一葵外伝〜俺、ここに居るよ!
鏡。風呂場にある、何の変哲もない全身を映し出す鏡。
それに反射している人間。斉藤一葵。俺自身そのもの。
そう、俺は人間だ。姿形は皆と同じ。人間だ。
日本人特有の黒い髪、黒い瞳。平均より少し高めの身長に、それ相当の体重。
普通の中学生。ごく普通の…『見た目だけ』なら、どこにでも居る様な、中学生じゃないか。
………何なんだよ、この能力…。
何で俺は……
人の心が読めるんだよ…。
ーーーーーーーー
「まーた一葵の一人勝ちかよー」
『ふはは、俺様に勝とうなんざ一万年と二千年早いわ!』
平凡な学校生活。その昼休みにて、俺は友達とトランプでゲームをしていた。
もちろん金を賭けて。リスクや刺激がない勝負など、やっても意味がないからだ。
とは言え俺らは中学二年生。バイトができない年齢だから、当然金もないわけだ。賭けているのは、ほんの僅かな金額。まぁ元をただせば親の金になるのだが…。
「おーおー、昼休みだってのに、休む事を知らない馬鹿が一人いますぜ」
窓から校庭の様子を眺めていた友達が言った。
俺も外を見る。
『翔太…』
「いいのかよ? 《バッテリー》」
『《元》、バッテリーだ』
昼休みだというのに、翔太は校庭をランニングしていた。
さっき言われた通り、俺と翔太はバッテリーを組んでいた。
俺がキャッチャー。翔太がピッチャー。
人の心が読める俺にとって、キャッチャーというポジションは、まさに天職だった。
《ヤマ》を外せるからだ。
強打者となれば、狙い玉を決めてから打席に入る。
ストレートに絞った奴には変化球を織り交ぜる。さらに左右高低。
コントロールの良い翔太は、俺の配球通りに投げてくれたから、ほとんど無敵のバッテリーだった。
でも、俺は野球部を辞めた。
喧嘩とか、そういう理由ではない。
むしろ、俺と翔太は仲が良く、お互い信頼し合っていた。
こう言っちゃ何だが、翔太はコントロールが良いだけの二流ピッチャーだ。球も特別速いわけでもないし、変化球もキレが悪い。
それでも打者は打てないのだから、翔太は周りの連中から、一流ピッチャーだとチヤホヤされていた。
もちろん、その翔太の姿が気に入らないわけじゃない。
《お前の球が打たれないのは、俺の配球が良いからだ》
など、利己的な事を常日頃から思う程、俺は馬鹿じゃない。
それに、翔太はいつも言ってくれていた。
「俺の球は三流だ。でも、一葵のおかげで、三流は一流に勝てる」
その言葉が、どれだけ俺を救っただろう。
翔太から信頼を受けている。それだけで十分だったのだ。
「相方は昼休みにも努力。対する一葵は……落ちぶれたもんよのぉ〜」
さっき翔太を小馬鹿にした口調だった奴が、俺の肩に手を置いて言った。
大悟は生意気でムカつく奴だ。でも、こいつはそういう性格だから仕方ない。
『落ちぶれたとか言うなよ』
「だってよ、アイツの為に野球辞めたのに、肝心のアイツが……」
「大悟、言い過ぎだ、辞めろ!」
連中同士で止めてくれなかったら、おそらく喧嘩に発展しただろう。
でも、確かにこいつの言う通り、俺は落ちぶれたかもしれん。
華々しく、野球に青春をかけていた俺が、今は不良仲間と一緒に不良と呼ばれる行為をしているのだから。
「噂をすれば何とやら…。一葵、彼女が来たぞ」
『《元》、だっつうのに!』
大悟は俺をからかうのが趣味のようだ。…と、いうか人をイジって周りから笑いを取る奴だ。
その為、もちろんイジられた人からすれば、大悟を良い奴だとは思わない。どこにでも居るような、実は嫌われ者のお手本だな。
その嫌われ者が指差した方には、一人の女の子が居る。
及川 さくら。中学二年生の、同級生。そして同じクラスだ。
さくらは常に笑顔を絶やさなかった。前向きで、明るくて、人に優しくて、そして周りにはたくさんの友達がいた。
黒い髪は癖がなく、肩より少し長い。整った顔のパーツは化粧をしなくても見栄えが良い。
学校で間違いなく上位に入る程の可愛さを持っていた。
だが、それは一年前の話だ。さくらが人気で、可愛くて、俺の彼女だったのは、中学一年生の冬まで。
俺はさくらと別れた。
理由としては、お互い部活も忙しいし、何よりまだ中学一年生。
人生経験が不足している者同士。そこまで長く続かない事は分かってた。
そして中学二年生になって、さくらは変わった。あれだけ輝いていた瞳は、光を失い、まるで死んだ魚のようだった。
常に下を向き、ブツブツと何かを呟いている。歩く時も、ゴリラのように手を力なくブランとさせている。
見ているのが辛い。わずか一年。その年月は、人をここまで変えてしまうものなのだろうか?
