕掛けられている。
事前に予想ができれば良いのだが、そんな簡単に思い付かないものだ。
ただ一つだけ、はっきりと言える事は、罠は危険だと言う事。
「しかし…長い階段じゃのう…」
校長は既に肩で息をしている。ってか建物の中に入って初めて喋った気がする。
うん。確かに長いよ階段。
二階へと続くはずの階段なのに、もう五階分くらいの段は上ってるぞ?
小さいビルだと思ったが、どうやら案外高かったみたいだ。
何せ百メートル先から見たし、何より辺りが暗かったからな。
『罠の答え合わせって、どういう意味なんだろう…しかも、答え合わせは一人だけって……マスターに辿り着けるのは一人だけって事か?』
「うむ…それは今の時点では何とも言えんじゃろ。とにかく、どこに罠があるか分からない以上、気を引き締めてーー」
その時、階段の床がパカッと開いて校長が落ちました。
………………。
「こっ、校長ーーー!!」
言ったそばからコレかよ!?
「これが二つ目の罠か!?」
「おそらくそうだと思います」
『罠はあと一つか…』
ありがとう校長。貴方の犠牲は無駄にしない…!
「さて、行きますか」
皆冷静を保っているが、ぶっちゃけ顔中汗だらけです。
うん、校長はきっと生きている。今はそう信じるしかない。
「お、ドアがある」
階段を上って行くと、ドアがあった。ここにマスターとやらが居るのだろうか。
汗ばむ手で慎重にドアノブを回す。もはや罠を警戒し過ぎと言われても良いぐらいに。
ドアノブは普通に回り、あっさりと部屋の中に入る事ができた。
だが、まだ油断はできない。さきほどの落とし穴が脳裏に焼き付いている。いつどこから罠が発動するか分からない。
「ジンくん…誰か居ますよ?」
部屋の中には、またしても一人の女の子が居た。
部屋の中心にポツンと棒立ちをしている。
だが、どこか様子が変だ。
俯いているので、顔はよく分からないが、黒い前髪がダラーンとしているので、ホラー映画の貞さんを想像させる。
まして、手もブラーンとしていて、ピクリとも動かない。
不気味だ。怖い。誰だよコイツ。
俺達は恐怖に駆られ、一歩も動けずにいた。
一葵にいたっては、金魚の様に口をパクパクさせている。
そして、俺達が真に恐れている物を、彼女は持っていた。
右手に拳銃。
それは、俺達に使用する武器だという事が解る。
一葵が震えている。拳銃を見て脅えたのだろう。
無理もない。俺だって怖い。
「………く……ら?」
一葵が小さな声で呟いた。何と言ったのか、聞き取れない程の小声で。
しかし、一葵の様子も異常だった。
拳銃を手にした敵が怖いのも分かる。だが、それにしても脅え過ぎである。
尋常じゃない程の汗。
体中が震えている。
まるで、信じられないものを見たかのように。
『一葵、大丈夫か?』
「さくら………さくらだ、あいつ…!」
さくら…及川さくら?
一葵が通っていた中学校での元カノか?
確か、一葵がこの学校に来た理由が、さくらという女の子を助ける為…だったはずだ。
一葵の話では、さくらを救う事ができたと言っていた。
まさか、目の前に拳銃を持って立っている不気味な女が、及川さくらだと言うのか?
「さくら…俺だ…一葵だよ…斎藤一葵…覚えてるだろ…? お前こんな所で何やって…」
『おっ、おい一葵!』
俺の呼び止めが聞こえていないのか、一葵はフラフラとさくらの元へ歩み寄って行く。
さくらが、顔を上げた。
やつれた顔だった。もはや生気を失っている瞳をしている。
そして、手に持っていた拳銃を一葵に向けた。
「さくらだ…やっぱりさくら。どうしたんだよ…さくら」
標準が自分に合わせられているのにも関わらず、一葵は自ら寄って行く。
さくらの人差し指が引き金に当てられた。
それを引いてしまえば、銃弾は間違いなく一葵を直撃するだろう。
『一葵! 一葵危ねぇって!!』
「さくら…さくら…」
駄目だ…聞こえてねぇ!
そして、何の躊躇いもなく、さくらは引き金を引いた。
「馬鹿っ…!」
間一髪。レイナが一葵を突き飛ばして、銃弾の直撃は避けられた。
「……あっ!」
ようやく一葵は事の重大さと、自らの過ちに気付く。
一葵を庇ったレイナの肩は銃弾が掠り、僅かな出血をしていた。
「ごっ、ごめん。俺…一体…」
「私は大丈夫。一葵くん、しっかりしなさい」
「あっ、あぁ…」
『危ねぇ、また来るぞ!』
さくらは既に二発目の発砲の準備をしている。
まずい。こっちは丸腰なのだ。武器も防具も、何も持っていない。
浅知恵だった。何しろ治療道具も無いのだから、レイナが受けた傷から流れる血を止血する事もできない。
敵陣に乗り込むのだから、役に立ちそうな道具くらい持ってくれば良かった…。
今更後悔しても手遅れである。まずは、このピンチを乗り越えるのが先だ。
一葵としては、何故救ったはずのさくらが誘拐犯の一員なのかが気になるところだろう。
だが、悪いが…さくらは敵だ。
「ジン、レイナ、先に行け」
一葵が起き上がり、俺達を見ずに言った。
「俺達はユキを助ける為にここに来た。さくらは俺が責任を持って相手する」
良かった。一葵が正気に戻ってくれたみたいだ。
そして、これが一葵の覚悟なのだろう。
『あぁ、任せる。元カノを庇う様な事言い出したら殴ってるところだったよ』
「おぉ怖い怖い。……あ、そだ。これでレイナの血を止めてやってくれ」
一葵が上着を脱いで渡してきた。
薄い生地の服だったので縛りやすく、包帯代わりに調度良かった。
『勝算はあるのか? 相手は拳銃を持ってるんだぞ?』
「人の考えが読める俺様にとっては、赤子同然ですわ」
まぁ、一葵がそう言うなら大丈夫なのだろう。こいつの人並み外れた読心術は恐ろしいからな。
戦力としてはかなり頼りになる奴だ。
一度、共に喧嘩のピンチを乗り越えている俺には分かる。
一葵は強い。大丈夫だ。
「三つ目の罠に気をつけろよー」
『人の心配してる場合か?』
「なーに、既にさくらの思考は読めている。任せなさいって」
最後に、一葵は俺達を見て笑った。
一葵に勝機あり…か?
まぁ、人の思考が読めているのなら心配ないか。
敵の攻撃手段、方法、行動、それら全てが、一葵には読めてしまうのだ。
どう考えたって、一葵が負ける事はない。
ただ、さくらを傷付ける覚悟が、一葵にあるかどうかが問題だが…。
多少の不安は残るものの、レイナを連れて上の階へ続く階段へと走って行った。
「………よし、何とかジンとレイナは逃げられたな。さて…と。さくらの思考が全く読めねぇや。…どうしたもんかねぇ」