教訓その二十一〜天国に行けるって胸張って言える様な生き方をしろ!
ーー地獄絵図
人は死ぬと《天国》か《地獄》に行くという説がある。
生前に善行又は良心を持っていた者は天国へ。
逆に悪行を犯した者は地獄。
こういう言い伝えは凄いと思う。作り話にしろ、発案者は相当昔の時代のはずだ。
それが、現代の今にも言い伝えられている。
この話を信じようが信じまいが、天国と地獄があるのではないかという仮説を知らない人間は居ない程だ。これは凄い事である。
また、人間という生き物は思考力が実に豊かであり、架空上の発想ならば底知れぬ想像力を誇る。
その人間が、例えば千人いたとして、《天国》と《地獄》という言葉を聞いたら何をイメージするだろうか?
おそらく、千人全員が同じ解答になるだろう。
それは既に、天国と地獄のイメージが頭の中で出来上がっているからである。
もちろん、天国に《何があるか》という想像は千人それぞれが違うであろう。
例えば俺にとっての天国とは《旨い飯》《可愛い彼女》《友達との遊戯》など、まぁ実にくだらないものなのだが。
自分にとっての天国に何があるかは別として、大半は《極楽》という一つのグループにまとめる事ができるだろう。
では地獄とは?
それ即ち《恐怖》
よくある絵本なんかでは、《血の海》《針山》など、拷問的印象が強い。
故に、天国と地獄、どちらに行きたいかと聞かれたら十中八九天国と答えるだろう。
地獄絵図ーーそれは、まさに己の恐怖感を絵図に表したものである。
そして、それが今まさに、俺の目の前に広がっているのだ………。
「マヤ置いて来る時、俺何て言ったっけ…?」
一葵が引き攣った顔で聞いてくる。
「たっ…確か…《指定された人間以外が行くと、犯人の機嫌を損ねる可能性がある》……だったと思います」
一葵の質問にレイナが答える。
また、レイナの顔も引き攣っている。
「………えっと…って事は、犯人さんは今機嫌悪いかも…ね」
こちらも引き攣った顔のヒナ。
そしてたぶん俺の顔も引き攣っているだろう。
『……何、これ?』
「……さぁ?」
俺達はユキが誘拐され、それぞれが覚悟を決めて指定された場所に来たわけだ。
その場所というのも、学校から車で約一時間の距離にある、小さなビルだった。
学校の校則にある通り、敷地外に出る場合は目隠しをしなくてはいけないので、ここがどこだかは分からない。
ただ、不気味である事は確かだ。
何故ここにビルを建てたのだろうか。
周りは背の高い木に覆われている。
森の中にポツンとそびえ立つビルは、不気味としか言いようがない。
そして、俺達は木の影に隠れているわけだ。
どういう訳か、ヤス先生の車で来た時点で既にこの有様。
飛び交う銃弾。
血を流し倒れている人。
それは、まさに地獄絵図。
『何で先生全員来てるんですか!!!?』
「まぁ…あれだ。ユキさんが誘拐されたとなっちゃ来ない訳にもいかないだろ」
ヤス先生はこの現状を見ても、至って冷静だった。
『いや、だからって…』
「お前達は、何でこの学校に来たんだっけ?」
俺がこの学校に来た理由…?
そんなの、悪事を重ねたから…という理由だったはずだ。
それを何で今更聞いてくるんだ?
「俺もそうなんだ。この学校の教師も全員な。孤羽以校長に助けられたと言っても良いぐらいだ。…………だから」
ヤス先生はスーツの内ポケットに手を突っ込むと、物騒な物を取り出した。
「恩人の一人娘が誘拐されたなんて知ったら、黙っちゃいられねぇんだよ」
そしてヤス先生までもが、お祭り騒ぎに加勢して行った。
………いや、何ていうかさ、俺ら来た意味なくね?
「馬鹿共が…後始末の苦労も知らんで…」
さすがに校長は、この光景を見て、やれやれと言わんばかりの様子だ。
『あっ、あの…後始末って言いますと…その……死体の…でしょうか?』
さっきから凄く気になっていたのだが、銃弾を喰らって横たわっている人は死んでいるのだろうか…?
かなり怖くて直視できないんですけど。いや、っていうかマジでこの展開は笑えないんですけど。
「安心せい。奴らの持っている銃じゃ死に至るまでの威力はない。それに、こっちのもんは殺す気などないじゃろ。…見てみぃ?」
校長が倒れている人を指差す。
俯いているから顔は分からないが、腹部から流れた血が地一帯を赤く染めていた。
見てみろと言われても死体なんか怖いってばよ…。
「急所は外してある。まだ死んどらん」
…確かに、微かに動いている。息はあるようだ。
「向こうさんは銃を持っとらんからな。丸腰相手を殺す程、うちの連中は腐っとらんよ」
そういえばそうだ。犯人グループの武器といえば木刀やナイフといったものだ。
「じゃが、けじめってもんは付けなきゃならん。お前達、ついてきてくれるか?」
校長はこちらを向くと、静かにそう言った。
校長のその瞳には凄みがあり、見る者全てを圧倒する威圧感がある。
思えば俺は、この学校に来た初日以外に校長との絡みがなかった。
と言うのも、なぜか校長は学校に居ないのだ。
まぁ、あの敷地の広さだ。単純に遭遇率も低い。
でも行事にも顔を出さないし、そもそも生徒集会の時にも居ないのは明らかに変だ。
それに、ヤス先生が言っていた事も気になる。
ここの教師全員が校長に恩があると言う。
一体、校長は何者なのか…?
誘拐事件に校長が絡んでいる事は間違いないだろう。
「幸い、奴らのおかげで道は開けた。もう一度聞く。ついてきてくれるか?」
「はい、もちろんです!」
先生方のおかげで、門番をしていたであろう人の意識が、こちらから薄れている。
建物の中に入る絶好のチャンスだ。
………しかし、門番だけで何て人の数だよ。軽く50人は超えているぞ?
まぁそれもヤス先生達のおかげだ。もし俺達五人だけで来ていたら、あっさりゲームオーバーだっただろう。
「っしゃ! 行くか!」
『声でけぇよ一葵!』
一応、身を潜めている身分の為、一葵に向かって人差し指を鼻に当てる。
建物の中へ侵入できる入口は、どうやら真っ正面からのドア一つのみらしい。
俺達が待機している場所から、距離にしておよそ百メートル。
そこまでを一気に、全速力で駆け抜ける。
中高校生の百メートル走の平均タイムは、男性で十六秒台。……だと思う。女性は知らねぇ。
ヒナもレイナも足が速いので問題ないが、校長はどうだろうか?
言っちゃ失礼だが、いくら門番の意識がこちらから薄れているとは言え、老人に百メートルもの距離を俺達と同じスピードで走り抜けろと言うのは無理だろう。
だが、危険を省みないと…一番覚悟を決めて来たのは、校長自身のはずだ。
俺達の後ろについて来て下さいなど言えない。
否。それどころか、一番危険な先頭を、校長自ら走り出した。
『遅れるな、行くぞ!』
校長に続き、俺達も後を追う。
この十六秒が勝負だ…!
俺達が侵入しようとしている事に気付いた先生達が、道を開ける為に援護してくれた。
いける…ドアまで残り十メートル。
だが、ここで問題が起きた。
お約束と言うか何と言うか…あろう事か一葵が転びやがったよこのハゲ!!
辺りは薄暗くなり、視界が悪かった。足元が不注意だったのか、地面に倒れている人に足を躓けた一葵は豪快に転倒。
「一葵くん超KY!!」
確かに《一葵・ヤベェ!》