一年生の頃は、散々いた友達も、今となっては周りに人はいない。
唯一の救いとしては、さくらは『いじめ』を受けなかった事だ。
その理由は、明らかだ。
余りに行動が不気味すぎる。
生徒も…教師までもが、さくらとは距離を置いていた。
決して『シカト』をしているわけではない。
話し掛けられれば答えるし、必要ならば声をかける事もあった。
ただ、誰しもが『友達』の一線だけは超えないようにと考えていた事は確かだろう。
ーー何かしてやりてぇなぁ
みんな、そう思った。思っているはずだ。本来のさくらの姿を知っているから、尚更救いたい。
だが、行動には移せない。
所詮は俺達の、可哀相だと思う気持ちは偽善でしかなかったってことだ。
「さくら、変わったよな。良いのかよ、一葵」
大悟が言った。
『俺だって、何かしてやりてぇって思うけどよぉ』
でも、俺とさくらは終わった仲だ。
身を徹してまで首を突っ込む事じゃない。
もし、さくらに絡んでいる連中が質の悪い奴らだったらどうする?
「んじゃよぉ、放課後さくらを尾行しようぜ! アイツ引っ越したらしいじゃん?」
ったく…なんで大悟の思考回路はこうなんだろうか…。
「俺は辞めとくよ。なんか…可哀相じゃん」
「俺もパスするわ」
周りの連中は気乗りしていない様子だ。
見た目は性格は確かに悪い。まぁ、不良なのだから当たり前か。
でも、こいつらにはその残された最後の慈悲が、さくらを馬鹿にする行動を取りたくないと判断したのだろう。
「何だよ…ノリわりぃな。んじゃ、一葵と二人で行くわ」
待て、俺の意見は無視なのか。
『俺だって行きたくな…』
「私達からもお願い、一葵くん」
断ろうとした、その瞬間。いつの間にかクラスの女子達が俺の周りに集まっていた。
『……何で?』
「さくらを助けてあげて。もう、頼れるのは一葵くんだけなの…だから……」
…はぁ。
大悟の様に、面白半分で誘われたんなら断るが、さくらの為を思ってお願いされたんじゃ、断れねぇよな。
俺だって、さくらを助けたいと思っていたさ。
『分かったよ。んじゃ大悟、放課後な』
「おう!」
大悟と二人ってのが嫌だが、まぁ仕方ない…か。
ーーーーーーー
放課後になり、大悟と共にさくらを追った。
家は引っ越したと聞いているが、場所は分からない。
以前は学校から徒歩10分の場所に建てられた一軒家だった。
「見てみろ一葵。さくらとすれ違う人全員が振り返ってるぜ」
『あぁ、そうだな』
さくらは、相変わらず歩く時も不気味だ。
今にも死ぬんじゃないかと心配してしまうほどに。
その姿を見て、哀れに思う者、けなす者、笑う者…。
誰一人として、手を差し延べる者はいない。
変わった当時は違った。誰もが心配した。
でも、張本人のさくらが、まともじゃない状況。
原因を聞き出す事はできなかった。
「見失うなよ!」
『分かってるよ…』
大悟は生き生きとしている。こいつ、何が楽しいんだ?
俺達はさくらの後方十メートル以内をキープした。
電柱に隠れながら追跡する。なんかドラマの刑事みたいだな。
ふと、さくらが足を止めた。俺達も距離を保ちつつ、さくらの目線を追う。
古ぼけたアパート。木造のそれは誰が見ても『ボロい』と言えるだろう。
風が強い日なんかは屋根が飛んでいってしまうのではないか、と心配してしまうほどに。
さくらは、そのボロアパートに入っていった。
「マジかよ!? ここが家か? こんなとこに人が住めんのかよ?」
『どうする大悟。さくらの住まいは分かったが……問題はこの先だ。まさか不法侵入するわけにもいかないし、覗くなんて以っての外だぞ?』
「うーん…そうだな」
「何やっとんじゃ、ボーズ?」
この瞬間、俺達は固まった。
さくらの家の前で立ち尽くしていた俺達の前に現れたのは、テレビなんかでよく見る借金取りの方達と格好が同じだったからだ。
まさか、本物?
現実にも…ましてや目の前でこんな事が?
『えーと…僕達は及川さんに用事がありまして』
とっさに言った。その場の雰囲気に飲まれて、後先考えていない台詞を…。
「用事ー? どんな用件だー?」
やべぇ、やっぱり聞き返されたか。どうする…。
『ーーーうわっ!?』
「どっ、どうした一葵!?」
『いっ、いや…何でも…』
…何だ、この感情?
溢れてくる。…それがそのまま俺の頭に流れ込んでくる。
痛てぇ…。めちゃめちゃ頭が痛てぇ。
誰だ、この感情は……。
『……く………ら?』
「かっ、一葵…? 大丈夫ですかー…?」
『さくら……さくらのだ、コレ』
「何がだよ!」
俺は目を閉じて精神を集中してみる。
今までにない、特別な何かが、俺の中で目覚めようとしている。
ここまでハッキリと、人の思考が読めるのは…初めてだ。
ーーーそっか。
そんな事があったのか。
辛かったな、さくら。
今まで、頑張ったな。
んじゃ、俺が親父さんの敵を討ってやるよ。
指だろうが、命だろうが、何だって賭けてやる。
お前の…借金を返すために。
『オッサン、俺と麻雀打たない?』
「ーーーーあ?」
「一葵ぃーーー!!??」
ーーーーーーーーー
「なぜ、人の思考が読めるのか、分かるかい、一葵?」
『分かんないよジーちゃん。でも、大体読める時って、皆困ってる』
「まだ五歳で、そこまで読めれば将来が楽しみじゃわい」
『ねぇー、なんでー?』
「ワシらのご先祖様は『サトリ』という妖怪じゃった。サトリは人の心を、何でも読んでしまうんじゃ」
『僕…よーかいなの?』
「いやいや、一葵は人間じゃよ。だから、この能力は悪用しちゃ、いかんぞ」
あの時のジーちゃんの笑顔、忘れねぇ。
何で読めるのか…そんなもん分かんねぇ。
霊媒氏が、霊を見えるのに理由があるか?
読めるから読める。それしか言いようがねぇんだ。
最近になって気付いた。強い想い程、読めるのだと。
人間には思考の壷があると想像してほしい。
その壷は、普段は空っぽだ。ただ、想いにより貯まっていく。
そして強すぎる想いは、壷から溢れる。その溢れた想いを、俺は読み取る事ができるのだと…。
だから、誰にでも、好きな時に読めるわけじゃない。
あくまで読み取る時は、想いが強い時だけ。
そして、さくらの強すぎる想いが、俺の能を刺激する。
《やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!》
……さくら。
《死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい!》
そんな事、言うなよ…。
《来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで!》
…わかったよ。すぐにコイツと離れさせてやるから。
《助けて、かー君!》
…まかせろ。
更新遅れましたm(__)m 外伝…というか、過去話だと暗くなっちゃいますね…。さて、一葵くんの対戦結果は次回の本編の出だしでちょこっと書く予定です。